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これからの日本の水族館 静岡から考える 特集 三保の水族館③

NHK静岡 田中洋行アナウンサー
  • 2023年04月19日
水族館の専門家 西源二郎さんに聞きました

2023年3月「三保の水族館」で知られる東海大学海洋科学博物館は有料での公開を終了。
5月の連休からは予約制の水族館(無料)として再オープンします。
この「三保の水族館」(東海大学海洋科学博物館)の10代目の館長(現在13代目)で、その後、マグロの回遊で有名な東京の「葛西臨海水族園」の園長もつとめた西源二郎さん(79)は長年、世界の水族館を研究してきました。現在も「水族館シンポジウム」などを主催する水族館の専門家です。

多くの課題も抱えているという日本の水族館。
西さんにこれからの水族館のありかたや、求められる社会的な役割について聞きました。

(※「たっぷり静岡」4月27日放送の動画は最後にあります)

水族館と動物園はちょっと違う?

田中アナ

西先生こんにちは。
学生時代に「博物館学」でお世話になってからもう20年以上経ってしまいました(笑)。どうぞよろしくお願いします。

西さん

こんにちは。去年9月(2022年)の台風の時に田中アナが取材していた清水区の水害被害のリポートを見ていましたよ。ほかではあまり放送されていなかったですね。

田中アナ

ありがとうございます。きょうは改めて水族館について教えてください。

日本で水族館というと、子連れで行く遊園地的な場所だったり、デートで訪れたりする施設のような印象もありますが、そもそも水族館はどんな施設なんでしょうか?

西さん

1954年に公布された博物館法は水族館を博物館、つまり社会教育施設と位置付けています。しかし、水族館は社会教育活動のほかにも、研究の一端を担ったり、自然の保護と啓発活動を行ったりしていることを考えると、一般的な博物館と同様、あるいはそれを超える幅広い役割や利用価値があると思っています。

 また水族館は「動物園」にも近い施設で、実際にヨーロッパではおよそ8割の水族館が動物園の中にあるんです。 しかし日本の水族館の8割が独立した施設として存在していることを考えると、日本では水族館は動物園と違った施設と捉えている方が多いのだと思います。

日本では動物園から水族館が独立した例も
田中アナ

動物園と水族館はどちらも生き物を飼育して展示する施設ですが、日本では違った施設と認識されている。それはどうしてなんでしょうか?

西さん

日本はそもそも海に囲まれた国で漁業も盛んなので、人々が食卓などを通じて様々な魚に親しみを感じていたのだと思います。 

食卓でおなじみの顔、例えばアジやマダイ、カワハギなどが実際に泳いでいる姿に興味を持つのは、歴史的、文化的に魚への馴染みが深いのが影響しているのではないかと考えています。

水族館のイワシの群れはピカピカ!

100館以上ある水族館大国 日本

田中アナ

魚に対して親しみがあり、生きている魚を見てかわいいと思ったり、楽しいと感じたりする。だからレジャー施設のような感覚になってしまうのかも知れませんね。

西さん

でもそれは日本に限った話ではなく、19世紀半ばにイギリスで初めて水族館ができてから、娯楽的な要素の強い施設として多くの水族館が開館してきました。

かつてアメリカの水族館でも「イルカショー」や「アシカショー」など、“娯楽性”や“営利”の追求が目的と見られる時代もありました。 
しかし、1960年代の終わり頃には、すでに“ショー”をあえて取り入れず、展示解説の手法などを駆使して、純粋に生き物の不思議や多様さ、貴重さを伝える「教育的な活動」に力を入れる水族館が出てきましたね。

マンボウも実に不思議なさかなです
田中アナ

日本には本当に多くの水族館がありますが、西さんは課題も感じているそうですね。

西さん

「水族館」を名乗るために特別な資格や要件があるわけでないので、協会などの組織に加盟していない小規模な水族館も含めると日本には100館以上の水族館があります。いわば日本は水族館大国です。 

全ての水族館の課題というと実態ははっきりしませんが、「博物館相当施設」の指定を受けている民間の水族館や公的な水族館にも課題はあります。 

特に民間の水族館は、まずは経営を成り立たせるのが大事なので、入館者をどう獲得するかに手一杯になっている館も少なくありません。 

海外、特に欧米では研究者を抱える水族館も多いのですが、残念ながら日本には民間、公的な機関問わず、専任の研究者を配属する余裕のある水族館はほとんどなく、面白さだけを追求した「見世物小屋」の域を抜け出せない水族館も多くあるように思います。

歴史を感じる「三保の水族館」の水槽

楽しく学べる施設にするには
どうしたらいい?

田中アナ

財政的な点で、欧米と日本に違いはあるのでしょうか?

西さん

そうですね。生き物を飼育、展示するためには電気代やエサ代などの経費がかかるので、施設を維持運営するためにどのように財源を確保するかは大事な問題です。

日本のほとんどの水族館は「入館料」だけで、公立でも「公的資金」と「入館料」の2本立てで運営しているのですが、欧米の水族館は、3分の1が「公的資金」、3分の1が「入館料」、そして3分の1が「寄付金」という3本立てがメインの構成になっている所が多いです。

寄付金を集めるためには、教育活動などを行って社会的な評価を得ることが重要で、アメリカでは飼育部門とは別に、規模の大小はあっても必ず独立した教育の部門があって、見学に来た児童・生徒にきちんとした教育を行なったり、移動水族館などのアウトリーチ活動を行ったりしています。

アメリカ ロサンゼルス・カブリロ海洋水族館 アウトリーチ車両
(提供 西源二郎さん)
田中アナ

日本も課外学習などで水族館に行くことがあると思いますが、教育という点ではそれ以上ということでしょうか?

