「東京での信頼関係は地に落ちた」深まる自公の相互不信

東京での自公の信頼関係は地に落ちた
衝撃的なひと言とともに、公明党が自民党に東京での選挙協力の解消を通告した。次の衆議院選挙の選挙区調整で、自民の対応に不満を募らせた末の決別宣言だった。自民の執行部は、これ以上の関係悪化を防ぎたいとしているが、党内では公明に対し、これにまでにない激しい反発も出ている。両党は、深刻な相互不信を乗り越えられるのか?
(佐久間慶介、佐々木森里、山本雄太郎)

あの石井啓一が…

「信頼関係は地に落ちた」という発言は、公明党幹事長・石井啓一の口から飛び出した。5月25日、両党の幹事長・選挙対策委員長の会談、通称「2幹2選」が終了したあと、記者団の取材に応じた際のことだ。石井は、この発言を自民党幹事長の茂木敏充らに面と向かって放ったことも明らかにした。

われわれは、前日の公明内の会議で、石井がこの発言を行ったとの情報に接していたが、発言はあくまで党内向けのものだと受け止めていた。まさか、冷静沈着のイメージが強い石井が、会談の場で自民側に直接伝え、マスコミのカメラの前で公にするとは思いもしなかった。

「2幹2選」で、石井は、次の衆議院選挙で東京の選挙区では自民の候補者には推薦を出さないことを通告。さらに、再来年の都議会議員選挙をはじめ、都内で行われる各種の選挙でも同様の対応をとる方針などを伝えた。

石井は、茂木が持ち帰って検討したいとの考えを示したのに対し、「党の最終的な方針なので、持ち帰って案を出されても方針を変えることはない」と伝えたことまでカメラの前でつまびらかにした。

「10増」めぐる神経戦

まず、ここまでの事態に至った経緯を振り返りたい。原因は衆議院の小選挙区の「10増10減」だ。

両党は、次の衆議院選挙から適用される「10増10減」への対応をめぐって、去年から水面下の調整を続けてきた。
選挙区の数が増えるのは▽東京(25→30)、▽神奈川(18→20)、▽埼玉(15→16)、▽愛知(15→16)、▽千葉(13→14)の5都県。あわせて10の選挙区で、どちらの党が候補者を擁立するのか、神経戦が繰り広げられた。

仕掛けたのは公明だった。ことし1月、「東京12区」選出の現職議員を、新たにできる「東京29区」で擁立する方針を公表。これまでの「12区」(北区と豊島・板橋・足立区の一部)が、新たな区割りで「新12区」(北区と板橋区の一部)と「新29区」(荒川区と足立区の一部)に分かれることを受けて「新29区」を選ぶと説明した。続いて3月には、埼玉と愛知で、比例代表選出の現職議員を小選挙区で擁立すると発表した。

3つの選挙区とも、自民が対応を決定していない中での発表で、各都県の自民の地元組織は「聞いていない」と反発した。これに対し、公明は「自民幹部とは事前に協議し、発表することの了解はいただいた。今後、地元の理解も得たい」などと説明した。

地元組織以外にも、自民内には「『10減』で選挙区の数が減る影響は自民が受けるのだから、『10増』の選挙区は本来、自民が擁立すべきだ」との意見が少なくなかった。党執行部は公明の対応に不満を持ちながらも、連立政権の維持を重視し、3選挙区については公明の意向を尊重する方向に傾いていた。

しかし、5月上旬、公明・石井が自民・茂木と面会し、新たに「東京28区」でも候補者を立てる意向を伝えたとの情報が広がると、自民執行部からも「そこまで譲るわけにはいかない」という声が強まった。こうして、両党の選挙区調整の最大の焦点は「東京28区」となった。

「無理な要求ではない」

公明が「10増」の選挙区への積極的な擁立を目指す背景には、現状のままでは党勢が衰退してしまうという強い危機感がある。


1つは、比例代表の得票数の減少傾向に歯止めがかからないことだ。支持団体の創価学会の会員の高齢化などによる集票力の低下が指摘されるなか、国政選挙での比例代表の得票は減り続け、去年の参議院選挙では、800万票の目標に対し、結果は618万票にとどまり、比例代表で議席を1つ減らした。

このため、党勢を維持するには、自民の協力が見込める小選挙区で候補者を積極的に擁立し、議席を確保することが有力な対策の1つとなり、今回の「10増」は党にとって、またとないチャンスなのだ。

また、ここにきて、党にとってより深刻な状況になりつつあると指摘されているのが、関西での維新の躍進だ。現在、9人いる公明の小選挙区選出の議員のうち、6人は大阪、兵庫の選出だ。これまで、維新は、この6人の選挙区には候補者を立ててこなかったが、次の衆議院選挙では擁立する可能性に言及している。

公明内では「関西で維新に勝つのは容易ではない」との危機感が広がり、東京や埼玉など、関西以外の都市部に活路を見いだそうとしている側面もある。

公明内には、自民との選挙協力について「不公平だ」という積年の思いがある。

幹部の1人は「東京28区」の要求についてこう強調している。
全国289ある小選挙区のうち公明の候補者がいない280では、自民を支援してきた。東京で選挙区が5つ増える中、1つだけ候補者の擁立を求めるのは、決して無理な要求ではない

