“核のごみ”に揺れる町
寿都町議会議員選挙

「自然豊かな寿都に核のごみはいらない」
「町の将来のために交付金を活用しよう」

ふだんは静かな北海道の港町に響いた切実な訴え。
“核のごみ”に揺れる小さな町で10月3日に町議会議員選挙の投票が行われた。
賛成と反対がぶつかり合った5日間の選挙戦。
町の将来を大きく左右するテーマに、候補者は何を思い、町民はどういう選択をしたのか。
(渡邉健、生田真尋、松本麻郁)

“核のごみ”はどこへ

札幌から車で3時間の日本海に面した北海道寿都町。
古くはニシン漁で栄えた人口2600人あまりの港町は、2020年8月、突然、全国の注目を集めることになった。

寿都町空撮

原発から出る高レベル放射性廃棄物、いわゆる“核のごみ”の最終処分地の選定をめぐる調査に、町長の片岡春雄が意欲を示したのだ。

背景には、将来的な財政悪化を懸念する中で、調査が実施されると国から多額の交付金を得られるという事情もあった。

この決断をきっかけに、町は大きく揺れ動いてきた。
2020年11月には、国の要請を受け入れた北海道神恵内村とともに、最初の文献調査が始まった。

処分地の選定に向けた調査は20年程度かけて3段階で行われる。

処分地の選定に向けた調査

▼はじめに、文献をもとに、火山や断層の活動状況などを調べる「文献調査」。2年程度行われる。
▼次に、ボーリングなどを行い、地質や地下水の状況を調べる「概要調査」。4年程度かける。
▼そして「精密調査」。地下に調査用の施設を作り、岩盤や地下水の特性などが処分場の建設に適しているか14年程度かけて調べる。

調査の受け入れに対し、町民からは「町長の独断にすぎず受け入れられない」との批判があがる一方で、「衰退する町を立て直すための現実的な選択肢だ」と好意的に捉える者もいた。
そして、しだいに「全国で議論して答えを出すべき問題が北海道の2つの町と村に押しつけられている」といった声も上がるようになった。

片岡も「北海道だけの問題」とならないよう、新たな調査地域が出てくることを強く求めてきたが、調査開始から3年近くが経過したいまも現れていない。


ことしの9月12日に長崎県対馬市の市議会が、調査の受け入れを進めるよう求める請願を賛成多数で採択し、片岡も期待を寄せていた。
しかし対馬市長の比田勝尚喜は9月27日、調査を受け入れないと表明。


片岡は「1日も早くほかの調査地域が出てくれることを願うほかない」とコメントした。

寿都町 片岡春雄町長
寿都町長 片岡春雄

寿都町の文献調査はほぼ終了し、次の段階の概要調査に進むかどうか、大詰めの段階を迎えている。
国からは、周辺の一部の自治体の分も含めすでに20億円の交付金が寿都町に支払われた。
町は事前に住民投票を行うことにしているが、片岡は調査を受け入れる自治体が現れるまで住民投票を実施しない方針を示している。

町議選の焦点

こうした中で行われたのが町議会議員選挙だ。
町議会は、町が文献調査への応募を決めて以来、さまざまな条例案や請願を議論する舞台となってきた。処分地選定の手続きには直接関与しないが、選挙結果は、今後の町の判断や住民投票に影響することも予想される。
ことあるごとに、その姿勢が問われた議会は、片岡の方針を支持する議員が、定員9人中少なくとも5人と過半数を占めてきた。

9月28日に告示された今回の選挙には12人が立候補。
最大の争点は概要調査に進むことへの賛否だ。
NHKの取材では「賛成」の候補者が5人、「反対」の候補者が7人となり、どちらが過半数を確保するのかが焦点となった。

賛成側:交付金で産業育成を

賛成の立場の新人、早瀬良樹(72)。

早瀬良樹候補

「国が概要調査をしてほしいと言っている。次の調査に向けて議論を進め、いただいた交付金を町民のために活用していく」

教育委員会の職員として、長年、町の教育行政に携わってきた。
退職後は町の基幹産業である漁業を営み、岩のりなどを採って生活してきたが、人口減少が続き、漁業の担い手も減り続ける現状に、危機感を募らせてきた。

