止まらない官僚離れ
打開のカギは“中途”の獲得?

学生の「キャリア官僚」離れが止まらない。

6月上旬に今年度試験の合格者数が発表されたが、受験者数は1万4300人余りとピーク時の6割にまで減少。東京大学の出身者は、合格者の9.5%で、過去最低だった。現役官僚が辞めて民間にいく例も相次ぐ。

国家を背負う人材をどう確保するのか。カギは「中途獲得」にある、と元官僚が動き出した。
(政治部 阿部有起)

やりがいが…働き方が…

辞職した女性

どこを向いて仕事をしているのかがわからない。年次が上がるにつれてそういう機会が増えて、疑問を感じたり、議論をしたりすることなく、大切なことが決まっていく。そういうことがきっとこの先も続いていくんだろうなってふと感じたときに、『違う仕事にチャレンジしてみようかな』って思いました

現在は民間企業で働く元官僚の30代の女性。
東京大学時代に「社会の不合理を変えたい」とキャリア官僚を志した。
入省後、内閣府への出向なども経験し幅広く政策立案に携わったが、徐々に疑問を感じるようになったという。

閣僚経験者の政治家など、特定の人への配慮が行き過ぎる機会は少なからずありました。判断を歪め、仕事のやりがいも下がり、仕事の産物としてもあんまりいいものはできない。『そんたく』が過ぎると、やりがいは搾取されていくのを実感しました

10年ほど勤めた官庁を退職し、現在はまちづくりの仕事に携わっている。待遇面でも改善されたという。

辞職した男性

キャリア官僚の「働き方」も離職の大きな原因のひとつだ。
経済産業省に15年近く勤めて退職した40代の男性。障害のある息子の世話を妻に任せる機会が多くなり、妻が体調を崩した。さらに、激務の中、みずからも体を壊し、3か月仕事を休んだ。体力面での限界を感じた。

季節的なものもありますけど、ぎりぎり終電があれば飛び乗って帰る。寝るのは未明の1時半とか2時になって、朝6時とか7時くらいに起きるという感じでした。いよいよ難しいかなと

東日本大震災後の原発事故の処理など、大きな仕事に携わってきた男性。
退職後は社会問題を解決するベンチャー企業に転職した。官僚時代にはほとんどなかった家族との時間も取れるようになったという。

家族で夜ご飯を一緒に食べて、子どもをお風呂に入れて、寝かしつけることもできるようになりました。子どもたちが寝るときはこんな感じなんだっていうのは今まで全く知らなかったので

“おれたちは国家に雇われている”

人事院は6月8日、「キャリア官僚」と言われる国家公務員「総合職」の今年度春の試験の合格者数を発表した。
かつての国家公務員Ⅰ種、通称「国Ⅰ」の流れをくむ試験は、司法試験、公認会計士試験と並んで、日本で最難関の試験の1つとも言われてきた。

官僚たちの夏

おれたちは、国家に雇われている。大臣に雇われているわけじゃないんだ
城山三郎の小説「官僚たちの夏」の一節だ。日本の高度経済成長を担った官僚たちの姿を描いている。

それから半世紀余り。官僚たちを取り巻く環境は大きく変わった。

かつての「国家公務員Ⅰ種」試験の倍率は、最も高かった1999年度で32.4倍に上った。

現在の「総合職」試験となってからの志願者数(春の試験)の推移だ。


2012年度には、2万3881人が申し込んだ。その後、多少の増減を経ながら、2018年度に2万人を切り、2021年度に過去最低の1万4310人となった。

2022年度、増加に転じ、人事院は「コロナ禍で公務員人気が高まった結果では」と期待を寄せていたが、それもつかの間。今年度は再び1万4372人に減少。過去2番目の少なさだった。

若手の“離職”も深刻に

志願者数の減少だけではない。
人事院は去年、「キャリア官僚」の若手職員の退職状況を初めて調査し公表した。

以下のグラフは、採用されてから10年未満で退職した職員の数の推移だ。

退職者のグラフ


2013年度は76人だったが、2020年度には109人となった。7年で4割以上増えたことになる。

人事院トップ “中途採用獲得で流動化を”

