思い通りにいかない子育て。理想と現実のギャップに思わず手をあげてしまう。番組のアンケートには、そんな悩みがたくさん寄せられました。一度手をあげてしまっただけで虐待なの? 自分の行動に悩んだときに相談できるところは? パートナーの暴力はどう止めればいい? など、専門家と一緒に児童虐待について考えます。

専門家:
大日向雅美(恵泉女学園大学 学長/発達心理学)
倉石哲也(武庫川女子大学 教授/臨床福祉学)

かわいいわが子なのに… なぜ手をあげてしまうの?

親から虐待された記憶はないのですが、ちょっとしたことで子どもにイライラして、感情がたかぶって手をあげてしまったことがあります。初めて手をあげたのは上の子が2歳のころで、何度注意しても危ないことを繰り返して、まだ言われてわかる年齢でもなく、カッとなってしまいました。頭やほお、なかなか聞かないときはお尻をたたくこともありました。そのときは、自分の心のもやが一瞬少なくなったように思えますが、「どうしてこんなことをしてしまうのか… 最低な親だ」と感じてしまいます。
今は、手をあげないように気をつけていますが、怒りの方向が言葉に変わってきました。大きな声で、「何やってるの!いい加減にして!」とどなってしまいます。実は、パパも食事のマナーなどに厳しく、手は出しませんが、机をたたくなど激しく怒ります。そのためか、子どもが萎縮してしまい、怒られないようにうそをつくようになりました。
不妊治療をして、結婚して7年目にできた子で、生まれてきてくれて本当にありがたく、尊い存在です。それなのに、心穏やかに見守れなくて、どうしてなのかわかりません。
(お子さん4歳4か月・1歳3か月のママ)

生まれてきてくれたことと子育ては別と考える

回答:大日向雅美さん

不妊治療や妊娠中のトラブルなど、いろんな山を越え、海を越え、谷を越えてきたのだから、生まれてきてくれただけで、みんなうれしいですよね。でも、その気持ちと子育ては別のことだと思います。生まれてくるまでの大変さには、ひとまずピリオドを打ちましょう。
子どもは自分中心で、泣きたいときに泣き、ひっくり返って、親がどんなに疲れていてもおかまいなしで散らかします。イライラしないわけはありません。「私は母親として失格ではないか」と堂々巡りしながら、親も親となっていきます。そんな親の姿を見ながら、子どもは育ってくれますよ。

現実を言葉にできたことはすばらしいこと

回答:大日向雅美さん

子どもが「うそをつくようになった」とみるのではなく、「うそをつかせた」と思ったほうがいいかもしれません。うそを言っても「いいのよ」と笑ってあげられるぐらいの余裕が持てるといいですね。そうなるまでに、まずは自分の現実をきちんと言葉にできたことを評価してください。すばらしいことだと思います。

心の余裕のバロメーターを確認する

回答:倉石哲也さん

「自分の思う子育てをしたい」「自分がしっかりしないといけない」など、思いや責任感が強いほうが、イライラして自分自身を責めてしまうようです。その背景にあるのは、心の余裕のなさです。余裕がなくてイライラしてしまう。そのため、今どれぐらい余裕があるのか、自分の心のバロメーターを確認してみましょう。「少し余裕がないな」と感じるなら、子どもを預かってもらうなど、子どもと距離をとることも大事です。

親の関心を引きたいなど、子どもの行動には意味があることも

回答:倉石哲也さん

子どもが「悪いこと」を繰り返しているとき、親に関心を持ってほしいと思っている場合もあります。例えば、親が下の子にかかりきりになっていると、「こっちを向いてほしい」と考えて行動する。そんなときは、「今日どれぐらい上の子を褒めたかな」と振り返ってみるだけでも、子どもとの関わり方が変わるでしょう。

「カッとなって手をあげる」といった行動をしないような訓練はありますか?