処分地の選定手続きでは、概要調査に進んだ場合、国から最大70億円の交付金が町に入る。
早瀬は、ふるさとを将来に残していくには、その交付金をもとに新たな産業を起こす必要があると説明し、責任を負う覚悟を示した。

「次のステップに進めば70億円が交付される。水素などのエネルギー事業に先行投資することで町の基幹産業に育てていく。都会に出た人は、ふるさとには変わってほしくない。でも、ずっと住んでいる人にとっては、変わっていかなければ町を残すことができない。新しい歴史を刻むこともふるさとに残る私たちの使命だ」

概要調査に賛成の意思を示す人の中には、概要調査までは受け入れても“核のごみ”の処分地を受け入れること自体には反対の人もいた。
早瀬自身は受け入れはやむをえないと考えていた。
ただ、街頭演説ではこの話題に触れることを極力控えた。
支援者の間に漂う微妙な空気も見え隠れしていたからだ。

早瀬良樹候補
賛成側の新人 早瀬良樹

「支援者の中には賛成の人も反対の人もいる中で、なかなか整理できていない状況だ。町民の暮らしに必要なのは処分場だけではない。自分の生活がどうなるかというのが最優先だ」

過半数狙う反対側

反対の意思を示す元議員の越前谷由樹(71)。

越前谷由樹候補

「交付金に頼ったまちづくりや予算編成には反対だ。賛成・反対で分断された町民の心をときほぐす議論を行うことが必要だ」

かつては町職員として、町長の片岡のもとで助役を務めていた越前谷。
その後、町議会議員に転じたが、文献調査に反対の立場から、2021年の町長選挙で片岡に挑んだ。
まさに町を二分する戦いとなったが、片岡1135票に対し越前谷は900票で及ばなかった。

あれから2年。
支援者の声に背中を押され、再び選挙に臨むことになった越前谷は、受け入れに反対する議員で議会の過半数を確保し、調査を取りやめるきっかけにしたいと意気込んだ。

「“核のごみ”に反対する仲間を増やし、まずは町長に反対を突きつけ、町民に判断を委ねる機会を設けたい」

一方で、町議選は本来、“核のごみ”のような国家的な課題の賛否を問う場ではないというわだかまりも抱えていた。

越前谷由樹候補
反対側の元議員 越前谷由樹

「選挙の主眼はまちづくりで、どうやったら寿都をよくしていけるのかが一番大事なことだ。“核のごみ”だけで選挙どうこうという話にはならない。国民的議論が必要とよく言われるが、現状は、地域にその議論を押し付けているだけだ。国が責任を持って場所を指定し、自治体に受け入れをお願いする形にしなければ、いつまでたっても先に進まない」


選挙前の駆け引き

早瀬と越前谷が、それぞれの立場で複雑な思いを抱えながら選挙戦に臨んだ一方で、過半数の5議席確保をめぐる駆け引きは選挙前から始まっていた。

告示からさかのぼること、およそ1か月。
関係者によると、8月下旬の時点で概要調査に賛成の立場の候補者は6人が予定されていた。
しかし、万が一、票が割れて2人が落選すると、過半数割れを招いてしまう。
それだけは絶対に避けるべきだとして、水面下で調整が進められ、告示直前に候補者が5人に絞り込まれたという。

「当選が危ない人がいるので、立候補をとりやめた人の票を振り分けて当選を確実にしようということだ」(賛成側の関係者)

一方、反対の立場の候補者も5議席の確保を必達目標として戦略を練ってきた。
しかし具体的な戦い方などは詰め切れないまま、選挙戦に突入することになったという。

反対側陣営のひとりはため息まじりにつぶやいた。

「こんなのでは負けてしまう。賛成側と反対側の団体戦と言うが全然違う。票の割り振りなど、もっと具体的なやり方を決めないといけない」(反対側陣営)

住民の思いは複雑

2年前の町長選に続き、再び町を二分しかねない激しい選挙戦を、住民はどのように見ていたのか。

「賛成側と反対側が合計で何票とったかが、今後の住民投票につながる民意のあらわれだ。交付金がある町の未来と、ない町の未来をひとりひとりが考えて投票し、議会に思いを託すことが大切だ」(賛成の立場に立つ40代男性)

