
“できない自分”とのつきあい方 |ドラマ「幸運なひと」 生田斗真さんが肺がんステージ4経験者と対談
がんをテーマにしたドラマのタイトルが「幸運なひと」。これは、役を演じる俳優陣にとっても大きな問いかけでした。
俳優の生田斗真さん(38)が演じる松本拓哉は、30代にして肺がんステージ4と診断され、医師から「完治することはありません」と告げられます。自分の人生の時間が限られているとわかったとき、どう生きるのか。
クランクインの直前、役を演じる難しさを語っていた生田さんは、同じ病を経験する方に話を聞いていました。
(この記事は、2023年4月4日放送の特集ドラマ「幸運なひと」での取材を元に作成しています)

近くて遠い「がん」 役を通じてどう向き合うか
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生田斗真さん(ドラマ撮影前のインタビュー)
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「僕のまわりにも、がんになって亡くなった方もいますし、手術をして今も元気に暮らしている方もいます。本当に、とても身近な病気なので、人ごとではなく、自分にもいつかそういうときがくるかもしれないというような思いにもさせられますよね。
ただ、僕自身がんという病気自体を経験していないので、脚本を読んでいても、果たして自分が、演じる拓哉のように笑っていられるかなとか、少しでも明日を生きる希望を見つけて前進していくことができるだろうかというのは、すごく思いましたね。軽々しく想像することはできないというか。本当に今まで感じたことのないような、背負ったことのないような重みをもって向き合いたいと感じました」
清水公一さんとの出会い 肺がんステージ4を経験
がんという病気にどう向き合うか。
クランクイン前、模索を続ける生田さんにヒントをくれた人がいます。

「拓哉」と同じ、肺がんステージ4と診断された清水公一さん(45歳)です。
清水さんが肺がんと診断されたのは35歳のとき。結婚から1年、長男が生まれて2か月半後のことでした。最初はステージ1Bという診断でしたが、1年後、副腎に転移しステージ4に。その後も脳への転移を繰り返し、治療開始から4年後にはがん性髄膜炎に。一時は治療がほぼ難しいとされたこともありました。幸い新薬を用いた治療の効果が出て、現在は症状が落ち着き、安定している状態だと診断を受けています。
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生田斗真さん
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「1人の人間として、自分も助からないんじゃないかとか、時間が残されているんだというような思いを、どう受け止めていらっしゃるのか。どうやって乗り越えてきたのか、伺いたいです。気持ちが揺れ動くなかで、一番しんどかったのは、いつですか」

「2016年12月に、脳転移が抑えきれなくなったのと、がん性髄膜炎といって、僕の場合は腰の脊髄のなかに転移が見つかった時が一番落ち込みました。
自分は死んでしまうのだろうなという気持ちや、僕が夫でなければ、父親でなければ、妻と子どもには、違う道もあったのかもしれないという申し訳なさがありました。
どうやったら残された妻と子どもが今後幸せに生きていけるんだろうと考えても、結局いくら自分がレールを敷いたところで、どうにもならない。
最終的には無力だという思いに襲われて、泣いたりしていましたね。病気には、あらがうことはできないという思いがありました」

もう一つ、清水さんを苦しめたのは、がんに直面する中で浮き彫りになる、自分の弱さでした。

「同年代の友人とかが、本当に充実しているように見えてしまったんですね。ちょうど30代なかばくらいはいろんなライフイベントがあると思うんです。結婚や出産、会社でのキャリアアップ・・・。本当は友達として喜んであげなければいけないのですが、自分にはそういう未来がないかもしれないと、卑屈になってしまって。友人の幸せを心から喜べない自分がいました」
できないことばかりに目がいく自分

「子どもがいる人と話していて、『今度子どもが高校受験だ』『こういうふうな将来を歩んでほしい』と言われても、そんなに共感できない。
仕事が充実している人から、『今やっている業務がすごく楽しい』と聞いたとしたら、自分は治療続きで仕事での将来は見えないし、出世もできないだろうし、自分にはないものをもっているからいいなという思いでした。
本人たちは悪気があって話しているわけじゃないのに、受け入れられない自分がいる。そういう自分自身のことが嫌になるんですよ。すごく悲しいというか、情けないというか」
できないことばかりが増えていく感覚。
特集ドラマ「幸運なひと」の中の拓哉もまた、同じような感情に至る場面もあります。

