
がん治療は“最先端”より標準治療がいい?|国立がん研究センター若尾文彦先生に聞く
「標準治療」と「最新治療」では、どちらが「がんに効きそう」だと感じますか?
この質問の背景には、日本中に広がっている「がんの誤解」が隠れています。
「最新の免疫研究に基づく体に優しいがん治療!?」「抗がん剤は、使ってはいけない!?」「○○でがんが治る!?」
こうした表現は、がんと診断された方や、がん検診やその後の詳しい検査を受けて結果を待っている方、そして、ご家族、周囲の方が、インターネットや書籍などでよく目にし、必要以上に不安を感じる原因となっています。
今回、#がんの誤解では、国立がん研究センターの若尾文彦先生に、標準治療や民間療法をどう考えれば良いか、さらにがんと診断された時に大切にしたい「4つの『あ』」について、解説してもらいました。
誤った情報で困惑する前に、正しくがんを知ることから始めてみませんか。
(NHK厚生文化事業団ディレクター 栗原佐代子 )
(記事はNHK厚生文化事業団・福祉ビデオシリーズ「あなたに知って欲しい がんのこと」をもとに作成しています)
がんと診断されたあなたへ 覚えておきたい「4つの『あ』」
診断直後は、ショックのあまり、正しい情報ではなく、誤った情報にたどりついてしまうこともあります。
混乱した状態では、正しいかどうか判断ができないこともあるため、まず落ち着いてほしいという願いも込め、若尾先生は、4つの「あ」というメッセージを伝えています。

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国立がん研究センター若尾文彦先生
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診断直後は、多くの方が大きなショックを受け、頭が真っ白になり、何も手につかなくなる、ふとした時に涙があふれてくる、など日常とは違う瞬間があると思います。
「大人なのに」「親なのに」など、恥ずかしいと思う必要はありません。
誰もがそのような状態になります。
一つ目の「あ」は「当たり前」です。
不安になっても、ショックを受けても、当たり前のことなのです。
恥ずかしいことは何一つありません。泣きたいときには泣いてもいいし、つらいときはつらいと言っていいということを覚えておいてください。
二つ目の「あ」は「慌てない」です。
がんと診断されて、治療に専念しようと考え、慌てて仕事を辞めてしまう方もいらっしゃいます。
最近では、入院期間は短くなり、薬物療法も外来で受けられるようになるなど、スケジュールを調整することで、働きながら治療を受けることも可能となってきています。
また、仕事していることで、様々な支援を受けることができますし、社会とつながっていることで、治療に向き合う気持ちも強くなります。
さらに、一度、離職してしまうと再就職も簡単ではありません。
辞めることは、いつでもできますので、慌てて辞めないで、落ち着いて情報を集めてみましょう。
三つ目の「あ」は「焦らない」。
治療の予定が先になってしまうなどすると、焦ってしまって、ネットなどで目につく、効果をうたっている医療に飛びついてしまいたくなることもあるかもしれません。
焦らないで、医療スタッフ、周囲の人のサポートを受け、一緒に今後の治療方針などを考えていきましょう。
四つ目の「あ」、「諦めない」もとても大切です。
医療は、日々進歩しています。
古いデータを見て、あきらめたりしないようにしましょう。
患者さんは決して、一人ではありません。
諦めてしまいそうになったときは、そのような落ち込んだ気持ちも率直に医療スタッフ、医療チームにお話しください。患者さんはもちろんのこと、ご家族の方、パートナーの方、職場や友人、周囲の方も同様です。
どのように接して良いかわからず、悩んだり、患者さんから遠のいてしまったりすることもあるかもしれません。
家族も含め、患者さんを支える周囲の人も、一人ではありません。
一人で抱え込まず、頼れるものを頼る、このことも忘れないでほしいです。

標準治療は「並」ではなく「チャンピオン」
がんの治療では、多くの方が初めて見るような専門用語が出てきます。
その都度、担当医に確認をすることはとても重要です。
若尾先生は、「治療法や手術、抗がん剤の名称など医療用語を初めて見聞きする際、疑問に思うことは必ず質問してください」と伝えています。
治療に臨む前の基礎知識として、標準治療ということばを覚えておきましょう。
国立がん研究センターのサイト「がん情報サービス」ではこのように紹介しています。

