生き物の親子のぬくもりを描く~石村嘉成展によせて
- 2023年07月18日
親子で見つめ合うさまざまな生き物。そのぬくもりを描き続けているのは、新居浜市出身の画家、石村嘉成さん(29歳)だ。愛媛県美術館で開かれている企画展では全長26メートルにわたり、太古から現代までさまざまな生き物の親子の姿がびっしり描かれている。 時空を超えて親と子の情愛を描いた作品には嘉成さんの変わらない思いがあった。
(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)
石村嘉成さんは、2歳の時自閉症と診断された。
気に入らないことがあると泣きわめく嘉成さんに母親の有希子さんは「嘉成は誰かの助けがなければ生きていけない。だから誰からも愛される人になってほしい」と考え、厳しくも愛情深い療育をおこなったという。
小学校で習う言葉や数え方などを自宅でも繰り返し教えるとともに、優しさや思いやりなど、社会で生き抜くための力を身につけさせようと、献身的に支えてきた。
しかしその母は嘉成さんが小学5年のときにがんでこの世を去ってしまった。
父親の和徳さん。
最愛の妻を失い悲しみも癒えないまま、周りの人に支えられながら、嘉成さんと2人の生活が始まった。芸術家としての嘉成さんの原点は高校生の時だ。
版画の作品を見初めた美術の教師との出会いだった。
大好きなカマキリやザリガニなど生き物を大胆かつ独特の表情で描いていたのだ。
和徳さんは息子の「好き」を伸ばしてあげたいと、卒業後、自宅にアトリエを作り、創作のための環境を整えた。それから10年あまり。
今では嘉成さんの作品は国内外で高く評価されている。
7月15日から愛媛県美術館で開かれている嘉成さんの企画展。
およそ200点の作品が集められた。版画やアクリル画など、これまで嘉成さんが描いてきた数々の作品が並べられている。
年代ごとに絵のタッチも変化していておもしろい。
ただ一つ、一貫して変わらないのは、生き物たちの輝く命と親子の愛情を描いていることだ。
ひときわ目を引く作品「アニマル・ヒストリー」は、全長26メートルに及ぶアクリル画だ。
太古の時代の生物・アノマロカリス、ティラノサウルスやトリケラトプスなどの恐竜。それに百獣の王ライオンまで時空を超えてさまざまな生き物が描かれている。
制作にかけた時間はなんと1年。
かつて地球上で生きた生き物の親子にも思いをはせ、どんな生き物をどんなふうに描くのか、嘉成さんは考えに考え抜いたという。
嘉成さん
「動物の親子、そして力強さや命を描きました。愛情だけでなく動物の気持ち、感情をしっかり考えて理解しようと思いました。こちらは、瀬戸内の海に住む生きた化石と呼ばれているカブトガニです。新居浜市の総合科学博物館で剥製を見ましたが、今は生きているのをめったに見ることができない絶滅危惧種です。本物を見たらもっとかわいいでしょうね」
父の和徳さん
「これまで岡山などで個展をしてきましたが、地元である愛媛県美術館で自分の作品を見てもらえるというのは息子の悲願でした。たくさんの人に見てもらいたいという一心で、一日10時間以上もキャンパスに向かうこともありました。あの集中力や熱意は僕には到底無理です」
私は作品から脈々と受け継がれる命のつながりを感じ取った。
殻を破って生まれたばかりの赤ちゃんを見守るワニや背中に背負った子どもと視線を交わし合うコアラ。それはまるで、嘉成さんの母親が注いできた瞳そのもののようで、作品には面々と親と子の深い情愛が描かれているのだ。
絡み合うダイオウイカとミズタコ。
嘉成さんは、
「これはけんかしているのではないのです。まるで社交ダンスのようにこうして仲良くしている。つまりラブラブなんですね」
と片目をばちっとウィンクして話してくれた。
嘉成さん
「生き物の優しさ、平和に暮らせるような安心できるような感情を描きたかった。絶滅した生き物には、もう会うことはできないけれど、命の力強さを感じてほしい」
ティラノサウルスとスミロドンの対決。
優しさだけでなく、生き物たちの燃えるような命を対決という姿で描く。
地球環境の変化により、住みかを奪われていく怒りや悲しみも、嘉成さんは生き物たちの気持ちに寄り添っているのだ。
展示会に、嘉成さんの小学校時代の恩師も駆けつけていた。
1年生と4年生、6年生の時のそれぞれの担任だという。
長年、嘉成さんの作品を見つめ続けてきた応援団だ。
恩師
「どんどん腕をあげているなと感じます。一番は目の目の輝き。最初は直接的な感じで、元気がいい絵だなという印象でしたが、今は見てるだけで、吸い込まれそうだし、その裏に隠れている憂いというのも表現できていて、私たちもいろいろ考えさせられるというか、そんな気持ちになります」
会場では10年あまり書き続けている絵日記も展示されている。
私は、初めて絵日記を見たとき、嘉成さんの才能を感じずにはいられなかった。
毎日コツコツと続けていく才能。
右のページには、その日の出来事をつづり、左のページにはその日一番興味のわいた生き物の絵を描いている。数にして100冊をこえたというではないか。
鮮やかな色使いで昆虫からアフリカゾウまで世界中の生き物が描かれていた。
その時、絵日記に心を奪われた私に、唐突に嘉成さんが変な表情を見せた。
唇をへの字に曲げているのだ。
嘉成さん
「これは、シマフクロウの顔まねです。どうですか。似ていますか。私はこのシマフクロウの口元がかわいいと思うのです。オウムみたいで、かわいいだけじゃなく、鬼のように怒っているみたいにも見えますね。そういうところが好きなんです」
その観察眼も一つの才能だと思う。
特徴を見抜き、自分の感性で描く。初めて出会った頃と比べると、嘉成さんはとても感情豊にそして饒舌に作品の説明をしてくれた。
創作を続ける中で、自分の作品を見てくれる人に自分の思いを伝えたいという熱い気持ちがさらに高まっているように思った。
嘉成さん
「小さい頃、母に褒められたとき本当にうれしくてたまりませんでした。がんばれば、母が喜んでくれる、それが私の喜びだったように思います。でも今、作品を見てくれた人が、笑顔になって元気になってくれるのが一番うれしいです」
会場には、嘉成さんのアトリエを再現した展示もある。
そこには、母親の有希子さんを描いた版画作品が掲げられている。
その周りには、花や虫、生き物たちが囲んでいる。
「10年間頑張ったことを母は褒めてくれると思います」と嘉成さんは言う。
これまでも、そしてこれからも親子の情愛が変わることはない。
たとえ、天国に行ってしまっても母の愛は、嘉成さんの心にしっかりと受け継がれている。
どんな生き物にも共通する愛情や力強さ。私も元気をもらうことができた。