明暗くっきり 「悪夢」のなぜ?

ふるさと納税の昨年度の寄付総額は9654億円。
前の年度の1.2倍に増え、1兆円に迫る勢いだ。返礼品の人気などを背景に、多額の寄付を集める自治体にとっては、もはや「なくてはならない財源」だ。
一方、ふるさと納税によって、税収が減るところもあり「悪夢のようだ」と言う自治体も。
「明暗」が分かれる結果となった現場を取材した。
(福島雅博、鵜澤正貴、阿部有起)
※(更新)記事の最後で動画をご覧になれます。

ランキング“常連化”

総務省は、昨年度のふるさと納税の寄付額を発表した。
ふるさと納税を利用した人は去年890万人余り、自治体に寄付された総額も、昨年度9654億円余りといずれも過去最高を更新した。

自治体のランキング(寄付額上位・昨年度)は次の通りだ。

1位の宮崎県都城市は、宮崎牛やブランド豚などの肉や、地元の焼酎などの返礼品の人気を背景に上位に名を連ねてきた。
ここ5年分で見ると、6位→2位→1位→2位→1位と続いており、今回、トップに返り咲いた格好だ。

都城市は、集まった寄付を、不妊治療への医療費助成や、公共施設の整備などに活用してきた。
さらに、財源を、移住者の呼び込みにも活用し、引っ越し代や家賃の費用補助に充てるなど、市の活性化を進める上で、「なくてはならない財源」となっているという。

また、5位以内に、北海道の自治体が3つ入った。
いずれも、ホタテやカニなど、海産物の返礼品が人気で、ランキング上位の“常連”となっている。

都市部からの“流出”も続く

一方、総務省はもうひとつの自治体ランキングを発表した。

住民がふるさと納税を利用してほかの自治体に寄付をした影響で、今年度の住民税の税収が減る見通しとなった自治体の“減収額”ランキングだ。

人口の多い政令指定都市や、東京23区の自治体が名を連ねる。
当該の自治体は、都市部から財源が“流出”しているとして、危機感を強めている。

流出加速は「悪夢」

その1つ、東京23区で最も人口が多い世田谷区。
ふるさと納税による今年度の住民税の減収見通しは、これまでで最も多いおよそ98億2900万円。
昨年度から10億円以上の減収となる。

減収の総額は政令指定都市の横浜市、名古屋市、大阪市、川崎市に次いで、全国で5番目。ただ、これらの市より、世田谷区の人口規模は小さく、控除の適用を受ける人1人あたりの控除額、つまり、減収額は上位5つの自治体では、世田谷区が7万2000円余りと、もっとも多い。

区長の保坂展人は、うめくようにこう話した。

「恐れていたが、ついに100億円目前の数字まで来た。単純に言えば、1年で約100億円の税収がカットされていることになり、来年度の予算を組む際には、その部分をあてにせずに組まなければならない。本来使える住民税が累積で460億円ぐらい流出しているが、規模が加速していくという、『悪夢』のような事態だ」

学校改築などへの影響も懸念

世田谷区によると、このまま財政がひっ迫した際には、施設の改築や改修など大きな支出が必要な事業が真っ先に影響を受ける。区内には、1960年代から70年代に建てられた公共施設が多く、老朽化で改築や改修が必要な時期が一斉に迫って来る。

世田谷区の小学校改築工事

区内にある区立の小学校と中学校は、あわせて90校。
学校の改築は、年に2校のペースで事業を進めてきたという。ただ、老朽化などを考慮すると、できれば年に3校のペースを目指したいとしている。

しかし、建築費も高騰しており、1校あたりの費用は40億円程度にもなり、3校であれば、年間で100億円を超えてくる。区はこの規模の減収が続けば、スケジュールを延ばすなどの影響が出て来る可能性はあるとしている。

