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いざ選定へ 旧津島町岩松地区 国の伝統的建物保存地区への道

  • 2023年06月07日

宇和島市中心部から南へ車を走らせることおよそ15分。どこか懐かしい小さな町並みが見えてきた。旧津島町岩松地区である。この美しく温かい地区を後世に残したいと願う住民たちがいる。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

冬にはシロウオが遡上し、夏には天然のニホンウナギが泳ぎ回る岩松川に沿って町並みが続く宇和島市津島町の岩松地区。 宇和島藩に殿様がいた江戸時代から、外海との交易に欠かせない船着き場として栄えてきた。

江戸時代末期から昭和にかけて建てられた造り酒屋や商家などおよそ100棟が当時の姿のままで残っている。

この地区は明治生まれの作家・獅子文六が書いた小説「てんやわんや」の舞台になったことでも知られている。 獅子は戦後の混乱を避けるために疎開していた。 この作品の登場人物の名前を冠したあんこを柔らかい餅で包んだ一口サイズのお菓子「善助餅」は郷土の土産としてたいそう喜ばれている。

下段右から2人目が獅子文六

町並みを国の保存地区へ

岩松地区は20年ほど前から市と住民グループが一体となって国の「重要伝統的建造物群保存地区」の選定をめざしている。

保存地区になると何が変わるのだろうか。

文化庁 伝統建造物群担当 村上玲奈 文化財調査官

6月4日、町並みの一角にある商工会にやってきたのは、文化庁の調査官だ。 保存地区の選定に本格的に乗り出した市が住民に向けた学習会を開いたのである。 集まったのは、高校生から80代までのおよそ60人。住民たちは、熱心に耳を傾けていた。

「重要伝統的建造物群保存地区」は、国内で126地区選定されている。 調査官は岐阜の白川郷や京都の産寧坂などを例に挙げた。 選定されるのは「建造物群」つまり地区まるごとになるため対象となる建物の所有者は個人の判断で建て替えたり更地にしたりできなくなるものの、町並みの一部を形成しているとして建物の修理や改装に対して国から補助金が受けられるメリットがあるのだ。

内子町の町並み

ちなみに愛媛県内では、内子町や西予市卯之町の伝統的な町並み2地区が選定され、観光コースにも組み込まれ外国人にも人気だ。
調査官は実際に岩松地区を訪れた感想をこう述べた。

「山と川に挟まれた町並みがまず第一に魅力的なところだと感じました。獅子文六の小説「てんやわんや」を読んできましたが、本当にそこで描かれているイメージがわかる気がすると思いました。例えば商家の天井は、客人が狭い思いをしないようにと真ん中部分が高くなっている船底天井という細工が施されていて、これこそ地域のおもてなしの心が込められた建物なのだと感心しました」

さらに、選定されることによって、建物や景観を残すのみならず、その家ならでは暮らしぶりやの風習が次の世代へ引き継がれること、そして岩松地区で盛んだった左官業など建築技術を継承できることなどを調査官は説明した。

住民たちは「自分たちが住んでいる場所が本当に選ばれるべき場所なのだろうか」と食い入るように説明を聞いていた。

世界にも認められた町並み

実は、岩松地区の町並みは海外から評価されたことがある。2019年、世界の歴史的建造物や文化遺産の保存に取り組む国際的な非営利組織、「ワールドモニュメント財団」が岩松地区を「緊急に保存や修復を必要とする文化遺産」に認定したのである。

貴重な建物の1つが、江戸時代中期から明治にかけて酒造りなどで財をなした豪商の「小西本家」の離れ座敷として建てられた木造建築だ。
1階には客人をもてなそうと赤や青などのガラスをはめ込み幻想的な空間を生み出す客間があり、この財団の支援を受けて修復された。
「色ガラスの家」と呼ばれ、川沿いの夕暮れ時になると、斜めに差し込んだ光が畳一面に広がる。

その特別な空間に身を置けば、どんな商談もうまく進んだことであろうと想像できる。 まさに建物そのものが歴史や地域の人々のおもてなしの心をそのまま現代に残しているようだ。

ちなみに岩松地区にはかつて3つも蔵元があったことから、住民グループは平成19年、愛媛県では初めてとなる「どぶろく特区」の許可を得て製造に乗り出した。 ブランド名は地域の方言である「なんで?」「おおっ」といった驚きなど意味する「なっそ」である。
辛口でピリリとした飲み応えに根強いファンも多いという。

夏ごろには国に申請へ

宇和島市は、岩松地区一帯のおよそ300世帯、10.6ヘクタールを保存地区の対象として夏ごろまでに地元住民の同意を得て国に申請を目指している。 学習会の手応えやいかに。 多くの住民が一丸となって気運が高まることが期待される。

住民グループ「岩松守ろう会」西﨑徹 会長
「国の保存地区に選定されるという事実が大事で、それだけ価値のある町並みという証になる。もっともっと地域を守っていきたいと思う」

山下文子の感想

筆者(2016年)

私が岩松地区で取材を始めた10年ほど前、出会う人たちは皆明るくて仲が良く、ひょっこりやってきた私を温かく迎えてくれた。町の電気屋さんをのぞくと、昭和レトロな家電が並び、レコードやラジカセから懐かしいロックや歌謡曲が流れてくる。朱色のベンガラ塗りが施された間口の大きなお米屋さんや、白い漆喰に覆われた荘厳な作りの酒屋さん。一度訪れると顔を覚えてもらいうれしかったことを覚えている。古き良き建物とともに、人々は時代をつなぎ、そこで暮らしている。時間とともに失われるものが多い中、もしこの温かい場所がこれから先も残せるのならば、ぜひ保存地区に選定されてほしいと願うばかりである。

  • 山下文子

    山下文子

    2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走する日々。 鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中。 実は覆面レスラーをこよなく愛す。

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