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北九州ラヴァーズ#7 溝上智彦さん/杜氏

――北九州の“水”を愛して
  • 2023年06月09日

溝上智彦さん
北九州市八幡東区にある老舗酒蔵の8代目。北九州のシンボル、皿倉山の伏流水を仕込み水に使い地元で愛される酒造りに取り組んでいる。

水は酒造りの命 皿倉山の伏流水 

その酒蔵、「溝上酒造」は1844年に現在の大分県中津市で創業しました。“製鐵のまち”八幡にも中津から馬車で酒を運んでいたといいます。

それが1931年、蔵自体を今の八幡東区に移転。皿倉山の水にほれ込んだのが理由でした。以来、麓に構えた酒蔵で、山からの伏流水を仕込み水に酒を造ってきました。

8代目の杜氏、溝上智彦さんも“水にこだわり、地元で愛される酒造り”を心がけてきたといいます。

溝上智彦さん

お酒の70~80%は水と言われていて、かなりの要素を占めています。皿倉山の伏流水の特徴は、硬水か軟水かで言うとやや軟水です。出来上がった酒の味わいにも飲みやすさや優しさが出ていると思います。

“水道水”を使って酒を造る…?

そんな溝上さんのもとに1年前、ある依頼が舞い込みました。

“水道水を使って酒を造れないか?”

依頼主は北九州市の上下水道局。聞けば「市制60周年を記念し、きれいな水をアピールしたい」とのこと。思いもよらない話でしたが、溝上さんは迷い無くこのプロジェクトを受け入れました。

「北九州は水道水でも酒が造れるくらい水がうまいんだ!」。そう訴えたい思いが溝上さんにもあったといいます。背景にはある苦い経験がありました。

昭和30年代の北九州 “七色の煙”と言われた
溝上智彦さん

たまにお客さんから“福岡のどこでつくってるんですか”と聞かれます。“北九州の八幡です”と答えると“ああいうところでお酒つくれるんですか”と言われることがあるんです。やっぱりイメージなんだなとすごく思いました。昭和30年代の海の色や煙突からの煙といったイメージがあるんでしょうね。水がいいとか、そういうイメージは全く無いと思うんですよね。

酒造りで負のイメージを取り払う

北九州市内にはいくつか浄水場がありますが、今回のプロジェクトで仕込み水として使ったのは小倉南区の「道原浄水場」の水道水でした。

この浄水場があるのは紫川の上流の山あい。森に囲まれ、鳥のさえずりが響く、とても気持ちのよい場所です。施設は、旧小倉市の時代に最初の浄水場として大正時代に作られたもので、今も緩速ろ過方式という昔ながらの方法で浄水を行っています。砂の表面や下層の中に生物が住みついていて、生物が汚れや濁りを取ってくれるそうです。

道原浄水場は今も昔ながらの方法で浄水している

今回、特別に許可を得て上下水道局の担当者に案内してもらいながら浄水場を取材しました。担当者から施設について説明を受けたあと、さっそく溝上さんにできたての“水道水”を飲んでもらうと、こんな反応が返ってきました。

溝上智彦さん

きれいな水ですよね。もちろん水道水だから塩素はあるんですけど、省いて味をきいてみると余分なものがない。削ぎ落とされたというか、ピュアな感じがします。

北九州市上下水道局
冨士原甫さん

溝上さんに水のデータを見てもらって“この水であれば使える”と積極的な返事をいただき、自分自身すごくうれしかったです。

できたての“水”を試飲

酒造りにも申し分のない味。ただ、その水質はふだん使っている皿倉山の水よりもさらに軟らかい超軟水でした。酒造りに取りかかった溝上さんは、発酵の過程に細心の注意を払うことで、ふだんと変わらない仕込みを実現したそうです。

そして出来上がった日本酒。水質の違いが、よりクリアでシャープな味わいを生み出しました。

溝上智彦さん

ひと言で言うとクリアで、透明感があってシャープ。自分でもびっくりするくらい良いものができたと思う。

出来映えに納得の様子の溝上さん。ただ、実際に飲んだ人たちはどんな反応を示すのか。期待と不安が入り交じっているようにも見えました。

“水道水”で造った酒、果たして…。

5月下旬、出来上がった酒がついにお披露目されました。

小倉城の天守閣で試飲のイベントが開かれました。眼下に広がる小倉の街を眺めながら、お殿様気分で楽しんでもらいたい…そんな思いも込められていたそうです。当日は、県内外だけでなく海外からの観光客も多く訪れました。

溝上さんの「乾杯」の発声で始まったイベント。つがれたお酒を口にした人たちの反応は、事前の不安を吹き飛ばすものでした。

威勢のよい乾杯!のかけ声でスタート
試飲した人

好喝!(※中国語で「おいしい!」)

試飲した人

井戸水で育ったので水道と聞いて大丈夫かと感じたけど、水道水で造ったとは思えない!

試飲した人

これならぐびぐび飲めてしまう…

試飲した人

びっくりしました。きれいな良い水なんですね。

今回の酒造りの過程について、溝上さんに直接話を聞く人の姿も見られました。まさしく“酒を通じて北九州の魅力を知ってほしい”との溝上さんの願いがかなった瞬間でした。

イベントのあと溝上さんをたずねると、どこか安心した様子で笑顔を見せながら感想を語ってくれました。

試飲した人たちは興味津々
溝上智彦さん

みなさんうれしい反応ばかりで、やっていて良かったなと思います。うちは日本酒を造ることしかできませんが、それによって北九州の良さをこれからも伝えていきたいです。

今回のお酒のラベルには「水」の模様があしらわれています。1000本の限定生産ですが、もし街なかで見かけた際には手に取って溝上さんの熱い北九州愛を感じてもらえたらと思います。

北九州愛に満ちた純米吟醸酒
  • 田口智章

    北九州放送局 記者

    田口智章

    おいしい食べ物いっぱいで、人情味あふれる北九州が大好きです。週末はわが子を連れて公園や子育て支援施設にお出かけ中。パパさん・ママさんと子育てトークで盛り上がっています。

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