また、住宅の家賃が高い中で、財源に余裕があれば、若者や子育て世代、高齢者への住宅支援策も進めたいとしているが、財源の確保が非常に困難なのが実情だと説明する。

区民からも驚きの声

100億に迫る流出額には、区民からも驚きの声が聞かれた。

(29歳・男性)
「知り合いがふるさと納税をしていて、とても興味があるので、専用のアプリも入れて、まさに始めてみようかと思っていたところです。ただ、これだけ税金がほかのところに流出していると聞くと、ちょっと不服に感じる点も出て来そうな気はします」

(53歳・女性)
「以前に夫がふるさと納税をして、その土地の食べ物をもらったことがあります。地方のためにはいいと思いますけど、税収が減ってしまう側からすると、がく然とする額ですよね。制度の見直しを考えてほしいです」

(45歳・男性)
「びっくりする額ですね。ただ、『税金が逃げちゃったから世田谷区でこれができなくなった』というような情報が目に見えてはそんなにないので、ふるさと納税を選ぶか、住んでいる地元に納税するかまであえて考える人は少ないのではないでしょうか」

“方針転換”も遠く及ばず     

世田谷区は、ふるさと納税の制度の見直しを訴える立場から、いわゆる返礼品競争には加わらずにきた。
医療的ケア児の支援などの社会貢献・地域貢献型の寄付を募るにとどめていた。

しかし、去年11月に方針を転換。専用のサイトをオープンして、区内にある有名店の焼き菓子の詰め合わせやローストビーフなど、およそ100の製品やサービスを返礼品に追加した。

世田谷区の特設サイト

その結果、昨年度、ふるさと納税で世田谷区に寄付された額は約2億8600万円で、その前の年度の約1億4900万円と比べて、倍増したが、“流出額”に比べるとその規模は小さい。

区長会“制度見直しを”

都市部からの“流出”に歯止めをかけようと、東京23区の区長会は、総務省に要望を出している。
内容は、▼税の控除額に一定の上限を設けることや、▼東京23区のような地方交付税の不交付団体にも補填を行うことなどだ。

世田谷区長の保坂は、このままいけば「都市部対地方」の対立をあおることになりかねないと危惧している。

「都市部に人や経済が集中しており、バランスを取ろうというふるさと納税の趣旨はわかる。ただ、この競争原理が、都市と地方、あるいは地方間の対立の激化につながることを懸念している」

【詳しく】「ふるさと納税」流出で約100億減収 世田谷区長「悪夢」と吐露

松本総務大臣「本来の趣旨に沿った形で適正に運用を」

松本総務大臣は1日、閣議のあとの記者会見で「ふるさと納税は認知度が年々高まり、寄せられた寄付金はさまざまな地域の課題解決のために使われている。返礼品については、新たな地域資源の発掘を促し、雇用の創出や地域経済の活性化につながっている面もある」と述べた。

その上で人口が多い都市部から地方への税の流出が進む傾向が続いていることについて「結果として、個人住民税の控除額が増収額を上回る団体が生じることになり、少なくとも寄付額の半分以上が地域のために活用されることを徹底するルールの改正を行った。各地方団体、納税者の理解をいただきながら、本来の趣旨に沿った形で適正に運用されるように取り組んでいきたい」とした。 

あなたの街では…

総務省は、そもそもふるさと納税の制度が都市と地方の格差を是正する手段の1つとして考案されたものであり、地方に税が流出するのはやむを得ない部分もあると説明する。
その上で、ルールを逸脱する過度な返礼金競争を防いでいく必要があるとして、自治体がルールにのっとって、適正に寄付の呼びかけをしてもらえるよう、総務省としてしっかりとした対応をとっていくとしている。

利用者が増え、より身近になったふるさと納税。自分の住む街にとっては、どんな意味を持つのか、いま一度見つめなおすことも必要かもしれない。
(文中敬称略)

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宮崎局記者
福島 雅博
2016年入局。富山局を経て宮崎局。現在は都城支局担当。
首都圏局記者
鵜澤 正貴
2008年入局。秋田局や広島局、選挙プロジェクトなどを経て、首都圏局。世田谷区を担当
政治部記者
阿部 有起
2015年入局。鹿児島局、福岡局を経て2021年から政治部。今夏から野党クラブ所属。趣味はツーリング。