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父を亡くし、母と歩んだ半世紀

大洋デパート火災から50年 
  • 2023年12月26日

熊本市の繁華街にあった大洋デパート。104人が亡くなった火災からことし50年でした。「忘れないことが供養になる」。家族を失った遺族は取材に対して静かに語りました。

火災から50年 遺族は

白川沿いにある慰霊碑
慰霊碑のそばで

熊本市の原田真羊(みちよう)さんです。
50年前の1973年11月29日午後1時すぎ、大洋デパートで起きた火災で父を亡くしました。
当時、真羊さんは2歳半。火災や父の記憶はありません。
大洋デパートがあった場所の近くを流れる白川沿いにある慰霊碑をいまも時折、訪れます。

(原田真羊さん)
「父のことは覚えてないですね、まったく。慰霊碑では、日々の話とか、ちょっとつらかった話とか、楽しかった報告とかを父にする」。

家族の日常が突然

中央が真羊さん

当時、真羊さんは父の美芳(みよし)さんと母の幸子(さちこ)さんの3人家族でした。
父は、真羊さんをとてもかわいがっていたといいます。

大洋デパート火災(1973年)

火災が起きたデパートには家族で出かけていました。
3人一緒に逃げましたが、母は幼い真羊さんを人に託そうと上に抱きかかえるとき、父とつないでいた手を離したといいます。
真っ暗な店内で多くの人が逃げ惑うなか父の行方はわからなくなり、その後、屋上に向かう階段で遺体で見つかりました。

母と娘 父を思い歩んだ50年

大洋デパート火災から30年の番組より

火災後、母と娘は親戚がいた県外に移り住みます。
母は早朝から働いて真羊さんを育てました。
その後、2人は熊本で眠る父のもとで暮らしています。

そしてことし。
母の幸子さんは85歳になりました。
幸子さんがずっと大切にしてきたものを教えてくれました。

リメイクした形見の着物

(母・幸子さん)
「お父さんの着物」。

(真羊さん)
「着物の裏地を凝るのが好きだったみたいで」。

幸子さんは、いまも夫の形見の着物をコートにして、大切に着ています。

(母・幸子さん)
「長いですよ、50年たたかってきました。この人(真羊さん)を育ててね」

左:母・幸子さん 右:真羊さん

これまでも親子で取材を受けてきましたが、母が高齢になった今、真羊さんはみずから語り継いでいきたいと考えています。

(真羊さん)
「母には50年で肩の荷をおろしてもらいたいなと思います」

風化はしかたがない・・・でも

火災から50年となった11月、繁華街で訓練が行われました。大洋デパートの跡地に建つ商業施設「COCOSA」で行われた消防訓練です。

訓練を見守る真羊さん(左)

ここで起きたことを忘れてほしくないと願いながら、真羊さんも様子を見守りました。

(真羊さん)
「50年でたしかに区切りで風化なんです。
しかたないことなので私たちのような
悲しい思いをする家族が増えるというのは
避けられるものなら避けていきたいし、
亡くなった方たちにはそれが1番の供養だと思うんですね」

そして、火災から50年の日に・・・

火災から50年となった、2023年11月29日。慰霊碑の前に、真羊さんの姿がありました。

(真羊さん)
「“(父に)がんばって50年 母は私を育てて
私は私で息子を育ててきてがんばってきたよ”って話した
この火災をきっかけに変わったことがある
いつ何時起こるかわからないことなので
自分がそのときにどう行動していいか思い直す
きっかけの日にしてもらう出発点」

  • 藤崎彩智

    熊本局記者

    藤崎彩智

    2021年入局。警察・司法担当などを経て、2023年8月から熊本市政を担当。豪雨からの復旧や鉄道など経済も継続取材。

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