【熊本地震】その通報、必要?「救助・救急に無関係」6割
- 2023年03月28日

「本当に経験のない、対応しても対応しても通報がかかってくるという状況でした。通報に対応しきれませんでした」
2016年の熊本地震。2度の震度7を観測した益城町や、熊本市などを管轄する熊本市消防局には、地震直後から通報が殺到。通報に対応しきれませんでした。
当時、現場では何が起こっていたのか。そして地震後、全国初の「コールトリアージ」のマニュアルを作った熊本市消防局の記録から見えた、命を救う119番通報の使い方とは…?
(熊本放送局記者 岸川優也)
熊本地震発生!
消防にかかってきた通報は…?

119番です。どうされました?

うちのおばあちゃんが一人暮らしで、見に行ったら、タンスの下敷きになっていて…!

119番です、どうしましたか?

家がつぶれて、赤ちゃんが家の中に閉じ込められています…!
熊本市消防局に寄せられた、地震直後の状況を物語る通報の内容です。

閉じ込められた赤ちゃんは通報から約6時間後に、無事救助されました。
緊迫した状況の中、一方で、こんな通報も。

電気がつかないんだけど、どうしたらいい?

ガスが止まってしまって困ったので119通報した

車がないので、避難所まで連れて行ってほしい
通常の10倍、鳴り止まなかった通報
地震当時、通報に対応した熊本市消防局の磯道秀樹さんです。当時の状況をこう振り返ります。

磯道秀樹 情報司令課主査(※取材当時)
「本当に経験のない、対応しても対応しても119番がかかってくるという状況でした」
熊本市と西原村、そして益城町を管轄する熊本市消防局には、地震直後から通報が殺到。その数は14日の前震発生から本震のあった16日までに2822件。通常時の約10倍に及びました。
消防は通常の3倍の18人体制に増やして通報を受けましたが、それでも対応しきれなかったといいます。
磯道さん
「すべての要請に隊を出すと、すぐ車も人員も足りなくなる。さらに、新しくかかってくる通報に対応する人員も考えなければいけませんでした」
救助に関係のない通報が6割も
消防への取材で、見えてきたことがありました。
それは、救急や救助とは関係のない通報が、瀬戸際での対応にあたっていた消防の業務をひっ迫していたという事実。
消防が通報をまとめたデータでは、14日の前震発生後からから16日までに寄せられた通報は2800件あまり。そのうち、なんと6割にあたる1700件近くが、直接救急や救助とは結び付かない、ライフラインや避難所の問い合わせなどでした。
こうした通報への対応は大きな負担だったといいます。
磯道さん
「当時、『電気が止まっている』とか『避難所は開いていますか』といった問い合わせが非常に多かったのを記憶しています。別のところに連絡をするようにお願いして、同意を得るのに時間がかかりました」
通報の“コールトリアージ”
殺到する通報の中で1人でも多くの人を救おうと、磯道さんたちが行ったのが「コールトリアージ」と呼ばれる取り組みでした。
大規模な災害時、医療現場では患者に色のついたタグをつけて治療の優先順位を判断する「トリアージ」が行われます。
同様に、消防は通報の内容から緊急度を判断して優先順位をつけ、隊を出動させるかどうかを判断する「コールトリアージ」を行います。緊急時に少しでも多くの人を救うための対応です。通報を受けた隊員がそれぞれ出動させるか判断をしつつ、迷った際には責任者とともに決定しました。
しかし、それでも明確な基準がない中での判断は難しかったと磯道さんは振り返ります。
磯道さん
「本当に必要な方に対して救急車を出すため、軽症の人たちには自助共助で対応していただき、命にかかわる方だけに救急車を出す判断をしました。例えば大量出血があるような場合は判断に困りませんが、内因性の病気を持っている方とか、胸の痛みを訴えている人とかをどう判断するかが問題でした」
「対応しなかったことで重篤化する可能性もあります。出動させなかったケースでも、後で振り返る中で、やはり隊を出しておくべきではなかったかというモヤモヤしたものは、通報を受ける職員の中にありました」
全国初のマニュアル化
隊を出すべきか迷うケースがあった熊本地震。熊本市消防局はその教訓から、「コールトリアージ」をマニュアル化しました。全国で初めての取り組みだったといいます。

