辺野古敗訴 デニーが揺れた40日

アメリカ軍普天間基地の移設先となっている名護市辺野古の工事をめぐる裁判で、敗訴が確定した沖縄県の知事、玉城デニー。政治家として公約どおり工事に反対し続けるのか、それとも行政の長として司法の判断に従い工事を承認すべきか、揺れ動いた40日を追った。
(安座間マナ、河合遼)

「敗訴」も工事承認せず

「本日までに承認を行うことが困難であるということを国土交通大臣に回答した」

10月4日夕方、沖縄県庁。玉城は、険しい表情でこう語った。

名護市辺野古沖では、軟弱地盤が見つかり、国が地盤の改良工事を進めるため設計の変更を申請したが、県が「不承認」としたため、工事は進んでいない。

このため、国は去年、県に承認を求める「是正の指示」を行い、県は取り消しを求める訴えを起こしていた。
この裁判で、沖縄県の敗訴が確定し、県には工事を承認する義務が生じたのだ。

しかし、玉城は、悩み抜いた末、期限とされた10月4日までに承認するのは困難だと国に回答し、承認を拒んだ。

「政治家」と「行政の長」のはざまで

さかのぼること8月24日。県庁に衝撃が走った。

県が国と争ってきた移設工事をめぐる裁判で、最高裁判所が、高等裁判所の判断を変更するために必要な弁論を開かず、判決を言い渡すことを決めた。
これによって、県の敗訴が確定する見通しになったのだ。

「辺野古新基地建設に反対するという思いはいささかも変わらない」
玉城は、敗訴の見通しが出たあとの記者会見でも従来の考えを強調した。

一方で、玉城はNHKの取材に、葛藤を口にした。

「知事とは行政の長でもあるが、政治家でもある。行政の長としての考え方と政治家としての信念との整合性をどうとっていくのか、非常に悩ましい」

辺野古への移設反対を公約に掲げ当選した政治家としては、信念を貫くべきなのか。
それとも、行政の長としては、司法の判断に従って工事を承認すべきなのか。
そのはざまで揺れ動いていることを吐露した。

副知事の池田竹州も、玉城の様子について、次のように語った。

「8月24日に最高裁から連絡がきて、それを事務方から受けたとき、知事はかなり深刻に受け止めて悩まれている印象を受けた。司法の判断と沖縄県民の民意・願いの両方の重さを、知事が誰よりも一番重く受け止めている」

玉城と20年以上の付き合いがあり、相談相手と言われている県議会議員の山内末子も、こう話す。

「かつてないほど張り詰めた空気があった」

そして、9月4日。

最高裁判所は「国の指示は適法だ」として、上告を退ける判決を言い渡し、沖縄県の敗訴が確定した。辺野古移設に反対してきた県は工事を承認する義務を負うことになった。

山内は、判決直後、玉城を支える県議会議員や後援会メンバーへの説明の場を設定することも打診したが、玉城は「今は少し待ってほしい」と返答したという。
いつもとは明らかに違う対応に、「知事という職の重責に苦しんでいる姿を垣間見た気がした」と語った。

行政の長として、玉城が懸念していたもの。
その1つが国からの損害賠償請求であることを副知事の照屋義実が明かした。

工事が遅れることで、国が県に損害賠償を請求してくる可能性があるという見方があった。
裁判を起こされ、仮に県が負けて損害賠償を支払うことになった場合、県は公金から支出することになる。
さらに、その後、住民訴訟が起こされ、職員の誤った判断から県が損害を被ったとされた場合、職員が賠償費用を補填しなければならなくなるおそれがある。こう指摘されていたのだ。

「今まで知事を支えてきた職員のなかにも、選択肢によっては賠償請求が来るのではないかと、そういうふうな見方が広がるなかで心配していた動きもある。知事もその方面にも気をつかっている」

「私は承認するしかないのか」

揺れる玉城。

それでも、当初は、政治家として辺野古移設反対の姿勢を崩さなかった。

敗訴しても承認しない県に対し、国は工事を承認するよう「勧告」。

しかし、勧告の期限だった9月27日、玉城は「承認を行うのは難しい」と文書で回答した。

このため、翌28日、国は勧告よりも強い「指示」を出して、10月4日までの承認を迫った。
国は、期限までに県が承認しない場合、県の代わりに国が承認して工事を進める「代執行」の手続きに着手する構えを見せた。

