その選挙、勝利の裏に“選挙プランナー”

その名前は時の総理大臣の面会者や面会時間を記録した「総理動静」にあった。
「選挙プランナー」という職業を日本で初めて確立したと、業界で言われている。
“当選請負人”とも呼ばれるその仕事とは。
(金澤志江)
キーワードは「ラッキー&キュート」?
東京・千代田区麹町のビルの一室にその事務所はあった。扉を開けてすぐのところに受け付け。そして右手奥にある大きめの机の前に座るのが選挙プランナーの三浦博史だ。
三浦のもとにはかつて選挙を担当した国会議員や知事らからの紹介で依頼が舞い込む。中には評判を聞きつけた“いちげんさん”もいる。
「自分の限界を知っているから受ける仕事は絞っている」と話す三浦。依頼を受けるかどうかの判断のポイントは「ラッキー&キュート」。選挙に出たいという依頼者と会った時に、運があるかどうか、愛嬌があるかどうかを見極めるのだという。
“ダーティーなイメージだった”日本の選挙
元東京都知事の石原慎太郎や北海道知事の鈴木直道など、これまで、主要な地方選挙や国政選挙などで数々の依頼を請け負ってきた。その数は500以上に及ぶという。
そんな三浦が選挙プランナーとして会社を立ち上げたのは1989年。
きっかけはアメリカの選挙を目の当たりにしたことだった。視察の機会を得て渡米し、大統領候補や選挙コンサルタント(=選挙プランナー)についてまわり、その仕事ぶりを学んだ。
「欧米は『選挙コンサルタント』という職業があり、尊敬もされていた。日本はというと、当時『選挙ゴロ』とか『選挙ブローカー』といった言葉があるように選挙に関わるプロはダーティーなイメージだった。選挙運動もアメリカは参加型で支援者たちが楽しくやっていて、半ば強制的にボランティアにさせるような日本とは大違い。それに親が政治家でもなければお金もない、そういう人でも資金が集まりやすくて立候補できる環境にあった」
アメリカの選挙の在り方に感動した三浦は、日本でも“参加型”選挙を実現したいとこの仕事を始めた。
“プランナーが入ったら違反は出さない”
選挙プランナーは情勢の調査・分析を行うほか、どう選挙戦を戦っていくか、その全体の方向性についてアドバイスし、当選への道筋をつけていく。
三浦はその役割について、立候補したいという人が合法的に、なおかつ「地盤(組織力)・看板(知名度)・かばん(資金力)」がなくても選挙で戦うことができるようにすることだと話す。

