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愛南町で“YOASOBI”はいかが?

愛媛最南端の町でスナック巡り
  • 2023年06月12日

はしご酒は当たり前。愛媛県の最南端に位置する人口およそ2万人の町、愛南町には人口の割合に対してスナックなど夜営業の店が多いという。人々を癒やしてやまない夜の愛南町を巡ってみた。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

どうして夜の愛南町を巡るのか。それには理由があった。5月、町の観光案内所に見慣れないパンフレットを見つけたのだ。
手に取ると、「愛南YOASOBI(夜遊び)マップ」と書いてあるではないか。
どこか懐かしい80年代の少女雑誌から切り取ったような絵が描かれた表紙。
3つ折りになっていて、いざ開いてみると、地図とともに写真付きで26軒のスナックやバーなどが紹介されている。
なるほど、営業時間や電話番号に加え、店の雰囲気がわかる写真にコメントが添えてある。

 

地域おこし協力隊 関根麻里さん

このパンフレットを制作したのは、2年前に東京から愛南町に移住してきた地域おこし協力隊の関根麻里さん(44歳)だ。
誰も知らない土地に引っ越してきたにも関わらず、町内の夜の店で出会う人たちとみるみるうちに顔見知りになっていく。
まるで夢のような社交場だったという。

関根麻里さん
「私はお酒を飲むのが大好きなんです。飲みに行くと、いろんな年代の人に出会って、町内外の人たちとも交流する機会になったんです。スナックのママもみんな優しくて、常連のお客さんもすごく親切で、知らないお店を紹介してもらったりしてみんな2軒目、3軒目と当たり前のように巡っているのでこれをマップにして多くの人に良さを知ってもらいたいと思うようになったんです」

明るくてよく笑い、地元の人たちの話に熱心に耳を傾ける関根さんの人柄もあるのだろう。 関根さんは、町内に40軒あまりあるスナックやバーを1軒1軒訪ね、「マップを作るのでお店のこと紹介してもいいですか」と直接取材交渉をしたという。

フレイア店内

50代になるのを前に店を持ちたいと、3年前に開業したクラブがある。
重い扉を開けると、優しい笑顔でママが迎えてくれる。
店内は明るく小さなカウンターとボックス席が2つ並んでいる。

清家真紀ママ

「若い人から年配の人まで、1人で入ってここで仲良くなるお客さんもいます。お酒が入ると、みんなで和気あいあいとして、そういうのが愛南町の店の特徴かもしれません」

コロナの影響は大きかったという。開業してまもなく時短要請となり、不安はつきまとった。
それでも、愛南町の人たちは温かく、3年目を迎えてようやく来ることができたという客もいて、ママは胸をなで下ろしていた。
知らないことをお客さんから聞くのが楽しみだと微笑んでいた。

喫茶302

夜だけでなく、昼もあいているスナックがあるというのでそちらにも顔を出してみた。
店の名前はまるで、部屋番号のようだが由来はよくわからないのだそうだ。
扉を開けると目に入ったのは、「色気と人気(ひとけ)はありません」の文字。
あまりにもそのとおりだったのでつい笑ってしまった。
カウンターの向こうに立っていたのは、白いTシャツ姿の白髪の男性だった。
眼鏡の奥の瞳が優しい。

鈴木文博さん

「義理の母が始めた店で、40年くらいになるのかな。夜は私がカウンターに立って、昼は義理の母が立ちます。昼はコーヒーとカルピスしか出さないのですが、高齢者が多くてね、みんな近所からパンとかおにぎりを持ち込んでここで食べるんです。おしゃべりに花が咲いてなんだかデイサービスみたいになってますけど」

鈴木さんは、小中学校の校長まで務め、退職したあと店を手伝っているという。
2000円で飲み放題、歌い放題とはなんともリーズナブル。
酒のあてに出てくる野菜の浅漬けや卵焼きは鈴木さん自家製のもの。
常連の料理人から習ったというその卵焼きには、ほほが落ちそうになった。
あったかい。色気はなくとも。