その中で、清水さんの支えになったのは、これまで通りの接し方で変わらずそばにいてくれる、家族の存在でした。

「診察とか一緒に来ないんですよ、うちの妻。裏では心配していたのかもしれないですが、一緒に泣くとかは全然なくて。子育てしなければいけないし、これから生きていかなければいけないという中で、弱みを見せず強気なタイプでした。『どうせ死なないでしょう』というようなことは何回も言われましたね。不幸なときこそ、誰かが笑っていないと本当に不幸になってしまうような気がして、こういう妻のたたずまいや子どもの無垢(むく)な笑顔には本当に救われましたね」
ときには逃げてもいい

劣等感にさいなまれた清水さんには「結果的に救いになっていた」と感じることがあったそうです。それは「推し活」に没頭する時間です。

当時、がんになった自分を受け入れることができず 、現実から逃げるようにネットサーフィンをしていた清水さん。そこで聞いた、「あるアイドルグループの曲」に心を揺さぶられました。それからは、治療中であっても気づけば「推しの応援」に時間を割くようになり、気持ちが軽くなっていったと言います。

「抗がん剤をやっている最中は、最初の10日間くらいがキツくて、次の2週目、3週目くらいは元気だったんです。このわりと元気な3週目にライブの予定を入れたりしていました。
人間って立ち向かうことと同じくらい逃げることも必要だと思うんですよ。病気のつらさを忘れさせてくれるような、夢中になれることも大事だと思います。妻には、なんで免疫が落ちてるのにそんな人が集まるところに行くのと怒られていましたけど」


「僕自身は、仕事が生きがいというタイプではなかったんですね。だから、自分の人生の時間が限られているかもしれないと分かったとき、できる限り家族との時間を大切にしたいという優先順位は、はっきりしていたと思います。がんになって、自分の人生の終わりを見つめるようになったことで、何を大事にしなければいけないかということが見えたように思います」
この対談を経て、迎えた撮影終盤。
演じる生田さんの中に、清水さんから受け取ったメッセージは確かに息づいていました。
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生田斗真さん
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「拓哉は決して明るく前向きなだけの人間ではありません。次のキャリアに進んでいく妻の姿をうらやましく思ったり、『できないことノート』をつけて人生に後ろ向きになったり。清水さんとお話ししたときに、彼も友人たちが子どもの話とか、将来の話とかを、当たり前のように話していることで、ちょっと卑屈になってしまう自分が嫌だったとおっしゃっていました。きっとそういう思いを、松本拓哉というキャラクターもしていたんだろうと思うし、そうやってかっこ悪くたって、恥ずかしくたって、ダメだって、生きていくという決意をしたことが、まず素晴らしくて尊いことであるということをドラマを通じて『みんなそうだし大丈夫だよ』と背中を押せたらいいなと思います」
タイトルが「幸運なひと」 生田さんの受け止めは?

今回のドラマの脚本を手がけたのは、脚本家の吉澤智子さんです。
自身も夫をがんで亡くしている吉澤さんが、ドラマ制作陣に提案したタイトル。
それが「幸運なひと」でした。
これは、タイトルを目にした一人一人への、一つの「問い」でもあります。
生田さんは「幸運なひと」というタイトルをどうとらえたのか、尋ねました。
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生田斗真さん
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「日常に、幸せなことってたくさん落ちていて。でもそれって、やっぱりほとんど見落としていたと思うんですよね、僕自身も。誰かと話せることも幸せだし、何かを食べられることも幸せだし、街を歩くことだって幸せだし。その日常にある何でもない幸せにちゃんと気付けた人が、幸運なひとなんだと思うんですよね。
清水さんはじめ、僕がお話を聞いてきた方々は、がんになって初めてそれに気づいたと話されていました。『こんなに帰り道きれいだったんだ』とか、『電車からの眺めこんなきれいだったんだ』とか、『私の旦那はこんなにかっこよかったんだ』とか。
僕自身も、そういう日々に落ちてる、何気ない小さな、何でもない幸せっていうのをちゃんと拾える人になりたいなと思いましたし、僕が演じた松本拓哉っていうキャラクターは、自分の幸せに気づけたという意味では、『幸運なひと』だったのかなと思います」

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