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救える命を落とさないために

災害医療 教育現場の最前線は
  • 2023年04月21日

「実際に災害の現場がないなかでスキルを高めるのは難しい」

災害医療を担う人材の育成に励む教育現場のジレンマだ。

一方、全国で災害が相次ぎ、備えに待ったなしの状況が続く。

いま、そのジレンマを、最先端技術で解決しようとする試みが、始まっている。

(熊本放送局 記者 西村雄介)

学びの場に使ったのは・・

「市内にて震度6強の地震が発生 中央消防本部から救護班の派遣要請あり」

ここは、熊本市中央区にある熊本大学病院の会議室。

学生6人が座って講義を受けている。

けたたましいアラーム音とともに届いた、大規模災害の発生を知らせるメッセージ。

しかし、これらの知らせは現実に起きたことによるものではない。

VR=バーチャルリアリティを使った映像によるものだ。

この日、行われていたのは、熊本大学医学部の講義。

出席した医学部の学生6人は、専用のゴーグルをつけ、災害現場が再現されたVR動画を見つめている。

学生たちの前で映像の操作をするのは、熊本大学病院の笠岡俊志医師。

熊本地震をきっかけに設立された「熊本大学病院災害医療教育研究センター」のセンター長で、学生たちが視聴しているVR動画を、東京の民間企業と制作した。

センターで災害時の医療活動を担える人材の育成に励んできた笠岡医師。

今回、VR映像を使って学んでもらいたいと考えたのは、「トリアージ」だった。

熊本地震も時間次第では

「日本で尼崎の列車事故で多数の傷病者が局地的に発生し、トリアージが行われた歴史があります。同様に、限られたエリアで多数の傷病者が発生した場合、搬送、治療の面で、優先順位を決めるトリアージは不可欠ですし、医療者として絶対必要な知識、技術と思います」。

災害などで多くのけが人が出た際、負傷の程度に応じて治療の優先順位をつける「トリアージ」。過去の大規模災害でも、その重要性が指摘されてきた。

阪神・淡路大震災では、亡くなった6400人あまりのうち、500人が初期救急医療の遅れによる「防ぎえた災害死」の可能性があるとされ、東日本大震災でも、岩手県の沿岸部の病院で亡くなった150人あまりのうち、28人が初期医療の遅れなどで命を落としたと報告されている。

先日、発生から7年となった熊本地震でも、発生した時間によっては、トリアージの必要性が高まったと、笠岡医師は指摘する。

「最近、起きたトルコの地震もそうですが、地震で多数の人がいる建物が大きな被害を受け、損傷、倒壊して、そういったことが起こると、限られたエリアに、多数の傷病者が発生することになります。熊本地震も、もし昼間の時間帯、特にショッピングモールなど、多数のお客さんがいる状況で、もし地震が起きた場合、現場でのトリアージとか、あるいは応急処置の必要性が高まったんじゃないかなと思ってます」

学びたいのに現場がない

救えた命を落とさないために、大学の医学部などでは、トリアージの基礎知識を学ぶ講義などが行われているが、課題も指摘されている。

「私自身も熊本大学の医学部で学生の教育に携わっていて、災害医療に関する知識の部分は教育できてると思うのですが、実際の臨床の現場で教育すること、一般の診療科であれば、講義を行ったあとに、病院の中の診療現場で実施ができますが、災害の現場で学生の実習を行うことはできません。災害医療教育の面では、不十分なところです」

リアルにこだわった理由は

こうした課題に対し、笠岡医師が制作したのが、最先端技術、VRで実践に近づけて学べる方法だった。

制作した動画は15分。1度に多数の傷病者が出た時の対応を学ぶため、震度6強の地震によって列車が脱線したことを想定している。

脱線した列車が大きく壊れ、ガラスの破片が散らばっている現場。

CGでリアルさにこだわったのは、理由があった。

余震が続くなか、現場が患者を診るのに適した場所かどうか、医師自身が2次被害にあう危険性はないか。本番さながらに体験できるよう臨場感のある作りを意識した。

学びが深まるよう、授業ではシーンごとに動画を停止しながら、学生たちに気づいた点や行うべき処置を挙げてもらった。

(学生)
「車のガラスの破片が飛び散っていたり、ボンネットがひしゃげたりしているので、2次的な発火の可能性に注意しないといけないと思う」

1次トリアージに油断せず

動画は列車が脱線した現場から、救急車のなかに移っていく。

車内では、黒や赤、黄色など、優先順位を色で示したカード「トリアージタグ」がつけられた人に対して、医師や看護師がさらに詳しい容態を診察する「2次トリアージ」を行う様子が映し出される。

救急隊によってすでにトリアージが行われていても、その後、患者の容態が変わり、迅速な処置、搬送などができなければ、死に至ることも想定される。

動画では、「中等症」を示す黄色のカードをつけられた患者について、「重症」の赤色にすべきかどうか、患者の状況、途中で表示される設問に解答し、学んでいった。

(学生)
「現場に実際行くことは経験としてないので、臨場感を感じられた」
「もしもの時にどうしたらいいか、思考の訓練をして、有事の時に瞬時に判断したい」
「災害現場という、いつか自分も行くだろう場所を体験できて、ためになったし、楽しかった」

学生、若手医師の良き教材に

全国で災害が相次ぐなか、重要性が高まるトリアージ。

救える命を落とさないために、災害医療教育の現場で模索が続いている。

「対象は医学部の学生ですが、今後、若手の医師、災害医療に慣れていない医師、その他の医療職の方にも、災害現場における活動、医療を学んでいただくための教材になっていくと思いますので、活用もしていければと思っています」

  • 西村雄介

    熊本局記者

    西村雄介

    2014年入局 熊本局が初任地。水俣病を公式確認60年となる2016年から継続取材。熊本地震・令和2年7月豪雨も発生当初から取材。

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