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浮き彫りとなった差別

ハンセン病・宿泊拒否事件から20年
  • 2024年03月06日

20年前、熊本県にある国立ハンセン病療養所に入所していた人たちが、県内の温泉ホテルから宿泊を拒否される問題が起きました。根深く残っていた差別と偏見。この問題に直面した入所者と当時の熊本県知事が、かつての経験を振り返りました。
(熊本放送局 記者 西村雄介)

名誉回復の判決があっても

菊池恵楓園の入所者でつくる自治会の太田明(おおた・あきら)さんです。当時、宿泊拒否をしたホテル側と直接話し合うなど、みずから前面に立って問題の対応にあたりました。

20年前の2003年11月。園の入所者たちが、県の事業で訪問予定だった県内の温泉ホテルに宿泊を拒否される問題が起きました。理由は「ハンセン病の元患者は宿泊させることはできない」「他の客に迷惑がかかる」といったものでした。

ホテルから直接宿泊を拒否するということは ショックでもあり、驚きました。こんなことが今頃あっていいのかと思いました。

実は、この2年前の2001年、ハンセン病をめぐる大きな判決がありました。国の隔離政策に苦しめられてきた元患者が国の責任を訴えた裁判で「隔離政策は憲法に違反する」という判決を熊本地方裁判所が言い渡しました。

それから2年後に起きたこの問題。差別の根深さが浮き彫りとなりました。

地元でした裁判で、連日、報道されたのに、ハンセン病問題に対しての関心、理解が全くみられなかった。国の隔離政策というものは明白に憲法違反だった。それでも、ハンセン病は恐ろしい、伝染病であるということが根づいてしまって、迷信であるとか、そういった誤解というものが、なかなか払拭されなかった。

暗闇からの石

追い打ちをかけたのは、100を超えたという一般の人からの手紙や電話。激しい差別、人権を否定する言葉が並び、うちひしがれました。

「温泉に入るより早く骨つぼに入れ」とか「お前たちの行く所は、あの世だけだ」、「お前たちは人間ではないので、人権はない」、そういったことでしたね。非常に露骨な誹謗中傷でした。2年半の喜びが全く逆ですよね。180度、時計の針が逆戻りしたような感じがしました。時間が止まったというよりも、昔に戻ったと。

太田さん

暗闇の中から いきなり石を投げつけられたような。非常に心が痛かったですね。とても傷つきました。

すでに病気は治り、感染の恐れはないことも伝えてきましたが、世間の認識は変わっていませんでした。

排除して当然であるという思い込み、集合的意識の偏見があるということでですね。差別意識のない差別、当事者意識のない差別といいますか。そういったものがある。少数派、いわゆるマイノリティーに対する社会の嫌悪感、見下し、排除、忌避、それは当然であるという意識。そういう偏見があるから、差別が起きる。

顕在化した差別

元熊本県知事として 当時対応にあたった人がいます。この問題を記者会見で明らかにした 潮谷 義子(しおたに・よしこ)さんです。

ハンセン病は長い歴史があります。差別の歴史が。だけど、今もなお、こういうようなことが起こっている。しかも、司法において、法律で主張が正しいと認められたにもかかわらず、続いていた。絶対うやむやにはできない、この問題を公にする責務があるという気がすごくしたんです。このまま放っておいてはよくない、その責務は、絶対果たすべきじゃないかという思いでした。

長年 福祉の現場に関わり、ハンセン病の問題にも思いを寄せてきました。

県としては少なくとも、みなさんたちと同じ立場に立っているという思いでした。こういう反応が出てくるということに、本当に、がく然としました。

県として、啓発を続けていたさなかに起きた、予想を超える事態。悔しさを感じました。

潮谷さん

多種多様な人たちが、やったという結果でもあるんですよね。だから、社会の中にそれだけ根深い差別感があったんだなっていうのは、あそこの状態の中では、露見したって言っていいのか。あるいは、ずっとあったと。宿泊拒否っていうのは、そういうようなものを、顕在化させていったっていうふうに思います。

再会した2人

立場は違えど同じ問題に直面し、取り組んだ2人。2023年11月、17年ぶりに再会しました。

問題を受け、より力を入れ続けてきた啓発の取り組み。その結晶としてできたという 新しい資料館で歴史をたどり、当時の思いを振り返ります。

太田さん

「個々の人権侵害に対してはしっかりと検証し 闘って、それを救済することが 最大の人権啓発になる」という当時の潮谷知事がおっしゃったことが、我々も非常に心強かった。差別、偏見があったら、それに対して、立ち向かう、闘う人になってほしい。そういう人を、1人でも多く増やすということが1番じゃないか。

潮谷さん

社会全体がこの問題に対して 一緒に担うという姿勢がなかったら、社会復帰、人間回復への道っていうのは、やっぱり開けない。20年前も今も、変わらない部分が、人権差別、そして、分断だと思うんです。それはすごく感じます。この問題は、ずっと啓発をしていかなければいけない。自分が関係ないからとか、あるいは自分には人権差別とか、そういった感覚はないからと、そこから他人事が始まる。だから、この啓発は繰り返し繰り返し、ここにきちっと、学習にくる、ということが大切じゃないかなと思うんですよね。

差別は姿とかたちを変えて

こうした中 「旅館業法」が改正され、2023年12月に施行されました。原則、宿泊を拒むことを禁じた「旅館業法」ですが、旅館やホテルの権限が大きくなり、迷惑行為を繰り返す客などの宿泊を拒否できるようになりました。

拒否できる対象を不当に拡大し解釈しないよう、旅館などはもちろん、行政、一般の人も含め人権への意識を高め続けてほしいと2人は考えています。

潮谷さん

「旅館業法」は旅館業界の方たちに、県も国も 研修しなければいけないと思います。当事者の方たちも入れて、そこでディスカッションするとか。あるいは、当事者の方たちが、この宿泊拒否の時に、どんだけつらい思いをしたかっていう、そういうことも、お聞かせするっていうのは大事じゃないかと思うんですよね。人権教育をきちんとしないと。恣意的にこれが使われたら、問題じゃないかなと思うんです。私たちが、歯止めの問題として、考えておかないといけない。

太田さん

差別とか偏見の問題っていうのは、人類の永遠のテーマ。姿、形を変えて、差別事件は必ず起きると思います。起きるから我々は この問題を改めて 20年も経過して、 世に訴える、問う意味があると思うんです。この事件の重大さ、差別文書を伝えていって、これからの啓発、再発防止のために生かしていきたい。そう思っています。

  • 西村雄介

    熊本局記者

    西村雄介

    2014年入局 熊本局が初任地。公式確認60年となる2016年から水俣病を継続取材。熊本地震・令和2年7月豪雨を発生当初から取材。

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