解決策を求めるより、まずは原因を探すこと

回答:大日向雅美さん

何かの訓練などで、すぐに答えが出る・解決すると思わないことです。解決を求めて何かを探すよりも、まずは原因を探したほうがよいかもしれません。例えば、大変な子育てをしている中で、10~30分でもホッとできる時間がないことが原因かもしれません。原因に対処するほうが近道で、自分自身も救われると思います。自分をいたわることも大切です。

仲間をつくって愚痴を言い合うのも大事

回答:倉石哲也さん

訓練よりも、愚痴を言い合えるような仲間をつくるほうが大事だと思います。「もうイライラしてたまんない」「やっぱりあなたも?」と話すことが支え合いになって、心に余裕をもたらすこともあります。コロナ禍で直接会うのが心配かもしれませんが、落ち着いたときはぜひ外に出て、仲間づくりをしていただけたらと思います。


そもそも虐待とは何なのか?

そもそも虐待とは何なのでしょうか?
虐待は、大きく4つに分けて考えられています。直接手をあげる「身体的虐待」だけでなく、どなる・子どもの前で夫婦げんかするなどの「心理的虐待」。そのほか、「性的虐待」、子どもの面倒をみずに放置する「ネグレクト」なども虐待にあたります。

どこからが虐待になるのでしょうか。例えば、カッとなって1回だけお尻をたたくのは虐待ですか?

法律としては虐待にあたる

回答:倉石哲也さん

2020年に児童虐待防止法が改正され、1度でもたたくと体罰で、虐待にあたります。法律としては、厳しめに線引きしておかないと、「これぐらいはいいよね」といったあいまいさから、徐々にエスカレートすることが考えられるからです。法律はそのようなものだと考えてください。
※児童虐待防止法および児童福祉法の改正(2020年4月施行)

親を罰することが目的ではなく、子育てを社会で支えようという考えがある

回答:大日向雅美さん

法律の改正でひとつ付け加えておきたいのは、体罰が禁止された一方で、罰則はないことです。これは大事なポイントです。親を罰することが目的ではなく、そもそも子育てで大変な思いをしている親を社会のみんなで守る・支えることが発端となっているのです。
※刑法の暴行罪・傷害罪・強要罪・保護責任者遺棄致死などの罪で罰せられる可能性があります

グレーゾーンの親をどうやって支えるかが大事

回答:大日向雅美さん

もうひとつ大事なポイントは、その程度です。より広く児童虐待をとらえる「マルトリートメント(大人の子どもへの不適切なかかわり)」という概念があり、程度を3つのゾーンで考えます。

「レッドゾーン」は、子どもの命や安全を守るため、児童相談所などが強制的に介入して親子を分離するレベルです。「イエローゾーン」は、問題をさらに悪化させないために、さまざまな支援機関が連携して支える必要があるレベル。そして、誰もが陥りやすいのが「グレーゾーン」で、場合によっては地域の支援機関などの見守りが必要です。子どもがかわいいと思っていても、環境が苦しくなったり、疲れていたりして、思わずカッとなって手をあげてしまう。これがグレーゾーンで、私たちがいちばん関心を持ちたいところです。

そんな親をどのように支えて、子どもをリスペクトしながら育てていくのか。そこに児童福祉改正法の本当の目的があります。また、「体罰はしつけになる」という古い考え方を「体罰はしつけではない」という考えに改めなくてはいけない、とうたわれていることも重要です。


パートナーの子どもへの暴力を、どう止めたらいい?

パパの教育方針に悩まされています。「たたかれたことがない子は、たたかれた痛みがわからない」「たたくのは悪いことだけではない」という考えなんです。私は「たたくことは、何があってもよくない」と思っています。
男子高校の教員で、学校での成功体験が大きく影響していると思います。もちろん、学校で手を出す・暴力をふるうことは絶対にありません。ただ、思春期の子どもたちを抑えるために「怖い存在」であることを心がけているようで、その方法を家に持ち込んでいます。思春期と幼児期は違いますし、怖さで抑え込んでいい年齢でもないと思いますが、自分のやり方に従わせることが正しいと思っているようです。
きょうだい同士で手をあげているときは、どなるだけなく、たたいてやめさせることもあります。目に余るときは、「たたくのは絶対にやめて」としつこく言いますが、その場は収まっても、私に言い返せない鬱憤が子どもたちへ向かうようになり、言いにくくなりました。パパに「暴力は絶対にダメ」だと納得させるために、どう伝えるべきか悩んでいます。
(お子さん7歳・5歳3か月・1歳10か月のママ)

