義なき戦い” 敗者は誰か

大きな番狂わせが、起きていた。

圧勝が予想された自民党のベテランが、まさかの落選。しかも得票を前回の半分にまで減らす大敗だった。
破ったのは、同じ自民党から立った女性の新人。激しい同士討ちの結末だった。

ある自民党関係者は言った、「“仁義なき戦い”だった」と。
任侠映画さながらに広島で繰り広げられた戦いの内幕を明らかにする。
(辻英志朗、伊藤詩織)

前哨戦から、火花散る

公示1か月前、広島。
ただならぬ言い争いが起きていた。

「党本部による溝手さんいじめという印象を強く持っている」
自民党広島県連の面々を前にそう語ったのは、県連会長も務める宮沢洋一。元経済産業大臣だ。

「逆だ、いじめられているのは河井案里さんの方だ」
そう語ったのは、塩崎恭久。元官房長官である。

名前が上がった溝手顕正。

そして、河井案里。いずれも自民党の候補だ。

定員2の広島選挙区で、自民党が「議席独占を狙う」として2人の候補を擁立。
ところが事実上“保守分裂”となり、両陣営は選挙前から激しい火花を散らしていた。

なぜ、こんなことになったのか。

衝撃の打診

広島は“ポスト安倍”の一角、岸田政務調査会長のお膝元だ。

池田勇人元総理大臣や宮沢喜一元総理大臣を輩出した、保守王国だ。
池田元総理が創設した宏池会。その系譜を岸田が束ね、城を守る。

迎えた今回の参議院選挙。

岸田派の最高顧問でもある溝手顕正が改選となった。
防災担当大臣などを歴任している大ベテランだけに、6期目を目指して早々に公認が決まっていた。

定員2の広島選挙区は、長らく自民党と旧民主党系の候補が議席を分け合う状態が続き、直近の2回は自民党の候補が、2位の候補にダブルスコアを超える大差をつけていた。

今回も波静かな選挙と思われたやさきの去年暮れ、県連に衝撃が走る。

「広島なら2議席取れるだろう」

安倍総理大臣や菅官房長官ら政権幹部の意向をくんだ党本部から県連に対し、2人目を擁立することが打診されたのだ。

2人目として、白羽の矢がたったのは、県議会議員の河井案里だった。

彼女の夫は、衆議院広島3区選出で、安倍総理大臣に近いとされる河井克行・総裁外交特別補佐だ。

そのことも、衝撃に拍車をかけた。

頭ごなしの決定

県連からは「組織が分裂しかねない」と一斉に反発があがった。

実は自民党が2人候補者を立てたのは今回が初めてではなかった。21年前にも広島選挙区で2人を擁立。だが結果は1人が落選。改選時に2議席を独占した例はない。

当時を知る県連幹部は「地元組織が分裂して大きな禍根を残し、党勢の停滞につながった。今回も無謀だ」と語気を強めた。

県連は、党本部に方針を撤回するよう繰り返し求めた。

しかし、ことし3月、党本部は県連を押し切る形で、河井案里の擁立を決定。
県連は、「地元の意向を無視するやり方は受け入れられない」と溝手のみを支援することを決めた。

県連と党本部による“仁義なき戦い”が勃発したのだ。

「総理の刺客なのか」

全国に4つある定員2の選挙区で、自民党が2人を擁立したのは広島だけ。
県連では「なぜ広島だけが…」という嘆きと怒りの声が錯そうした。

なぜなのか。

関係者の間でささやかれるのが、安倍総理大臣と溝手の確執だ。

第1次安倍政権は、平成19年の参議院選挙で大敗。

その際、閣僚だった溝手は公然と総理の責任に言及。

その後も自民党が政権に復帰する前の平成24年、消費増税の関連法案への賛成と引き換えに、衆議院選挙を迫る、話し合い解散を主張した安倍を「過去の人」だと発言し、波紋を呼んだ。

