沖縄 久米島 島の恵みが生み出す久米島紬
- 2024年02月01日
久米島の伝統工芸・久米島紬
久米島の伝統工芸品で琉球王国時代からの歴史があるといわれる久米島紬(くめじまつむぎ)。
素朴でやさしい色合いと染め分けた糸の組み合わせで表現するかすり模様が特徴です。
久米島紬はデザインから仕上げまで、ひとりの織り手が担当し、手作業でつくり上げます。
そのため織り上がった反物には織り手の個性が映し出されるといいます。
織り手の生活は紬中心
織り手の桃原禎子さんです。
久米島で生まれ育ち、久米島紬に携わって40年以上の経験を持つ伝統工芸士です。
桃原さんの生活の中心にはいつも久米島紬があるといいます。
仕事は手で覚えるものだと思っているから1日中触ってる。
起きている間は寝る前まで糸を触ってる。常に自分の周囲に糸がある。
スペシャルな久米島紬 ”黒物”
久米島紬の糸を染めるための染料は主に島内でとれる草木です。
基本の色は、黄色、鶯色、黒褐色(煤竹色)、赤茶色、灰色(銀鼠色)など。さまざまな染料で糸を染め上げます。
そしてさまざまな色で織り上げられる久米島紬のなかでも特に高級品として知られるのが泥染めの黒い糸を用いる”黒物”です。
泥染めは、いったん植物で色染めしたあと、泥と染料とを反応させて深みのある黒色を得る染色方法です。
一日に何度も染めと乾燥を繰り返す必要があり、また強い日ざしで糸が痛むのを防ぐため、久米島では日ざしが柔らかくなり、湿度が低くなる秋から冬にかけて、一年分の糸をまとめて泥染めします。
自然の素材で糸を染める久米島紬。長年泥染めを経験してきた桃原さんでも、常に同じように発色させるのは難しいと話します。
植物染料はみんなちょっとずつ色が違うからなかなか同じように染められない。自分の理想の色に近づけるのはちょっと難しくなりますよね。
ことしはじめて黒物に挑戦した吉原雪枝さんです。
10年以上織り手として活動してきましたが、今回ついに泥染めに携わることができました。
ここまで手をかけないと黒染めってできないんだなって。
なんでこれを何十回も染めていくと黒になるんだろう。それに携われているのがすごいなって。
泥染めに用いる島の恵み
染料に使うのはグール(オキナワサルトリイバラ)の根や、ティカチ(シャリンバイ)、シージャー(イタジイ)の木の皮など、島に自生する天然の素材です。
とれる場所が限られ、採取には特別な許可が必要です。とりすぎたり木々を傷めたりしないよう注意を払いながら作業をする様子が印象的でした。
次は泥染めの下準備です。糸を染料につけては干す作業を繰り返し、糸を濃い茶褐色にします。
この茶褐色の下地が、深みのある黒をもたらします。
そして欠かせないのが、島でとれる”泥”です。
泥が含む鉄分と植物染料の中のタンニンが結合して糸の色を黒く変化させます。
島にはかつて何か所か泥がとれる場所がありましたが、今、泥染め用の泥をとることができるのはこの場所だけ。貴重な環境を大切にまもりつづけています。
泥取り作業を担当するのは、普段は漁師として働く宮平秀雄さんです。
池の底に手網を入れ、1回にすくう泥の重さは20キロ以上。たいへんな重労働です。
織り子さんたちが一生懸命紡いで立派なものを作るでしょ。
あれを見るのが楽しみなんですよ。
仕上がりを見たらこのつらさも忘れますよ。
ゆいまーる精神で受け継ぐ伝統のわざ
泥染めの作業は夜明け前にはじまり、織り手が総出で行います。
茶褐色に染めた糸を泥につけては干す作業を何度も何度も繰り返します。
泥染めと天日干しを何度も繰り返すことおよそ10時間。最後はきれいな川の水で泥を洗い流します。
今回泥染めした糸は12反分。
冬の柔らかな日差しの中で、風にあてて乾かしていきます。
糸が乾いていくとしっかりと黒く染まっているのがわかりました。
夜明け前から作業を続けてきた桃原さんたち織り手にも、ようやく安堵の表情が浮かび、自然と笑みがこぼれていました。
はじめて泥染めの作業に携わった吉原さんは、
真っ黒ですよね。すごい。
島でとれる材料から、想像を超える色が生み出される様子にすっかり感心したようでした。
だんだんみんなも年取っていくから(吉原さんのような)若い人が出てくるといいですよね。
(糸作りは)自分1人ではできるものじゃないから。やっぱり(染料を)とる人がいて、泥をやる時に手伝ってくれる人とかもいて。
このゆいまーる(助け合い)精神は続くと思いますよ。
【取材後記】
自然の恵みで生み出される久米島紬。中でも泥染めは、その時の気候条件や染料の状態などによって毎回同じ色に染まるわけではありません。
だからこそ、しっかりと黒に染まった糸を手に取った時、まるでかわいい我が子を見つめるようなやさしいまなざしを向ける桃原さんの表情が強く印象に残りました。
取材を通じて、ひとりひとりがそれぞれの役割をもち、「ゆいまーる精神」で伝統を支える姿を目の当たりにしました。これだけの時間と労力をかけて何かを生み出す文化は、もしかすると今の時代にはそぐわないのかもしれませんが、人と人、自然と人とのつながりを大事にする文化を守っていくことにこそ価値があるのではないかと強く感じました。