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自分らしく“がん”と向き合う 100カメ「余命と向き合う人」ディレクターが語る“5人の選択”<前編>

毎回、ひとつのテーマを100台の固定カメラで撮影するNHKのドキュメンタリー番組『100カメ』。2023年5月に放送した「余命と向き合う人」では、さまざまな事情で「人生の残り時間」=「余命」と向き合うことになった5人の“日常”を固定カメラで観察しました。今回の取材に協力してくれた5人全員が、“がん”とわかったことをきっかけに、自らの「余命」を意識し、毎日の生き方を見つめ直していました。

この番組を制作したディレクターの私は、100台のカメラに記録されたおよそ1500時間にもおよぶ撮影データを通して、“がん”を抱えて過ごす5人の日常に目を凝らしてきました。取材・編集という番組制作のプロセスは、私自身にとって“がんの誤解”をとく時間でもありました。

“がん”と向き合うことになった人たちが、どんなことを考え、どんな日常を送っているのか。「余命と向き合う」5人の取材を通して受け取ったのは、「自分らしく“がん”と向き合って生きる」というそれぞれの選択や価値観でした。5人の取材を振り返ります。

【関連番組の再放送】
2023年6月13日(火)午後11時~[総合]
※放送から1週間はNHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます☟

余命と向き合う5人との出会い

今回、『100カメ』公式Twitterで公開したアンケートや取材を通して、年齢も住む場所も職業も異なる5人の「余命と向き合う人」と出会うことができました。「余命」を意識したきっかけもそれぞれ異なり、医師に具体的な「余命」の期間を告げられた人もいれば、自身の病状と平均的な生存率を照らし合わせて「人生の残り時間」を意識する人もいて、「余命」のとらえ方は各者各様。そんな5人の中で共通していたのは、「自分らしく“がん”と向き合って生きる」ということでした。

余命と向き合う5人

自分の気持ちに素直に生きる

カジカワさん(54)は、2019年、血液がんの一種・悪性リンパ腫が見つかり、2022年2月に医師から「余命半年」と告げられました。今は、妻と愛娘と島根県に暮らしています。

カジカワさん54歳

取材のはじめに、「病気がわかってから始めたことはありますか?」と尋ねると、意外な答えが返ってきました。

カジカワさん

「将来のために我慢しておこう…ということはやめました」

カジカワさんは、病気がわかってから禁煙を始め、2度の抗がん剤治療に挑みました。しかし、2020年10月、がんが全身に広がっていることがわかり、もう3度目の治療をしないと決めたときからタバコを再開します。「何のためにタバコをやめていたんだろう」とバカバカしくなり、特別欲してもいなかったようですが、吸い始めたそうです。

カジカワさん

「ささやかな抵抗みたいなところはあったかもしれません。刹那主義というほどではありませんが、法に触れないこと、粋じゃないこと、娘に言えないこと以外は我慢するのをやめようと考え今に至ります。あまり大人の考えではないですね」

決して自暴自棄になったのではありません。ほかにもカジカワさんは、バランスを取るよりも、とにかく好きなものをたくさん食べたり、葛藤の末これ以上の治療はせず家族と自宅で過ごすことを選んだり…とにかく自分の気持ちに素直に生きることで、悔いなく残りの人生を全力で生きようとしていたのです。

私は、まさかこのような答えが返ってくるとは思わず、自分の中にあった勝手な思い込みが一瞬にして吹き飛ばされていくのを感じ、「こうあるべき」とか周りの目を気にせずに、自分の人生を自分の意思で切り開いていく強さを学ばせていただきました。

タバコを吸うカジカワさん
(換気扇の下がカジカワさんの定位置)

照れずに愛を伝え合う

愛する夫と愛犬と東京都に暮らす、モチコさん(42)。2021年4月、右胸の乳がん(ステージ4)が見つかりました。それからおよそ1年後、「5年先、10年先の人生プランが描けるのか」と医師に尋ねたところ、「まずは5年頑張りましょう」と言われ、「余命」を意識するようになったそうです。