ショットバー レイン

本格的なバーもあるのだと、関根さんに導かれて向かった。
訪れた夜は、ちょうど雨。ぴったりのネーミングだ。
ネオンは雨粒をモチーフにし、扉を開くと落ち着いた照明の空間が広がる。
筆者と同年代のスーツでキリッと決めた男性が、グラスをキュッキュと磨いている。
耳を澄ませば、80年代の洋楽が流れている。ちょうどいいボリュームだ。

布山知伸さん

「もう13年になりますかね。何でも作りますので、リクエストしていただければ。この時期でしたら“愛南ゴールド”の果汁を搾ったカクテルなんていかがでしょう」

“愛南ゴールド”は、愛南町が生産量日本一を誇るかんきつだ。
2月から7月頃まで収穫でき、その味わいは時期によって変わる。
夏に近づくにつれ、酸が取れて丸みを帯びてくる。
その果汁をまるごと使って、内子町産のラム酒と合わせる。
あるいは高知県産のジンを合わせてもいいのだとか。
では一口!・・・かぁーー!!口の中に広がるのは、さわやかな夏の景色である。といっても、私のカクテルはノンアルコールで、河内晩かんの爽やかな果汁とトニックウォーターの絶妙なハーモニーによるものだったのだが。

店内には、外国人の姿もあった。英語教師としてやってきているアメリカ人と南アフリカ人だという。
布山さんはいろいろな種類のカクテルを生み出すので、リスペクト(尊敬)しているのだと話してくれた。
聞けば200種類以上はあるという。
いやはや、何度も通いたくなる店である。

 

スナック ジュン

そして、4軒目はとっておきの店だと関根さんは、うきうきしながら真っ暗な路地を通っていく。
明かり一つない狭い道を曲がると、赤い「J」のネオンが光り輝いていた。
赤い扉を開けると、お客さんでいっぱいだ。
低いカウンターテーブルには、常連とおぼしきおじさまたちがずらりと席を埋めているではないか。

入江由美ママ
「うちの母が開業してから50年スナック経営しております。母も現役で店に出てくれています。むしろ、母を目当てにやってくるお客さんも多いんです」

そう、この店には「大ママ」と呼ばれるスナック界の大御所がいるのだという。
緑のツーピースに身を包んだ女性こそ、「大ママ」こと初代ママの入江順子さん(87歳)だ。
肌艶の良さもさることながら、とても80歳を超えているとは思えないたたずまいである。

左:入江順子大ママ/右:入江由美ママ

入江順子 大ママ
「半世紀もの間、スナックをやらせてもらって、ええお客さんばっかりよ。もうお客さんに感謝しかない。家にいてもおもしろくないし、店に出て人と話すのが何より楽しい。もしかしたら、今夜は私が一番飲んどるかもしれん。あはは」

かつては、客が大ママを取り合ったことがあるほど、人を引きつけてやまない女性だったという。
そんな母親の背中を見て、娘があとを引き継ぎ一緒に働いている。
店の中に漂うアットホームな雰囲気はそのせいだろうか。
30代からスナック一筋。包容力のある大ママの笑顔に私もとりこになった。

関根麻里さん
「ママと大ママ、それぞれの魅力に引かれて集まってくる客層の厚さが楽しいです。愛南町の人なら一度は足を踏み入れたことがあるスナックだと思います。大ママは私の憧れです。こんなに愛される87歳を目指したい」

山下の感想

右:筆者

私は一滴も酒が飲めない。ちょっとでも口にすれば、心臓がハタハタし、体じゅうが熱くなってふらふらするのだ。それでも、私は夜の店に顔を出してはおしゃべりに高じている。 酒を飲むことで警戒心もほぐれていくのか、関根さんとともに過ごした夜の愛南町では、同席した人たちとも会話が弾んだ。一曲歌うと、拍手喝采をいただいた。ほんのひととき、心が通い合ったようで単純に楽しかった。この家族のようなあたたかさがやみつきになりそうだ。

  • 山下文子

    山下文子

    2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走する日々。 鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中。 実は覆面レスラーをこよなく愛す。

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