「“周りのほうが大変”と、自分の心にフタをしないで」 宮城県気仙沼市出身・岩槻佳桜さん
「能登半島地震を経験した“子どもたち”へ、私がいま伝えたいこと」
このページでは、かつて東日本大震災などで家族や友人、ふるさとなどを失った“子どもたち”からのメッセージを紹介します。
宮城県気仙沼市出身の岩槻佳桜(いわつき・かお)さん、19歳です。
5歳のときに東日本大震災を経験しました。
幼かった岩槻さんにとって当時の記憶はあいまいな部分もありますが、あの日、黒い津波が襲ってくるのを必死で逃げたこと、そのとき幼稚園で使っていたピンクのバッグを持っていたことは鮮明に覚えています。
岩槻さんは中学2年生のときから、気仙沼市の伝承施設で語り部として活動をしています。
自分自身が経験したことを「忘れたくない。どうやったらずっと覚えていられるかな?」という思いから、自分の経験を語ることに興味をもったといいます。
語り部活動のなかで、印象的なエピソードがありました。
岩槻さんが「震災の日の夜は星空がすごくきれいだったんです」と話したところ、宮城県出身のお客さんは「いやあ、あの星空は絶望だったね」と言われたことです。
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岩槻さん
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「町じゅうが停電して真っ暗ななか、車から見た満点の星空が私にとっては『純粋にきれい』な光景だったのに、違う人にとっては『絶望』という全く別の感情があるということに新鮮な驚きがあったんです」
その経験をヒントに、岩槻さんは新しい伝承活動を始めています。
「白いA4の用紙1枚を使って3.11の記憶を表現する」というワークショップです。
ハサミやペンなどの文房具は使いません。
紙をクシャクシャにしたり、真ん中に大きな穴をあけたり・・・。
ワークショップには同級生や、地元の小学生から社会人まで、また県外から参加する人もいました。
震災当時、東京にいた人の作品
・上部が夜の静寂
・下のくしゃくしゃな部分が帰宅難民でごった返す歩道
・少し破けている部分が地割れ
震災当時、気仙沼市の避難所にいた人の作品
・「前に進みたいんだけど進めない、いやいや、でも進まなきゃ」という思い
・津波を連想させるような形
大学の先生の作品
・地震情報を伝えるテレビのL字画面
・福島にいた家族のことが心配でずっとテレビを見ていた
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岩槻さん
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「前に進みたいけど進めない気持ちとか、津波を連想させるような形とか。ただ『当時のことを教えてください』って聞くんじゃなくて、『紙で表現してください』と言うと、表現の仕方に無数の可能性があるんです」
能登半島地震で大切な人やものを失った子どもたちへ。
岩槻さんからのメッセージです。
「いま、皆さんは自分と向き合えていますか?心のどこかで我慢をしなくてはならないと思って、心にフタをしてしまっていませんか?吐き出すことだって難しい生活をしていることは承知のもと、誰かに話してみるとか、何かに書き出してみるとか、自分の感情を心の外に出すのも大切なことだと思います。
特に子どものうちは「周りのほうが大変」と思って、心にフタをしてしまいがちです。でも遊べるときに遊んでおく。誰かと笑って遊ぶ時間を大切にしてください。
皆様の笑顔で地域が活気づきますように。かげながら遠くで見守っています」