総理は、これを忘れていないとされ、「河井は、総理が溝手に差し向けた“刺客”だ」と勘ぐる向きもあった。

県連と距離を置く

一方、河井と県連との関係も良好ではないと言われる。

県議会議員だった河井は、広島県連の主流派とは距離を置いてきた。夫の克行も岸田派には加わらず、安倍総理大臣や菅官房長官と近いスタンスをとってきたとされる。

「2議席独占」というかけ声の裏で、双方の思惑や対立感情が絡み合い、衝突をよりエスカレートさせた。

県連 VS 党本部

そして迎えた公示日。

広島選挙区には、溝手、河井に加え、国民民主党に所属する森本真治ら、現職と新人のあわせて7人が立候補。競い合うように第一声をあげた。

「地方のルールを無視して現れた候補には負けられない」と声を張り上げる溝手。

街頭での選挙戦で溝手は、宮沢県連会長を筆頭に岸田派の国会議員や県議会議員など、県連組織に囲まれて経験と実績を訴えた。

一方の河井も、「自民党の見苦しい分断、政局に気を取られないで」と牽制する。
そして河井のもとには、次々と応援が送り込まれた。二階幹事長に、

菅官房長官、

それに河野外務大臣。連日のように党幹部や閣僚らが訪れ、マイクを握り、支援を訴える。

広島の街で、県連と党本部がぶつかりあった。

戸惑う支持団体

一方、水面下でも熾烈(しれつ)な攻防が展開されていた。

「溝手候補だけを支援してもらいたい」
県連は、県内の企業や支援団体に、重ねて要請。組織の引き締めを図った。

こうした引き締めの効果もあって選挙戦当初は地元組織に支えられた溝手優位の見方が大勢を占めていた。
「崩されるはずがない」県連幹部の多くはそう考えていた。

しかし、党本部は、本気だった。
党本部OBや総理の秘書らを河井陣営に送り込み、支持団体の切り崩しが始まった。

農協や医師会など、県内に200近くあるとされる自民党の支持団体の多くは、「溝手支持」をすでに決めていたが、河井本人や総理秘書らが、1団体1団体、総理名の推薦依頼書をたずさえて回り、翻るよう求めた。

日に日に強まる党本部と河井陣営のプレッシャー。

団体から政権側に配慮し、河井にも推薦を出すところが出始め、80以上が両陣営に推薦を出す展開となっていった。

熾烈(しれつ)な票の奪い合い。ある団体の関係者は「どんな結果でも重大なしこりが残る…」とこぼした。

情勢急変

守る溝手と県連に対して、攻勢を強め続ける河井と党本部。

溝手優位との見方は、公示後、ほどなくして覆された。報道各社が情勢調査を受けて、河井優勢などと相次いで報じたのだ。

溝手陣営は緊急の選対会議を開き、さらに組織の引き締めを図った。

だが、まだ焦りの色は薄かった。

ある陣営幹部はこう語った。
「団体票のある程度の目減りは仕方ないが、大きく切り崩されている実感はない」

一方、河井陣営は「まだまだ、議席は遠い」と、さらに引き締めを強めた。

公明が、舵を切った

勝敗のカギを握ったのが連立与党の公明党だ。
公明党は、溝手、河井の双方を推薦していたが内実は違った。
取材のなかで「公明党は、河井を支援する」との1報が飛び込んできた。

確認を進めると“全国規模のバーター”の情報が伝わってきた。
「苦戦が見込まれる兵庫の選挙区の公明党の候補を自民党本部が全面支援。かわりに広島選挙区で、公明党は、河井支持に舵を切る」

河井に多く票を向ける動きが加速していった。溝手陣営に、はっきりとした焦りが見え始めた。

野党側の躍進

自民党どうしの争いをさらに激しくしたのが、野党3党の統一候補の奮闘だ。

2期目を目指した現職の森本真治。

国民民主党所属の森本は、党派を超えた支援を得たいとして、今回、無所属で立候補。
立憲民主党や社民党の支援も得て、「暮らしや家計を守る」として、自民党の2議席独占阻止を訴えた。