モチコさん42歳

事前の取材で、モチコさん夫妻は毎朝お見送りをすると聞いていたので、撮影の日、玄関にカメラをセッティングしていると、こそこそっとモチコさんが教えてくれたことがあります。

モチコさん

「お話していなかったのですが、実は私たち、玄関を出て姿が見えなくなったところで『にゃー』って言い合うんです」

思ってもみなかったことに私は少しびっくりしましたが、教えてくれたことがとてもうれしかったので、すぐに玄関の外にカメラを追加しました。ご夫妻は、モチコさんの病気がわかったすぐ後に夫が交通事故に遭いICUに入った経験から、「いつ会えなくなるかわからない」という気持ちで、毎日必ずお見送りをしています。撮影素材には、いってらっしゃいのキスから、お見送りの合い言葉「にゃー」まで、飾らない夫婦のやりとりが捉えられてしました。

さらに、病気がわかってから、夫のケンジュさんは思ったことを言葉や行動にして伝えてくれることが増えたそうです。2人でテレビを見て笑っているときには「こういう時間が好きなんだよなぁ」とつぶやいたり、モチコさんが抗がん剤の副作用によりケーキしか食べられなくなってしまったときには、ネットでレシピを検索して、お手製のケーキを食べさせてくれたり…。

ケーキを食べるモチコ夫妻

家族でも友人関係でも、どんな関係性においても、私たちはこれほどまでに自分の気持ちを言葉にしているだろうか?照れずに自分の本当の気持ちを伝えられているだろうか…?
カメラの前で惜しみなく愛を伝え合う姿を見せてくれたモチコさん夫妻。その姿からは素直な気持ちを言葉や行動にして、伝えられるときにきちんと伝えることの大切さを感じました。

わかち合っても尽きない不安

ゆみねーさん

「かたいけの~ステージ4、がんサバイバーのゆみねーです」

福井県に暮らすゆみねーさん(52)との出会いは、穏やかな声のゆる~いあいさつから始まるYouTube動画でした。同じ境遇の仲間とつながったり、がん患者のことを広く知ってもらうために、ゆみねーさんが去年9月から配信しています。私はゆみねーさんの優しい声に惹かれ、すぐに連絡をとりました。

1月、オンラインの画面越しにゆみねーさんと初対面!初めてお会いするのに、初めてじゃない感じがして、自分の身の上話まで…約束の時間を優に過ぎ、気付けば2時間(!)も2人でいろんな話をしました。

ゆみねーさん52歳

誰に対しても穏やかで優しいゆねみーさんの人柄は配信動画からもあふれていて、生配信をすれば、続々と同じ境遇の仲間たちが集まり、互いの状況を共有したり、時には誰にも言えない悩みを吐露したり…。

顔や名前、病気の詳細をオープンにすることはとても勇気がいることだったと思いますが、今はそのゆみねーさんの姿が多くの人に勇気を与えています。どんな状況においても、少しでも今をよりよいものにしようと、一歩踏み出したゆみねーさんはかっこいいなと思いました。

生配信中のゆみねーさん

しかし、そんなゆみねーさんも別の表情を見せるときがありました。
取材中、ゆみねーさんの通院に同行させてもらったときのこと。実は数日前から不眠だったというゆみねーさんは、直近2週間の生活の記録をもとに、食事や睡眠について主治医に相談をしていました。主治医いわく、不眠はがんの患者さんにはよくあることで、先のことが怖くなったり、ネガティブなことを考えて眠れなくなってしまうのだそう…。いつも明るく優しい笑顔の裏には、どんなにわかち合っても尽きることのない大きな不安があることを知りました。