自民、要求受け入れず

「東京28区」をめぐり、石井は茂木に「協力が得られなければ、東京での選挙協力は白紙にする」として、要求に応じるよう迫った。茂木は、党総裁である総理大臣の岸田文雄と何度も協議を重ね、要求には応じられないとの方針を確認した。
この間、自民幹部への取材では強気な姿勢が目立った。
公明や創価学会は『選挙協力しない』と脅せば、自民が最後は折れると思っているのだろうが、選挙協力がなくなると困るのは公明の方だ。自民の協力がなければ、公明は『28区』でも『29区』でも勝てないのは明らかだ

5月23日。自民は公明に対し「都連が候補者を擁立する方針を決めている」として、要求は受け入れられないとの考えを伝える一方、「東京12区」や「東京15区」を検討する代案を示した。

公明は即座に「協力解消」案

自民の回答に対する、公明の対応は早かった。その日のうちに、党幹部と学会幹部が協議し、「28区」への擁立を断念するものの、自民が示してきた代案は拒否する方針案を策定。方針案には、「29区」での自民の推薦は求めないことも含め、「東京での選挙協力解消」が盛り込まれた。

翌24日、党の都本部の役員らに方針案を説明して了承を得たあと、選挙対策委員長の西田は、記者団に対し、方針案の説明は避けながらも、これまで公にして来なかった自民との水面下の調整の一端を明かした。

西田は「自民幹部から、2月に『東京28区については最大限努力する』と聞かされており、すでに候補者が決まっているとは初耳だ」と説明した。
また「東京29区」についても、都連の幹部が公明党に協力しない意向を示していると強調し「自民の対応は不誠実だ」と不快感をあらわにした。

選挙協力解消の影響は?

自民内からは、公明が水面下の調整の状況を公にしたことに「信義にもとる」という反発に加え、その説明内容についても「こちらから『28区』を提示した事実はない」、「都連の『28区』擁立方針は公明にも伝えていた」などと反論が出ている。

創価学会を中心とした公明支持層の票は、1つの小選挙区で2万票前後という見方もある。
前回の衆議院選挙で、次点候補と2万票差以内で勝利した都内の選挙区の自民議員は6人で、次回の選挙で、公明との選挙協力が解消されれば、その影響は小さくない。

都選出の議員たちの反応はさまざまだ。
このまま公明の推薦なしであれば、東京は絶望的だ
推薦がないと困るが、ここはやせ我慢をしないといけないところだ

連立政権はどうなる

公明は、選挙協力の解消を東京以外の地域に波及させるつもりがないことや、今回の件が自公の連立関係に影響を及ぼすことがないことを繰り返し強調している。幹事長の石井は「自民に配慮したつもりだ」と説明し、自民も、岸田の指示を受けて公明に丁寧に対応する方針を示しているが、個々の議員からは、批判的なことばが次々に噴き出している。

自民党
公明は連立解消だけは嫌なのだろうが、衰退する党にはつきあってられない
公明が大臣ポストなど連立のメリットを手放すことはないだろうから、最後まで突っ張ってやればいい

公明党
政権を担っているという自覚を持ち、政権が崩れるようなことを言うべきではない
自民は、自分たちの言うことを公明が聞くのは当たり前だと思っている

細る両党間のパイプ

ここまで話がこじれてしまった背景について、両党の幹部間のパイプが細くなっていることを指摘する声が多く聞かれる。

24年に及ぶ自公連立の歴史の中では、これまでもたびたび意見が対立することがあったが、気脈を通じた両党の有力議員らが、創価学会の幹部も含めて、水面下で落としどころを探り、話をまとめてきた。

安倍・菅政権では、自民の菅が、創価学会の幹部で選挙対策を担っていた佐藤浩といわば“ホットライン”を築き、水面下で調整を図ってきた。今回も公明・学会側は佐藤を中心に調整していると言われているが、自民執行部側に菅に代わるカウンターパートは見当たらない。

今回の「東京28区」をめぐる調整では、「最後は相手が譲るだろう」との見立てから互いが譲らず、決裂という形となったという指摘が出ている。世代交代などによって幹部間の関係が希薄になるなか、互いの腹の内がつかみきれず、見解にもそごが生じていた可能性は否定できない。

関係修復の道筋見えず

25日の「2幹2選」から5日が経過した30日。茂木と石井が改めて会談した。

茂木は、東京以外に影響が広がらないよう、公明の求めに応じて、「10増」の対象となっている埼玉と愛知の公明の新たな候補者に推薦を出す方向で党内の調整を急ぐ考えを伝えた。東京の話には踏み込まず、全国レベルでの選挙区調整に向けて協議を続けていくことを確認するにとどめた。

会談後、石井は記者団に「埼玉と愛知の話は既定路線だ。東京以外の46道府県についてはしっかりと選挙協力を行っていきたい」と述べた。
本音をぶつけ合える信頼関係を再構築し、真の関係修復を図れるのか。その道筋は、まだ見えていない。
(文中敬称略)

政治部記者
佐久間 慶介
2012年入局。自民・森山選挙対策委員長担当。
政治部記者
佐々木 森里
2015年入局。大分局を経て政治部。総理番、野党担当を経て現在は公明党の番記者。
政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。初任地は山口局。外務省担当などを経て自民党の茂木幹事長番。