国家公務員制度を担当する人事院のトップは現状をどう見ているのか。
川本総裁はインタビューで強い危機感を示した。

人事院川本総裁

このままでは国家の問題解決能力が落ちかねない。世界における日本の地位というものが懸念される。非常に深刻な事態だ。国民が望む行政サービスをきちんとお届けするために、公務は昔も今もこれからもずっと大事だ。公務の魅力がうまく伝わっていない

銀行や外資系コンサルティング会社など民間企業での経験を持つ川本総裁が口にしたキーワードは「多様性」、そして「中途採用の獲得」だ。

高い専門性を持っている方、あるいは公務以外のその職場での経験、やり方や考え方を持っている方が公務に入ることによって、より合理的、効率的、能率的な職場が実現できると思う。多様性があることで、イノベーションというのは起こりやすくなる。新卒中心の採用形態だったので、中途採用はこれまであまり経験がなく、採用についてのやり方など、新たに学ばなければいけないスキルを試行錯誤しながら学んでいく必要がある

“民から官へ” 転職支援します

ただ、キャリア官僚が民間に転出するケースの一方、「民から官」への転職は課題も多い。

吉井弘和さん

去年、霞が関と民間をまたいだ転職支援事業を立ち上げたのが、元官僚の吉井弘和さんだ。

外資系コンサルタントなどを経て、中途採用で厚生労働省に入省した。官僚時代には、中途採用で霞が関に入ったメンバーを集めてプロジェクトを立ち上げ、「多様な人材の呼び込み」を求め、中途採用に関する提言を川本総裁に提出した。

そして、去年、官僚を辞め、官→民、民→官の転職支援をする新会社を立ち上げた。

一方、課題は多いと感じている。1番は転職情報の少なさだ。
求人情報には、「霞が関用語」があふれているという。
例えば、「課長補佐級」「係長級」。「級」って何? 具体的なイメージがわかない人が多いという。
吉井さんは求人情報を「意訳」する作業から始めた。

さらに、給与体系もわかりにくい。
「一般職の職員の給与に関する法律に基づき支給されます」とだけ書いてあるケースが多く、人生設計が難しい。

そこで作ったのが、希望する職種や年齢や扶養家族、住居情報などを入力すると、想定年収がわかるシミュレーターだ。

年収シミュレーター

例えば、「総合職」「35歳」「月平均40時間の残業」「扶養家族は配偶者と16歳未満の子ども1人」「住居は自分名義の賃貸物件」という設定にすると、年収は945万円という結果になった。

吉井さんは、「社会の役に立つ仕事がしたい」として、民間企業から霞が関に転職を希望する層は一定数いると分析する。ただ、官→民の支援ではいくつか実績ができたものの、民→官に吉井さんが直接つないだ例はまだ1つもないという。民→官が求められていると、認知されていないことが大きな課題だとした上で、今後の可能性をこう語った。

転職という選択肢が身近に感じられるような状況になってきている。人材市場全体で若い人たちはより若いうちから転職をして、キャリアを形成していきたいという人の割合は高いと思う。その意味では霞が関だけ特別ということではなく、人材市場全体で起きている変化だ

会議する吉井さんたち

吉井さんたちは霞が関に中途採用で入った人たちにアンケートを行い、初めて気づいた霞が関の魅力を尋ねたところ、▼優秀な人材と仕事ができること、▼有識者など一流の人脈にアクセスできることを挙げる人が多かったという。

まだまだ眠っている霞が関で働くことの魅力があると思うので、そういう点をさらにマーケティングの考え方を持って訴求することができていくと、より霞が関の中途採用も改善していくのではないか

進むか!? 霞が関の中途採用

内閣人事局のまとめでは、2021年度の国家公務員の採用全体に占める中途採用の割合は16%。
中途採用がより進みつつある民間企業との間では開きがある。

霞が関の雑踏

人材市場の流動化が進む中、民間での経験を持った人材が霞が関に来ることで生まれる変化もあるはずだ。
今回の取材で多くの官僚や、元官僚に話を聞いた。皆きっかけは違えど、日本を、社会をもっとよくしたいという思いで霞が関に飛び込んできた。
中途採用の広がりで、霞が関の政策に多様性が取り入れられるのか、働き方や慣習に変化は生まれるのか、注視していきたい。

政治部記者
阿部 有起
2015年入局。鹿児島局、福岡局を経て2021年から政治部。今夏から野党クラブ所属。趣味はツーリング。