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国立がん研究センター若尾文彦先生
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誤解されている方もいますが、ここでいう標準とは、「並」という意味ではありません。現段階で科学的に効果が証明された治療のことです。これに対して最新治療とは、研究段階の治療のことです。最新治療が、検証を得て科学的に効果があると証明された場合、その治療が標準治療となるのです。つまり、標準治療はボクシングのチャンピオンのようなものです。
ボクシングのタイトルマッチでチャンピオンが入れ替わるのと同様に、より効果が認められる治療が出てきた時に、チャンピオン=標準治療となり、標準治療が入れ替わります。
標準治療は並の治療で「頼りない」ということではなく、標準治療=チャンピオ
ンだというイメージを持ってください。
保険の効かない自由診療、民間療法(健康食品、食事療法など)には慎重に
がんと診断され、大きな不安の中で、効く可能性があるといわれているものは何でもやってみたいという思いから自由診療や民間療法に興味を持たれる方もいます。
例えば、医療保険が効かない自由診療で提供される特殊な治療法やキノコのエキスなどの健康食品、野菜ジュースなどの食事療法があります。
これらは、「がんに効く」「がんが消える」とうたわれていますが、実際は、がんを治療する効果が科学的に証明されているわけではありません。

若尾先生は、こうした自由診療、民間療法には慎重になる必要があるといいます。
その理由として、「効果のある治療を受ける機会を逸する、治療に悪い影響を及ぼす可能性、費用が高額であること」を指摘します。
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若尾文彦先生
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民間療法を試したいと思ったときには必ず担当医に相談してください。
民間療法の中には治療中の薬と相性が合わず、治療の効果を下げてしまうものもあるからです。「医師に怒られそうで、秘密にしたい」という患者さんがいらっしゃいますが、必ず伝えてください。入院中、手術前後、投薬中には、食事療法を行うこともあります。医師、看護師、栄養士のもと、塩分や糖質などを制限した食事を摂ることもありますが、こうした食事も治療の一環です。
医療スタッフに隠れてこっそり、体に良いと思って食べた食品が、悪影響を引き起こす可能性もあります。「怒られるから」という理由ではなく、患者さん自身の体に影響があるため、必ず担当医に相談してください。
また、民間療法だけに頼ってしまって、標準治療を受けなくなることには、がんが進行することにもつながるなど大きなリスクがあります。
さらに費用が高額という点にも問題があります。保険適用とならない自由診療は、数十万円から数百万円かかるものまであります。
健康食品も、し好品の範囲を超えた高額となるケースもあります。
仮に1回分のある治療や、ある商品が安価に思えたとしても、「続けることで治療の効果が高まる」とすすめられると、途中でやめられず、継続してしまい、結果的に高額になるというケースもあります。
自由診療を受けたり、健康食品などを購入したりした後に、「治療に不安」「経済的に不安」といった悩みも、がん相談支援センターにご相談ください。
またお住いの市町村にある消費生活センターに相談することもご検討ください。
医療機関ネットパトロール 医療広告ガイドラインに違反している疑いがあるウェブサイトの情報をお寄せください。情報提供はこちらから(※NHKサイトを離れます)
周りの人からの「おすすめ」が「ありがた迷惑」になることも
患者本人が「民間療法はしない」と決めていても、家族、親戚、周囲の方がお見舞いとして「体に良いから食べてね」「がんに効くらしいから買ってきた」と患者さんにすすめるケースも見受けられます。どう対応したらいいのでしょうか?

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若尾文彦先生
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実は周囲の人から民間療法をおすすめされるケースはとても多く、患者さんにとっては「ありがた迷惑」となっています。
すすめる側にお伝えしたいことですが、がんと診断された患者さんは医師をはじめ医療スタッフと相談しながら、治療法を選択しています。患者さん本人の意思を尊重することを最優先し、「ありがた迷惑」とならないような、別のサポートの方法を考えましょう。
患者さんが気を遣って断りにくいという状況そのものが、患者さんの負担となっていることに気づいてください。
民間療法をすすめられて困っている患者さんは、医療スタッフ、がん相談支援センターに相談してください。こうした悩みや困りごとは、時代が変わっても、商材が変わっても、悩んでいる患者さんが必ずいます。
そんな時に思い出していただきたいのが、いまある治療のチャンピオン、「標準治療」という用語です。とある健康食品、とある民間療法が「がんに効く」のであれば、科学的に効果が認められ、標準治療になっているはずです。
しかし、現実には標準治療となっていません。
その現実を思い出していただき、慎重に、冷静に、対応しましょう。
家族、親戚、友人、知人、周囲の人が正しいがんの情報を知っておくことは、患者さんにこうした負担をかけないためにも重要なことであり、大切なサポートの一つとなるのです。

インターネットや書籍のがん情報に注意
インターネットでがんのことを検索する際、がんに関する検索結果には注意が必要なものもあります。すべての情報が正しいわけではないという前提でインターネットにある情報を取捨選択し、正しい情報を入手してください。
書籍についても同様です。インターネットでより簡単にがんに関する書籍が手に入るようになっていますが、書籍にも誤った情報が記載されていることはよくあります。
情報選択に迷ったら、がん情報サービスを参照したり、がん相談支援センターに相談したりしましょう。がんに関する信頼できる確かな情報がそろったサイトです。
国立がん研究センター がん情報サービスはこちら(※NHKサイトを離れます)
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