赤いタルトの謎を追え!
- 2023年06月30日

愛媛で「タルト」といえば、カステラ生地にあんこを入れてロール状に巻いたお菓子のことである。おなじみのこのタルト、実は南予地方においては、黒いあんこと赤いあんこの2種類が存在している。なんの疑問もなく、黒も赤も受け入れていた私だが、タルトについて調べていくと小さな菓子店にたどり着いた。
※映像で見たい方には、記事の最後に動画があります。
(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

愛媛の銘菓、タルトについて視聴者から質問が寄せられた。「南予地方のタルトは、どうして赤いあんこが入っているのか」というものだった。なるほど、黒いあんこが主流だが、当たり前のように南予では赤いあんこのタルトも売られている。

その謎を解明すべく、私は赤いタルトを探した。伊方町、八幡浜市、西予市城川町、鬼北町と巡ってみたところ、その地域すべてに赤いタルトが存在している。そのうちの一つ、鬼北町の老舗菓子店に連絡をしてみたところ、戦後まもなく初代店主の頃から赤いあんこのタルトを作っているというではないか。気になるので訪ねてみることにした。
常行菓子舗は、創業70年をこえる。合併前の旧日吉村にあり、高知の檮原への街道沿いに位置している店だ。3代目店主として迎えてくれたのは、黒河香さん(34歳)だった。

「私が小さい頃から赤いあんこのタルトはありましたね。今でも週に一回、毎週土曜日になると必ず買いに来るおじいちゃんがいて、お酒のあてにしてるとかで、長年うちの定番として根づいています」
現在、この菓子店では、タルトとまんじゅうのみを製造している。タルトは、売り切れるたびに作るということで、この日は60本のタルトを作っていた。
正方形の金型に生地を流し込み、年季の入ったオーブンで焼く。焼き具合を目で確認して、絶妙な具合でオーブンから取り出す。生地を冷ます間に、あんこを練る。
黒河さん
「黒いあんこは小豆で、赤いあんこは白インゲンを使っているので、それぞれに味が違うと思います」

白インゲンを練り上げたあんこに、食紅を加える。さらに練っていくと、あんこはみるみるうちに赤みを帯びてくる。赤というよりはピンク色に近い。木の棒で練り上げていく作業は、きゃしゃな黒河さんにとっては重労働だという。
黒河さん
「じいちゃんは、おまえには無理やってゆうて私が跡を継ぐことになかなか賛成してくれなかったんです。でも私はじいちゃんの味を残したいと思って、3年ほど前に一から教えてもらいました」
後継者がいないことを理由に、この菓子店は一度閉店したことがあるという。60年以上店を切り盛りしてきた2代目の常行富夫さん(87歳)にも話を聞いた。

「戦後、うちの親父(勇さん)が渡り職人から菓子作りを学んで、私がそのまま跡を継ぎました。あの頃は人も多くて、この街道もにぎわってて祝い事も多かった。その頃かな、父がお祭りや祝い事の席に黒いあんこよりは赤いあんこの方が見栄えがいいからというて始めたんじゃないかなと記憶している」
人口も減り、地域のにぎわいも失われる中、それでもこの店のお菓子を買いに来る客がいるという事実は、祖父や曾祖父が作り続けてきた地元の味を残したいと思う孫の香さんの気持ちに火をつけた。
黒河さん
「私が食べたかったのかもしれないですね。外国に留学していたときも、じいちゃんのタルトやまんじゅうを食べたとき、懐かしくてたまりませんでした。この味を家族だけでなく、地域の人に残して、『まだ、やりよるかな』とか『懐かしいな』と言ってもらいたい」

この赤いタルトは、どうやら祝いの席の縁起物として始まったのかもしれない。富夫さんの現役の頃は、結婚式にはあんこの練り切りも作っていて、あんこを赤や青、黄や緑に色づけをして華やかなお菓子を作っていたこともあるという。今でも介護施設からは、祭りや祝い事、誕生日などに赤いタルトを指定して注文が飛び込んでくる。
大手のタルトメーカーによると、もともとは、松山藩の殿様の菓子として誕生したタルトだが、明治以降は職人が各地を渡り歩き、その製法を伝えていったのではないかといわれている。その中でも、高知に近い南予地方では皿鉢料理など祝いの席にタルトが添えられるなどして、華やかな赤いあんこのタルトが生まれたのかもしれないという。赤いあんこがどうしてあるのか、その謎ははっきりとわからないままだったが、地域の人には今も昔も愛される縁起物のタルトであることは間違いなかった。

この取材を通じて、あまりにも身近にあったタルトに心を寄せるようになった。一つ一つ手作りしているタルトを見ていると、祖父から孫へと受け継がれていく味に温かさを感じた。広げたタルト生地にあんこを詰めて、くるんと巻き終わると、端っこにどうしても隙間が空く。その隙間をへらですくったあんこで埋めるのだ。その菓子作りの小さな工程に胸がドキッとした。タルトの端っこまでぎゅうぎゅうに詰まったあんこに、食べてくれる人への感謝や思いやりが詰まっていると思ったからだ。香さんは「これはじいちゃんがしてたのをまねしただけです」という。富夫さんはポロッと「ありがとうな」と小さくつぶやく。これまで一度もそんな言葉を聞いたことのなかった香さんの目にも、じんわりと涙が浮かんでいた。