ただ平穏な毎日がこのままずっと続けばいい

カジカワ家では、フウカさんが小学1年生のときから下校時のお迎えが日課になっていました。病気がわかったときに、一度はやめたそうですが、フウカさんから「朝は友達と行くから大丈夫だけど、帰りだけでも来られないかな?」と言われたことをきっかけにお迎えを再開したそうです。車内で「漢字の書き取りテスト」に出た問題や今日の給食のメニューなど、たわいもない話をする2人は本当にキラキラしていて、私の大好きなシーンのひとつです。

撮影素材に映るカジカワさんの日常は、特別なことは起きないけれど、夫婦でこたつを囲んでワイドショーをみながらかつ丼を食べたり、娘が最近習得した空手の型を披露していたり…何気ないけれどとてもあたたかい時間が流れていました。

カジカワさんと娘のフウカさん
(その日の給食のメニューについて話すカジカワさんと娘のフウカさん)

今、「余命半年」と告げられてから1年が経過して、カジカワさんは時々「もしかしたらこのまま生きられるかもしれない」という期待と「そんなに都合がよい形にはならないだろうな」という複雑な気持ちを抱くそうです。

「健康になりたいとは言わない。がんが寛解すればいいとも言わない。前のような生活に戻りたいとも願わない。ただ、平穏な毎日が、このままずっと続いてくれたらいいなと思いながら日々を過ごしている」(カジカワさんの著書『お父さんは、君のことが好きだったよ。』より)

何気ない日常の尊さ、そしてそれを続けることはなによりも難しい挑戦なのだと、カメラに映し出されたカジカワさんの日常が教えてくれました。

<後編>「好きなものがある」ことが生きる力になる 100カメ「余命と向き合う人」

<後編記事>「好きなものがある」ことが生きる力になる 100カメ「余命と向き合う人」
<後編記事>「好きなものがある」ことが生きる力になる 100カメ「余命と向き合う人」

<後編>「好きなものがある」ことが生きる力になる 100カメ「余命と向き合う人」

100カメ「余命と向き合う人」を制作した髙田ディレクター。後編は、自身と同世代の出演者との時間を通じて学んだことをまとめました。こちらの記事もぜひご覧ください。

関連番組の再放送

2023年6月13日(火)午後11時~[総合]
※放送から1週間はNHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます☟

担当 髙田 理恵子の
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この記事の執筆者

第2制作センター ディレクター
髙田 理恵子

宮崎局を経て現所属。移住や教育など地域課題の取材経験から放送に留まらない課題解決型コンテンツの形を模索中。「1ミリ革命」「ドキュメント72時間」「100カメ」などを担当。

みんなのコメント(3件)

体験談
お砂糖たっぷり甘党派コーヒー
19歳以下 女性
2023年7月9日
2020年、私が1年生のころに、ひいおばあちゃんがステージ4の舌がんで亡くなりました。
体験談
サバイバー
50代 男性
2023年6月16日
自分自身、2年半ほど前にステージ4のがんを宣告され、生存率の低さを示すデータから、当初はショックでしたが、幸いにもまだ元気に生活できています。
キツいのは日本人的優しさなのか、どう対応していいのかわからないとのことで、声をかけてくれる人が減ってしまい、自分が社会的に阻害されて、触れたくない存在になってしまったとどうしても感じてしまうことですね。
がんだろうがどうだろうが、これまでどおりに対応してほしいところですが、なかなかそれは難しいようだ、と感じています。
感想
まちゃまちゃ
40代 女性
2023年6月16日
生きていく事の 何かという問いを 突きつけてくれる番組だと思いました。
家族に同じ状況があり みんなで毎日を明るく普通に過ごす事を意志を持ってやってます。がたびたびそれぞれが不安感に苛まれることもあり、番組の登場されてる方々の気持ちがよく理解できます。やっぱり周りの人なんですね。支え合うのが人間なのだと。見ず知らずの方達の人生の一部を拝見させていただきながら自分の生きるヒントにさせてもらえた事感謝します。