政治資金問題の衝撃 税制議論にも

政権を揺るがす自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる問題。時を同じく佳境を迎えた与党の税制改正議論にも影響を及ぼした。いったい何が起きたのか現場を追った。
(山田康博、佐々木森里、米津絵美、古市啓一朗)

防衛増税時期は見送り

「所得税減税などがあり長丁場の作業だったが、非常に成果のあるものになった。賃上げ税制など、今後の日本の成長に向けて種をまくことができた」

12月14日、自民党の税制調査会長、宮沢洋一は与党の税制改正大綱を決定し、こう強調した。

しかし、焦点の1つとなった防衛費の財源確保に向けた増税、いわゆる防衛増税は、ことしも具体的な開始時期を決めることを見送った。

税調議論スタート

さかのぼることおよそ1か月前の11月17日。

自民党の税制調査会 11月

自民党は税制調査会=税調の総会を開き、来年度の税制改正に向けた論議をスタートさせた。

「大所高所から質の高い議論を行い、しっかりとした結論を導き出したい」

こう述べていた宮沢。その脳裏にあったのは、去年の防衛増税をめぐる議論だ。

【リンク】防衛増税「聞かない力」も岸田流?(2022年12月29日特集)

去年、党を二分するほどの議論を経て、所得税など3つの税目の増税を決めた。
ただ、慎重論にも配慮し、開始時期は空欄としたまま、一連の議論を終えた。
ことし増税開始時期を決められなければ、2年連続、結論を先送りすることになる。

宮沢としては、何としても今回の議論で開始時期を決め、防衛費の財源確保に取り組む政権の本気度を示したいという思いがあった。

動く宮沢

税調の議論では、政治判断が必要な案件の扱いは、終盤に議論されるのが通例だ。
防衛増税についても12月中旬の最終盤まで検討されることが想定された。
そんな中、11月30日、宮沢が動いた。

11月30日

税制調査会の役員会で、増税開始時期をことし決める考えを示したのだ。

防衛増税をめぐっては、総理大臣の岸田文雄が、すでに来年度・2024年度は実施しない方針を示していた。
一方、4年後の2027年度に1兆円余りを確保するという“おしり”も決まっている。
このため増税開始は、現実的には以下の2案のいずれかが選択肢となっていた。

防衛増税開始は、以下の2案①再来年の2025年~②3年後の2026年~

宮沢はこの2案を軸に検討する方針を役員らに示し、異論は出なかったという。

会合のあと宮沢は記者団に、こう強調した。

「関係者に対して見通しを示す意味でも、ことし決めるべきだと考えている」

岸田の意向

増税開始時期を決めたい宮沢。
実はこの動きは岸田と入念に意思疎通を図りながら進めたものだった。

ある政府関係者は、こう証言する。

「11月下旬に宮沢さんは総理とサシで会っている。そこで総理から『ことし開始時期を決めていい』と言われたようだ」(政府関係者)

岸田と宮沢はいとこどうしで、以心伝心の関係だと言われている。
宮沢は岸田の“お墨付き”も得て、増税開始時期の決定に向けた地ならしを進めた。

与党内に慎重論

一方の公明党。
ことし増税の開始時期を決めることには慎重な意見が大勢を占めていた。
来年の所得税減税の実施前に増税の開始時期を決めるのは一貫性を欠くと受け止められ、得策ではないというのが主な理由だ。

「減税と増税でベクトルが一貫しないと国民が戸惑うのではないか」
公明党税制調査会長の西田実仁は、記者団にこう述べて、増税時期を決めようとする自民党をけん制した。

さらに、自民党でも政務調査会長の萩生田光一は、増税時期を決めることに一貫して反対していた。
こうした意向は岸田にも伝えていたとされる。

自民党に激震

宮沢が“ことし決める”という考えを幹部に示した翌日、自民党に激震が走った。

安倍派が、パーティー券の収入を所属議員側に5年間で数億円キックバックし、派閥の政治資金収支報告書に記載していなかった疑いがあると報じられたのだ。
額の大きさから政権運営への影響を懸念する声が広がった。

「支持率が低迷する中、党の体力がどんどん奪われている」(党幹部)

「松野官房長官も疑いがあるらしい。次の官房長官を考えておいた方がいいかもしれない」(閣僚経験者)

方針転換

党内が浮き足立つ中、12月7日、自民党税調の“インナー”と呼ばれる幹部が急きょ集められた。
関係者によると、ここで、宮沢はこう口にしたという。

「総理はことし開始時期を決めることは避けたいと思っている。総理の意向なので、どうか理解を願いたい」

わずか2週間で方針が180度転換された格好だ。
なぜなのか。

政府関係者は、こう解説する。

「総理と宮沢さんが前日(6日)に話をして、総理が『ことしは決めないでほしい』と伝えた。宮沢さんはこの政治情勢では決められないと受け止めた」(政府関係者)

与党内で慎重論が急拡大

実際、与党内では増税の開始時期を決められるような状況ではないという意見が急拡大していた。

「増税を決めれば『国会議員は政治資金パーティーで稼いでいるのに国民には負担を強いるのか』と思われる」(自民党議員)

「政権が吹っ飛ぶような話が出ている中で決められないのはしかたがない」(公明党税調幹部)

岸田と宮沢は、こうした党内の雰囲気の中、増税時期を決めることを断念したものとみられている。

そして14日。大綱を決定した際の記者会見。

「増税というものはそれなりに政権の力が必要だが、残念ながら、昨今の政治状況はかなり自民党にとって厳しく、ことしは決定しないことになった」

宮沢が絞り出すように語った「昨今の政治状況」という言葉。
そこには“決めきれない政治”へのふがいなさが込められているように思えた。

決められない政治は打開できるのか

国家の根幹に大きく関わる税制の議論。今回はそこにまで自民党の派閥の政治資金をめぐる問題が影響を及ぼした。問題が連日報じられるのに伴って「決められる環境にない」という空気が広がっていったように感じた。岸田政権は求心力を失い、今後「決められない政治」が続くのか。それとも、この難局を乗り越え、重要な政策を決定する力を取り戻すのか。今がその分岐点なのかもしれない。

(※文中敬称略)
(12月14日「ニュースウオッチ9」などで放送)

政治部記者
山田 康博
2012年入局。京都局初任。政治部では法務省や公明党の担当などを経験し、現在は自民党を担当。
政治部記者
佐々木 森里
2015年入局。大分局を経て政治部。総理番、野党担当を経て現在は公明党の番記者。
政治部記者
米津 絵美
2013年入局。初任地は長野局。平河クラブで自民党・安倍派、政務調査会など担当。
経済部記者
古市啓一朗
2014年入局。新潟局を経て経済部。日銀や金融業界の担当を経て、現在は財務省で税の取材を担当。