西さん

欧米の水族館は日本より学校教育とのつながりが強いですね。

 日本の水族館でも「教育普及」に力を入れるところもありますが、そういった部署を持つ水族館は少なく、飼育部門が教育を担っているところがほとんどです。
しかし生き物の飼育は片手間でできるものではないので、飼育員に教育も研究も担わせるのは無理があります。

 欧米では教育活動をしたり、教育的な展示を行ったり、出張授業を行ったりする教育部には、エデュケーター(Educator)やミュージアム・ティーチャー(Museum Teacher)と呼ばれる職員がいて、彼らが教育的なプログラムを実施しています。

「アクアマリンふくしま」の移動水族館
教育活動にも利用されている数少ない設備です

日本には多彩な海が
学びあるおもしろい水族館はできる

田中アナ

ではやはり、西さんはこれからの水族館に期待されるのは教育的な部分だと考えているのでしょうか?

西さん

そうですね。よく動物園と比較されることがありますが、これからの社会的な役割は若干違うように思っています。

 動物の暮らす森や草原などが人の活動によって脅かされるようになってきている今、動物園は絶滅のおそれのある種類の保護、つまり「種の保存」という点に力を入れています。

一方で、水族館で飼育展示している水族の多くは現在でも漁業として捕獲されているので、「種の保存」を行うよりも、海にすんでいる「生物の多様性」や展示生物が生息している「環境の破壊」など、人々の活動が自然環境に与える影響について解説し、環境を守る環境保全の重要性を伝える“教育的な役割”を担うべきだと思います。 

田中アナ

さらに海と言っても、日本はサンゴ礁から流氷が接岸する海まで本当に多彩な海に囲まれていますから、水族館の教育的な意義は大きいですね。

西さん

そうです。日本には地域ごとに特徴的な海があって、海の中には人々にとっては異次元で、知らない世界が広がっています。それぞれの地域にある水族館が身近にある特徴的な世界を伝える役目は大きいものがあります。

 さらに現代は、子育て世代の“親自身”が自然体験のない人が多くなってしまっているので、子どもだけでなく、親も含めて、生き物に触れる体験をさせて、海の中に多様な生き物が関係性を持って生きていることに気付いてもらう必要があります。 

そして食卓に上る魚を無駄にしないような、“フードロス”を防ぐ取り組みの重要性や、ポイ捨てしたプラスチックゴミが海に流れていって海を汚していることに気づいてもらったり、さらに下水に油や汚染物質などを流さないようにするなど、日々の行動を変えるきっかけになるような、啓発的なプログラムを作ることが大事なんだと思います。

日本各地にある水族館が地域の海を伝える「情報センター」、地域の人の行動を変える「教育センター」の役目を果たせたら、かけがえのない身近な自然を大切に思えるようになるのではないでしょうか。

田中アナ

日常生活の中では決して見ることのない海の中。その生き物のリアルが見られるのは環境を守る意識を育むのに説得力はありますね。

チンアナゴも水族館の人気者

静岡市の海洋文化施設に
期待すること 

田中アナ

今、静岡市に建設が予定されている「海洋文化施設」も長く専門家による検討委員会が設けられて議論されてきました。

水族館の専門家として西さんはどう見ているのでしょうか?

西さん

新型コロナウイルスのタイミングが重なり、残念ながら数年間足踏み状態となっていましたが、建設は決定しました。 

そもそも静岡市は、目の前に日本一深い湾、陸の地形と含めると世界的に貴重な自然を抱えています。
また、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の地球深部探査船「ちきゅう」の母港があり、世界的な海洋研究機関とも関わりがあります。 

「世界に誇る海」「世界レベルの研究機関」そして東海大学海洋学部という海に関する「高等教育機関」があり、こういった条件がそろっている場所はほかにありません。 
もし3つの要素をまとめて水族館の活動にうまく反映することができれば、日本の水族館をリードするすばらしい施設になると思い、期待しています。 

ただ、大水槽に頼ったり、従前のようなおもしろさだけを前面に出して入館者数を目標にするような運営では、持続可能で魅力的な社会教育施設にするのは難しいと思っています。 

目の前にある富士山や駿河湾という貴重な自然や海をきちんと伝え、子どもから大人までが興味を持って大事なメッセージをくみ取ってもらえるような、好奇心をくすぐられるような施設が求められていると思います。

田中アナ

そうですね。特に駿河湾は目の前にありながら謎だらけ。近年ではサクラエビの深刻な不漁などもありました。
南アルプスや富士山から深海へ至る自然は世界的にも貴重なので、そんなことを楽しみながら学べる施設になるといいなと思います。

西さん、どうもありがとうございました。

サラサハタの幼魚

「三保の水族館」は50年にわたって、研究者とともに海の研究にあたり、生命の不思議や海洋環境の重要性を発信してきました。 

運営する東海大学ではこれからも研究者や学生がこの水族館を利用し、生き物の不思議を研究したり、全国の水族館を支える人材を養成したりする予定です。
 SDGsに代表されるように、人が持続的に暮らしてゆくためにも自然環境への理解が喫緊の課題となる中、計画されている静岡市の「海洋文化施設」がどんな施設を目指すのか、静岡市民だけでなく、日本中の水族館関係者も大きな関心をもって見ています。

動画はこちら👇👇

 

  • 田中 洋行(たなか・ひろゆき)

    NHK静岡 アナウンサー

    田中 洋行(たなか・ひろゆき)

    大学で海洋生物を学んでNHKアナウンサーに。
    人と海との関係は奥深く、魅力だけでなく環境の問題なども多くの人に伝えたいと長年取材しています。「しず海ひろば」で静岡の海の話題を発信中。

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