「町民の声を伝えてくれる議員を選ぶという点でも今回の選挙は本当に重要だ。一方で、賛成側も反対側も、立場は違えど、町の将来を思っているのは同じで、憎しみあっても何も生まれない」(反対の立場に立つ40代女性)

一方、“核のごみ”の議論とは距離を置くという住民も少なくなかった。

「個人的に気になるのは“核のごみ”の問題だが、小さい町で誰がどう思っているか分からないから、お互いにそういう話はしない」(80代男性)

「私はその日その日を暮らしているので、町のことや漁業のことなど、日常のことを話し合いたい。“核”の問題も確かにあるけど、話し合っても答えが出ないから」(70代女性)

小さな町では住民どうしの結びつきも強い。
町民のひとりは「“核のごみ”に踊らされているのかな」とぽつりと言った。

攻防の末に

5日間に及んだ選挙戦。
結果は、概要調査に賛成の立場の議員が5人、反対の立場の議員が4人と、賛成側が過半数を占め、町議会は選挙前の構図が維持されることになった。また、賛成側5人の票の合計は963票、反対側7人の合計は917票だった。

当選が決まった早瀬は、みずからに言い聞かせるように、改めて決意を口にした。

(賛成側 早瀬良樹)
「議席に居座ることが目的になってはいけない。賛成側の多くの仲間と協力し、交付金をもとに新しい産業基盤を作って、町に新しい風をもたらしたい」

そして、越前谷は。
自身はトップ当選したが、反対の立場の議員で過半数を取れなかったことに無念さをにじませた。

(反対側 越前谷由樹)
「同志がみな当選することを祈っていたから、複雑な思いだ。これまで一緒に反対してきた議員も落選してしまった。ただし、今回はあくまで町議会の選挙で、概要調査の賛否を問うのは住民投票だ。いつ行うのか早く示すよう、町に訴えかけていく必要がある」

迫る決断の時

寿都町が概要調査に進むには、町長の片岡と北海道知事の鈴木直道の同意が必要となる。今回の選挙で町民が選んだ議員たちが示す意向は、今後の町の判断や、事前に行われる住民投票にも一定の影響を及ぼすと見られている。

一方、調査を受け入れない方針を決めた長崎県対馬市。

最終処分場の誘致をめぐる議論が熱を帯び始めたのは、今年の春だった。
“地域の衰退を食い止めたい”と市の商工会が調査受け入れの「議論を求める」請願を市議会に提出する方針を決定。
調査に賛成の建設業の団体や反対の市民団体などが双方の立場から請願を提出した。
そして、市議会では9月に賛成派の団体が出した請願が賛成10、反対8の賛成多数で採択された。
ところが、市長の比田勝は最終的に議会と異なる判断をした。

長崎県対馬市 比田勝市長
対馬市長 比田勝尚喜

「議会の採択を重く受け止めながらも市民・対馬市の将来に向けて熟慮した結果、『文献調査』を受け入れないとの判断に至りました」


理由について比田勝は、受け入れの是非をめぐってそれぞれの主張による市民の分断が起こっていて、合意形成が不十分なことや、市役所などに寄せられる意見を踏まえると風評被害は少なからず発生すると考えられることなどを挙げた。

“核のごみ”をめぐっては、依然として全国的な議論が進まないままで、北海道の小さな港町が注目を一身に集める状況は変わっていない。
今回の町民の選択が、町の将来、そして日本の原子力政策にどのような影響を与えるのか。町の決断が示される時は、刻一刻と迫っている。
(文中敬称略)

札幌局記者
渡邉 健
2019年入局。函館局、千歳支局を経て、この夏から北海道庁と選挙を担当。3年ぶりに訪れた寿都町で、海の美しさに心を打たれた。
札幌局記者
生田 真尋
2020年入局。釧路局を経て、小樽支局を担当。寿都町名産の「しらすのつくだ煮」が好物で、取材の帰りに道の駅などで買い求めている。
長崎局記者
松本 麻郁
2022年入局。北海道出身でNHKキャスターや民放記者から転職。寿都町・神恵内村・対馬市で“核のごみ”取材を経験。好きな食べ物は「たらこスパゲティ」。