労働組合などの支持に加え、無党派層にも浸透。
日を増して善戦しているとの情勢が伝わり、3つどもえの様相を見せ始めた。

県連に漂い始めた悲壮感

党本部の全面的なバックアップに公明党の重点支援で勢いづく河井陣営。さらに野党側の善戦。

溝手陣営の表情は、序盤戦からは一変していた。

「もうトップとは、申し上げません。2位でも構いません」

街頭で訴える宮沢県連会長の表情には、悲壮感が漂っていた。

“ポスト安倍”の代理戦争

溝手、河井両陣営の戦い。
これを“ポスト安倍”候補の岸田政務調査会長と、菅官房長官の「代理戦争」とする見方もあった。

菅長官は公示前を含め、あわせて3回、河井の応援に駆けつける力の入れようだった。

かたや岸田派が主流派の県連が推す溝手陣営にとって、岸田は戦いの旗頭。

関係者は「溝手が敗れれば岸田の求心力は低下し、“ポスト安倍”どころではなくなる」と語った。

一方で、岸田は、板挟みとも言える状況に陥っていく。

溝手を推すのは当然としても、“ポスト安倍”へ、禅譲も視野に入れると、総理の意をくむ河井をむげに落選させるのは得策ではないとの指摘が、立場を難しくしていった。

対する河井も「広島で2議席獲得することが“岸田総理”の誕生につながる」と繰り返し主張し、揺さぶりをかけた。

力量問われる岸田

戦いが熱を帯びる中、安倍総理大臣が広島入りするとの情報が入った。
河井陣営だけを応援するのか。溝手陣営の応援にも立つのか。注目が集まった。

当日。広島市の繁華街。
数百メートル隔てた2つの場所で、時間を30分ずらして別々に行われた両陣営の演説会。
安倍総理大臣は、溝手陣営の演説会場にも出向き、溝手氏への支持を呼びかけた。

胸をなで下ろした溝手陣営。しかし、ショックな出来事が待ち構えていた。

河井陣営の演説会場。

そこには安倍総理大臣とともに河井の応援マイクを持つ岸田の姿があったのだ。

「河井案里さんに力を貸して欲しい」岸田が訴えた。

安倍総理大臣は演説で、岸田をこう持ち上げた。
「令和の時代のリーダ-は岸田文雄さんだ」
その横で、岸田は、相好を崩した。

岸田が河井陣営の応援に立ったのは、安倍総理大臣に溝手の応援に立ってもらうための引き換えだったとされる。しかし、敵陣の候補を表だって応援した岸田に、県連関係者からは怒りや戸惑いの声が上がった。

「複雑な立場なのはわかるが、はしごを外された気分じゃ」
「リーダーとしてあってはならん」

取材していた私たちが、「これで溝手票が完全に崩れる」と感じた瞬間でもあった。

“仁義なき戦い”の果てに…

そして迎えた投票日。
野党が結集して支援した森本が33万票近くを獲得してトップ当選。
次いで自民党の河井が、29万票余りで2議席目に滑り込んだ。
現職の溝手は、前回のほぼ半分のおよそ27万まで票を減らし、議席を失った。

自民党が「目指す」とした2議席独占はならず、野党にトップを譲る結果に。
党本部対県連の自民党内の争いは、県連の完敗となった。

初当選を果たした河井。

溝手の落選について、こう述べた。
「敵対ではなく『2人を抱えよう』という選挙戦をすれば、2人とも当選できたのではないかと思い、残念だ」

敗れた溝手、淡々と語った。

「2人出すというのは、やっぱりバカげた話だと。今後の自民党としてしっかり考えなければならない話だろう」

この選挙の結果、今後にどういう影響をもたらすのか。
県連関係者は、こう語った。
「当初は一枚岩と信じていた県連や支持団体が分断された影響は計り知れん。今後にも禍根を残すじゃろう」

さらに、厳しくこう言及した。
「もっとダメージが大きいのは岸田さんじゃ。県連のリーダーとして派閥の仲間を守ることもできんかったし、党幹部として2議席独占を果たすこともできんかった。ポスト安倍は遠のいたわい」

自民党内の“仁義なき戦い”は、岸田と県連に大きな傷痕を残して幕を閉じた。

(文中敬称略)

広島局記者
辻 英志朗
2004年入局。京都局、徳島局、生活情報部、首都圏放送センターをへて広島局。現在、自民党や県議会などを取材。関西出身だがお好み焼きは広島風の方が好き。
広島局記者
伊藤 詩織
2016年入局。広島局で警察・司法担当を経て、現在、県政担当。自民党や県議会などを取材。大阪出身。広島生活は4年目に入るも、熱烈な巨人ファン。