作成に携わった職員は、助けが必要な人を漏らさず、効率的に通報を受けられる体制にすることが狙いだと話します。

池松英治 警防課副課長(※取材当時)
「通報を受けた際の判断の統一を図り、生命の危機が迫った傷病者にきちんと救急車を向かわせる基準を用意しておくことが必要だと考えました」
震度6弱以上で被害の拡大が予想されるときに運用されるこの「コールトリアージ」。マニュアルで定めたのは次のポイントです。
●通常、通報を受けたらまず場所から確認して状況・状態を聞くが、場所の確認は後回し。けがの状態や容体から確認する。
(時間をかけずに出動の要否を判断するため)
●なお、判断の対象とするのは救急事案。火災、救助は出動を前提とし、対象から外す。
(火災と救助は命の危機に直結するため。火災は延焼のおそれもある)
●数問質問することで緊急度を赤、黄、緑に振り分けられるフローチャートを作成し、それに沿って質問していく。
フローチャートには医学的な知見を盛り込み、「歩けますか?」とか「どこのケガですか?」などと尋ねることで、重要度を判断していきます。

病気や体調不良などの事案の対応も、意識や呼吸、冷や汗の状況などから緊急度を絞り込んでいくことにしました。赤と判定すれば、すぐ救急車を出動させ、黄・緑は状況に応じて隊を出すこととしました。
また、熊本地震では、出動させなかったケースを後から追跡できなかった反省から、記録をとっておき、黄と判定した人を中心に容体が急変していないかなど、フォローできるようにも定めました。
池松さん
「地震の時は個人ごとに対応にばらつきがあったというのが正直なところです。マニュアルによって、より正確に判断ができるようになると考えています。通報を受ける職員も、判断がしやすくなることで精神的負担が大きく減らせるのではないかと思います」
あなたの通報、今必要ですか?
熊本地震でひっ迫した消防の通報。
防災の専門家は、コールトリアージのマニュアル化を評価したうえで、本当に大事なのは市民側の通報の使い方だと指摘しています。

東京大学大学院 片田敏孝 特任教授
「災害時、救急の場合にけがや病気の症状に合わせて消防が判断に迷わないようにマニュアル化したというのは大きな意義があると思います」
「しかし、このマニュアルで判断するのは、緊急の通報の内容です。熊本地震では、6割の緊急性の低い通報によって4割の重要な通報がつながりづらくなった。消防の力を有効に使って救助をしてもらうために本当に大事なのは、かけるわれわれ側の判断なのです」
そして、私たちに求められる対応をこう指摘します。
「緊急時、その問題が本当に通報が必要なのかを冷静に判断してもらう必要があります。必要なものはためらいなく通報、不要なものは自助や共助で対応する。正しい判断がみんなの命を救うということにつながるということを覚えておいてほしい」
あなたの正しい通報・行動が
誰かの命を救います
熊本地震から見えてきた、消防の教訓。災害時に1人でも多くの人を救うため、消防の力をいかに有効に使うかが求められます。
緊急ではないことについては私たちがしっかり判断して、通報を控えることが大事です。
日頃からの通報先の確認やあなたの冷静な判断が、災害時、自分以外のほかの人の命を救うかもしれない。
そのことをぜひ覚えておいてほしいと思います。
通報が必要な場合・問い合わせ先
最後に通報が必要な場合と、そうでない場合の問い合わせ先をまとめました。
119番通報が必要となるケースです。
●火事、事故
●ケガや体調不良などの救急
●閉じ込めや下敷きなど救助が必要な場合
これらの場合は迷わず通報してください。
熊本地震で多かった、緊急時に消防への通報を控えた方がよい問い合わせです。
●電気・ガス・水道などの「ライフラインの不調」
各事業者に連絡してください。
直後は事業者につながらないケースもありますが、災害直後の消防への問い合わせは大きな負担になるため、やめましょう。
●「避難所の開設状況」
各市町村の役場が問い合わせ先です。
ただ、役場も災害直後は非常に多忙です。ホームページなどで確認できるほか、普段からの確認、近所での助け合いで対応しましょう。
●「家族の安否の確認」
災害用伝言ダイヤル「171」がひとつの手段です。
災害用伝言ダイヤル は災害時、171に電話をかけ、音声案内に従って、連絡を取りたい電話番号を入力することで、伝言を録音したり再生したりできます。
平時に家族といっしょに使い方や、連絡手段を確認しておくことが大事です。