「『選挙ってこういうもんだ』と自分の感性を候補者に押しつけるベテラン議員がいたり、『前に選挙違反の注意をされていないから大丈夫だ』とか『敵陣営もやっている』と言ったりする陣営の人もいる。それでは全くダメ。スポーツと一緒でルールがあるわけだから、プランナーはそれを指導するコーチのようなものだ。『まあいいか』というのが1番危ない」
長年の経験がある三浦だが、少しでも疑問があると旧知の専門家に確認を怠らない。
近年、「選挙コンサルタント」や「アドバイザー」を名乗る人物が買収や事前運動で逮捕されるケースが出ていることについて触れると、厳しい顔つきで「恥ずかしいことだ」と言った。
「我々プロが入る以上、絶対に違反は出さない。プランナー側も陣営側もコンプライアンスの順守は徹底されないといけない」
候補者のイメージは“作り上げない”
そのうえで、三浦が最も神経を使うのは依頼を受けると決めてからの“初動”だという。
立候補表明前であれば、候補者がそこで何をメッセージとして伝えるかや、イメージカラー、使う写真などを具体的に決めていく。
その際に気をつけているのは、意外にも候補者のイメージを“作り上げないこと”だという。
データに基づいたイメージ戦略
もう1人、無所属の若手や女性の候補者を多く担当してきた選挙プランナーがいる。松田馨は2006年から選挙に関わってきた。
2022年9月、松田は会議室で白色のポロシャツに眼鏡姿のまだ幼さが残る男性と向き合っていた。
当時大学を卒業したばかりの高島崚輔はその7か月後に統一地方選挙の後半戦、兵庫県芦屋市の市長選挙で、全国の市長で歴代最年少となる26歳で初当選を果たすことになる。
立候補の動機や市長になったら実現したいことに加え、これまでどんな人生を歩んできたのか、2時間ほどかけて話を聞いた。有権者から「若すぎる」という批判が出ることは当然予想される。これにどう対応していくべきか、松田は考えを巡らせていた。
ほかにも家族以外に選挙を闘ってくれる人がいるか、応援してくれる組織や団体がないか、選挙戦にいくら使えるのか…など。新人候補の仕事を受けることが多い松田は依頼者にまず10項目の確認をする。
最初にメディアに出ることになる立候補表明や実際の選挙戦でのイメージ戦略の方向性を形づくる土台になるからだ。
打ち合わせを重ね、高島が学生時代にうちこんだラグビーの経験や市民との対話を重視したいという本人の話から「ワンチーム」を合言葉にした。そしてハーバード大学に通い、海外の都市を訪れたことや芦屋市でのインターンの経験から衰退する市をなんとかしたいという思いをこめて「世界一住み続けやすい街」をキャッチフレーズにして打ち出すことにした。
高島の挑む相手は2期目を目指す50代の現職の女性市長だった。
自治体の首長選挙では、知名度から現職が優位とも言われる。まずは選挙戦で支持を得るため、狙うべきターゲット層を考えた。若すぎることや芦屋市出身ではないことから、高齢男性の支持は得にくいと予想。これまでの芦屋市の選挙の傾向も踏まえ、まず浸透をはかる層を比較的投票率が高い40代以上の女性の有権者に絞った。
プロのスタイリストと相談しながら高島のかけていた眼鏡を外し、おろしていた前髪を斜め分けにしておでこを出すことで幼い印象を払拭し、清潔感やリーダーシップ、意志の強さを強調した。
その後、松田は自ら設問の設計を行った調査で、予想どおり現職は高齢男性の支持が高い一方、女性の支持を得られていなかったことを確認。女性の有権者を意識した方向性が合っていることを確信した。
「どうやったら好感を持ってもらえるか全体のイメージをつくっていく。もちろんデータですべてが分かるわけではなく、これまでの経験で判断することもあるが、できるだけ根拠に基づいた形でやっていくということだ。当然本人の思いや魅力があってこそのもので、よく誤解されるがこちらでゼロから振り付けをするなんてことはできない」
松田は何度か仮説を立てては調査を行い、そのつど戦略に微修正を加える。訴えは共感を得られているか、名前は知られているか。特に、候補者の知名度が上がっていない場合はネット広告やビラの折り込みなどの対策を打つが、調査の回数や対策は候補者の希望や予算によっても変わってくるという。
“万歳は一緒にしない”
4月23日、当選確実の一報を受けて、選挙事務所で頭を下げる高島と万歳をする支援者。その中に松田の姿はなかった。
候補者や陣営の人たちと信頼関係を築くことは大事だが、一定の距離感を保つことが必要だと話す。あくまで選挙は当事者と支援者、地域の人たちのものだという考えからだ。現場ではSNSなど今後の政治活動で使用する写真の撮影に専念する。
松田によると、「選挙プランナー」や「選挙コンサルタント」を名乗る人たちは、4年ごとに行われる統一地方選挙のたびに増え、選挙戦が終わるとまた減るのだという。
「統一地方選挙は、衆議院選挙などの国政選挙よりも圧倒的に候補者が多く、広告会社や元秘書など選挙の現場に入った経験のある人たちがやっている。結局、資格があるものでもなく実績や信頼の世界だが、それがなくても名乗ることだけはできる」
勝敗の結果がはっきり出るだけに、ノウハウを確立して経験値を積んだ者だけが生き残ることができる厳しい世界でもあるのだろう。
派手なキャンペーンで選挙に関心を
ただ松田が目指しているのは候補者を当選に結びつけることだけではない。
「担当する候補者が勝っても負けても投票率は上がってもらいたい。その地域に住んでいる人たちが自分の権利を行使して、人生をかけて立候補している政治家に1票を投じて欲しい。その票を投じてもらうために候補者の魅力がより伝わるようにしているという思いもある。投票率の向上、できれば参政意識の向上までつなげたい」
プランナーが携わることで選挙そのものへの有権者の関心を高めたいというのが、幾多の選挙に関わってきた松田の思いだ。かつて担当した富山県知事選挙では、アメリカの大統領選挙を意識して3000人収容のアリーナで総決起集会をやったこともあった。
この選挙では保守分裂の構図などの影響もあったとしつつ、実際に前回35.34%だった投票率が60.67%に上昇したという。
選挙そのものの投票率を向上させたいという思いは、三浦も共通していた。
“人柄を見て” “死に票はない”
最後に、2人にあえて聞いてみた。
選挙プランナーが、1人の有権者として投票する場合、実際に選挙の裏側を知っている立場だといろいろな思惑が透けて見えて投票先を選びにくいのではないか?
候補者の何を見て投票すべきか三浦に聞いてみると、真っ先にあげたのが「人柄」だった。
「演説や集会に行って直接候補者を見てもらいたい。そこではごまかしがきかない部分がみえてくるはずだから」
中には担当した候補者が落選し、悔しい思いをすることもあるという松田。しかし選挙に「死に票はない」と断言する。落選したとしても、1票1票がその候補者の次につながるからだという。
選挙プランナーの存在で日本の選挙は変わるのか。
有権者として候補者をどう見極め、どう選挙に関わるのか、その姿勢も問われている。
(文中敬称略)

- ネットワーク報道部記者
- 金澤 志江
- 2011年入局。仙台局や政治部などを経てネットワーク報道部へ。気になるテーマを幅広く取材中。