県議会の合間をぬって玉城のもとには県幹部らが集まり、協議が断続的に行われていた。

そして、9月30日の午後2時ごろ。

知事室のある県庁6階で、玉城は訴訟に関わってきた弁護士2人と向き合っていた。
面談は玉城の要請で設定された。

「これ以上対応できる策はありません」

これまで共に戦い、玉城が知恵袋として厚い信頼を寄せてきた弁護士から出された答えは「承認やむなし」だったとされる。

玉城は、県幹部にこうこぼしたという。
「私は承認するしかないのか」

行政の長として承認に傾きつつあるかに思われた。

1日で急変

しかし、事態は急変する。
玉城を支援する後援会幹部や国会議員からの「巻き返し」があったのだ。

9月30日夕方。
玉城と両副知事らは、県庁近くにある玉城の後援会事務所にいた。
この日、敗訴の判決が出て以降初めて、玉城をはじめ県幹部が、支援者である後援会幹部に説明を行った。
説明を受けた後援会幹部は、県側の説明を聞く中で「知事は承認するつもりではないか」と感じたという。
県側の説明に後援会幹部は苛立ちながら「認められない」と一蹴。
後援会幹部は、玉城にこう迫ったという。

「承認なんかしたら辞める。辺野古反対がわれわれの柱であり、県民の民意だ。
代執行まで県民と共に戦うべきだ」(後援会幹部)

さらに翌10月1日には、玉城を支えてきた県内選出の国会議員らが、玉城に電話をかけ、踏みとどまるよう説得したという。

「国側が損害賠償まで請求したら、むしろ国への批判が高まるはずで、賠償請求など出来るわけがない」(国会議員)

「万一、損害賠償請求されたとしても、われわれに共感してくれる全国の人たちから寄付を募ればいい」(県議会議員)

そして、県庁では、玉城のもとに関係する幹部が集まった。

「承認してしまうと、知事の政治的立場がなくなります」(県幹部)

承認しないと、行政がゆがめられることになります」(別の県幹部)

激しいやり取りがあったという協議。結局、約3時間に及び、終わったのは午後6時すぎだった。

事務方は、10月2日に承認することを表明する方向で、玉城の日程を調整し始めていたが、協議の結果、表明は見送られた。

「政治家・玉城」

国への回答期限の10月4日午後5時すぎ。

玉城は、両副知事とともに、県庁1階のロビーで、期限までに承認するのは困難だと国に回答したことを明らかにした。

翌5日、国は「代執行」に向けて、福岡高等裁判所那覇支部に訴えを起こした。

代執行訴訟を提起したことを表明する斉藤国土交通大臣

裁判所が訴えを認め、その後も県が承認しない場合には、国が県の代わりに承認する「代執行」を行うことができるようになる。

これに対し、玉城は11日、県庁で記者団に覚悟を決めた様子で「工事を承認しない」と明言した。

「沖縄県に承認せよとの国土交通大臣の請求の趣旨には承服できないことから、訴訟に応訴することにした。沖縄県民の民意をしっかり伝え、政治的というよりも現実的な県民の立場をしっかりと主張すべきだと思う」

完全に政治家・玉城に戻ったように見えた。

どうする玉城

裁判の1回目の口頭弁論は、10月30日に福岡高等裁判所那覇支部で開かれる。

弁論には玉城みずから出席し、県の考えを訴える意向だ。

しかし、「代執行」が現実のものとなった場合、早ければ年内に国が辺野古北側の埋め立て工事に着手する可能性がある。

一方、玉城の支持者の中には、世論次第では、国が埋め立て工事を始めるタイミングで、是非を問うため、知事を辞職して「出直し選挙」に打って出る可能性を指摘する人もいる。

政府と溝が深まる玉城。
これからも政治家として、そして行政の長として、その判断が問われることになる。
(文中敬称略)

沖縄局記者
安座間 マナ
2019年入局。長野局を経て沖縄局。 ことし8月から玉城知事の番記者。 子育てと仕事の両立に日々奮闘中。沖縄県出身。
沖縄局記者
河合 遼
2020年入局。沖縄局が初任地。 ことし8月から県政で主に基地問題を担当。 飛行機オタクで趣味はカメラ。