ページの本文へ

静岡WEB特集

  1. NHK静岡
  2. 静岡WEB特集
  3. カニがグラム2円? 静岡グルメ“ ミルクガニ” その正体は?

カニがグラム2円? 静岡グルメ“ ミルクガニ” その正体は?

  • 2023年04月05日

駿河湾の水深700メートルから800メートルの深海で取れるエゾイバラガニ、通称“ミルクガニ”。カニを存分に食べて欲しいと価格は1グラム1~2円前後。市場に出回らないカニだけに、コロナ禍で直接販売の需要が減りました。しかしコロナの収束を見据え、販路が広がっています。どんなカニなのでしょうか。受け継がれた漁師のロマンがありました。

“人生を変えたカニ”

深海の漁を専門に行っているのは、静岡県焼津市の長谷川久志さん(73)と一孝さん(48)親子です。

深海専門漁師の長谷川久志さんと一孝さん

3月31日午前5時すぎ、焼津市の小川港を出港し、直線で約25キロ離れた静岡市の三保沖を目指します。

焼津市の小川港を出港

漁法は、カニかご漁と呼ばれるもので、深海700メートルから800メートルの海底に40メートル間隔で20のかごを沈めています。深海だけに、かごを巻き上げるだけでも1時間半。次々にミルクガニがあがってきました。

緑の小さな穴からカニが入ります
エサはマグロ  カツオだと血のにおいで深海のサメが寄ってくるという
左がオス 右の白っぽく手が短いのがメス

「深海で何が取れるのか、40年近く前、私の父親が試しに大きなかごを沈めたのが、カニ漁のきっかけです。もともとはエビをとっていました。最初はどこの市場も深海のカニを買ってくれませんでしたが、今ではこのカニが人生を変えてくれました」(長谷川久志さん)

1グラム1~2円前後 “家族で食べて欲しい”

このカニは、ズワイガニのようなカニの仲間ではなく、タラバガニと同じヤドカリの仲間です。ゆでるとミルクのようなにおいがするため、長谷川さんが“ミルクガニ”と名付けたそうです。当初は、そのにおいが敬遠され、市場では扱ってくれませんでした。しかし、おなかの部分を取り除いて食べると、身はともておいしく、長谷川さんは港で消費者に直接販売を始めました。値段はあってないようなもので、長谷川さんが決めました。大きさなどによって1グラム1~2円前後で販売しています。1キロ超の立派なオスでも2200円です。

「カニは高級というイメージがありますが、だれでも買える値段にしたかったんです。父親の酒の肴だけではなく、家族みんなで食べられるように。今更値段は上げられないでしょう」(長谷川久志さん)

気候変動で漁期が変わる?

ミルクガニの漁期は9月から5月。しかし海水温が高くなっているため、漁を始めるのは12月ごろからだそうです。というのも、長谷川さんによると、カニが生息する深海の水温は2度から3度ほど。海面の水温が20度を超えると、カニの足が取れやすくなり、船に上げると、ポロポロとれるようになるそうです。このため商品にならず、漁期を遅らせるしかないというのです。気候変動は深海の漁にも影響を与えているんですね。

数えきれない数ですが、この日は少なかったそうです

この日、主に取れたのは、大きさは800グラムから1キロ超のカニ。1つのかごの中に、多いものでは4杯のカニが入っていました。小さめのカニはリリースです。

深海のほかの生き物も

長谷川さんによると、かごには、駿河湾タラバと呼ばれるイバラガニモドキやグソクムシ、それに深海の貝も入っています。貝はコレクターに1個3000円以上で売れることもあるそうです。貴重な深海の生き物なんです。

グソクムシ 生かして持ち帰ります 子どもたちへのプレゼントにも
深海の貝 
アンカーに付着していた深海の底の泥 粘土のようです

ゼロ戦で深海の漁 本格化? 

この深海の漁は、第二次世界大戦でゼロ戦の潤滑油に深海ザメの脂が使われるようになって本格化したといいます。上空でも凍りにくいサメの脂が重宝され、長谷川さんの父親は、軍の指示でサメを取っていたそうです。当時、焼津の漁師の中には深海ザメを取る人が少なくなかったそうです。

その後、深海魚ブームが起きて、サメ漁で漁場を知っていた長谷川さんの父親は、深海の魚を取る漁師になったそうです。しかし深海魚ブームも去り、今では深海専門の漁師は、長谷川さん親子だけになったということです。

コロナ禍からの復活へ

コロナ禍以前は、船が港に戻ると、ミルクガニを求める人が列を作っていたそうです。ところがコロナ禍で直接販売が激減。この数年間、カニは忘れ去られたようだったといいます。しかし去年の秋以降、コロナの収束を見据え、復活の兆しが出ています。関東の居酒屋チェーンが大口販売先となり、忙しさが戻ってきました。地元のすし屋などにも卸すことが決まっています。

この日も静岡市内の夫婦がカニを求めて、漁船の戻りを待っていました。

「20年前からミルクガニを食べています。ことしはもう5、6回目。身がほっこりしてやわらかいです。ゆでて食べるのが最高です」

みな大好きと8杯を購入

未知の世界が魅力!

深海の漁をする長谷川さんのところには、深海の資源を生かそうと、研究機関や大学、それに民間企業の人たちが通い続けています。

長谷川さん親子は、口をそろえて深海の漁の魅力をこう語りました。

「この船の魅力は、同じ日が2度とないことです。波や潮の流れ、漁獲など同じ場所で漁をしてもまったく違います。深海という目に見えないものを取っていて、名前がついていない魚もあがるので、ワクワクがあって楽しいです」(長谷川一孝さん)

「深海には未知の世界がたくさんがあって夢があります。これが一番の魅力です。その魅力から私のところには、多くの人が集まって来るので、いろんな出会いや経験をさせてもらいました。資源が減る中、これからは漁業も簡単ではありません。何か新しいものを見つけないといけませんが、駿河湾にはその可能性があります」(長谷川久志さん)

カニに変身しました!

帰り際、長谷川さんから味を知って欲しいとカニをいただきました。調理がそう得意ではないため、もったいないことにならないかと少し不安でした。もちろん生きたカニの調理は初めてです。ゆでと焼き、それにしゃぶしゃぶにして食べ比べてみました。

こちらは、ゆでたものです

調理が成功だったかどうかはわかりませんが、カニは甘くて手が止まりませんでした。ゆでたカニと焼いたカニ、どちらもうまみが強く、甲乙つけがたいおいしさでした。ずっと食べていたため、その日の夜は、カニになった夢を見ました。もちろんカニの夢を見るのは初めてです。よほど体にもインパクトを与えたのでしょう。ちょっとびっくりして目覚めましたが、幸せな気分でした。長谷川さん、ありがとうございました。おいしかったです!

深海に試しにかごを入れて始まった駿河湾のミルクガニ漁。未知の世界に惹かれた一家が再び新たな食材を見つけるかも知れません。

  • 長尾吉郎

    静岡局 ニュースデスク

    長尾吉郎

    1992年NHK入局
    初任地大分局で釣り覚える
    報道局社会部・広報局など
    ヤエンによるイカ釣り好き

ページトップに戻る