痛い思いをした人は他人をたたくようになる

回答:倉石哲也さん

痛みをわからせたほうがたたかなくなる、体罰も場合によっては教育によいという考えがありますが、全く逆です。人は、痛い思いをしたほうが人をたたくようになる。連鎖になるわけです。おそらく、自分がたたかれたことがよい体験だったという誤った解釈からきているのでしょう。残念ながら、まだこういった限定的体罰容認論があります。まずは、連鎖することに気づいていただきたいですね。

主語をつけて明確に伝えることが大事

回答:倉石哲也さん

子どもに言葉で伝えるときは、うまく話すことや説得することよりも、「私はあなたに〇〇してほしいと思っているよ」など、主語をつけて明確に伝えることが大切だと思います。これは、子育てでも、学校で生徒に接するときでも大事にしていただきたいですね。

夫のよい関わり方があったら積極的にほめる

回答:倉石哲也さん

パパがお子さんとうまく関わっているときもあると思います。そのときは「ありがとうね」「助かるわ」など、積極的に褒めて評価しましょう。そのようなコミュニケーションが生まれてくるといいなと思います。

生徒は、怖いからではなく尊敬できるから従う

回答:大日向雅美さん

私は、生徒たちがおさまっているのは、このパパが怖いからではないと思います。怖いだけの人であれば、高校生は言うことを聞きません。威厳がある、自分たちのためを思って怖くしていることがわかるから従うわけです。成功体験があるのは、そんな生徒から尊敬される部分があったからでしょう。そのことを伝えていただきたいと思います。

何があっても体罰を容認しない

回答:大日向雅美さん

私たちは、どんなことがあっても体罰を容認してはいけません。例えば、夫が妻に「家事がうまくできないなら、痛みを与えて教える」と言って手をあげたら、妻は納得するでしょうか。これはDVにほかなりません。なぜ子どもならいいと思うのか考えてもらいましょう。
また、パパが子どもを暴力で制しようとしたら、ママが子どもを守ってあげてほしい。パパを言い負かす必要はありません。「子どもの心が、どれだけ傷ついているか考えてほしい」と、一生懸命に訴える姿を、子どもは見ています。ママは守ってくれてる、それをきちんと聞いてくれるパパもいる。そのような関係を、家庭で展開していただけたらと思います。


子どもをどなったり手を出すことが、子どもの将来に影響する?

下の子が生まれて、上の子をささいなことでどなるようになってしまいました。上の子は早生まれで、思ったより幼稚園になじめず、トイレトレーニング中で、幼稚園でもらしてしまうこともありました。焦りがあったかもしれません。年中になると、友だちにちょっかいを出すことが増え、爪が当たったり、押したりして、幼稚園からたびたび連絡がきました。家でも下の子をかんだりして、私は感情が爆発して、意識する前に手が出てしまいました。気持ちが落ち着いたあと、子どもに謝りますが、「大丈夫だよ、怒ってもいいからね」と言われて、申し訳ない気持ちになります。毒親のように思われるかもしれません。将来、子どもがたたかれたことやどなられたことを思い出して、つらい思いをしないか、性格などに影響しないか心配です。
(お子さん4歳6か月・1歳8か月のママ)

子どもの育つ力、親を見抜く力を信じて

回答:大日向雅美さん

私は発達心理が専門ですが、答えが難しいですね。子どもは、そのときは痛かったり、悲しかったり、理不尽な思いをしている。これは間違いありません。でも、小学校、中学校、高校まで引きずるのではないかと考えて、おびえなくてもいいと思います。
お子さんの「怒ってもいいよ」は、すごい言葉ですね。親のことをきちんとわかってくれている。子どもの育つ力や、親を見抜く力を信じていいと思います。大事なのは、愛しているかどうかをいつも問い直すこと。親が自分の非を認めて「ごめんね」と謝れたことはすばらしいことです。毒親だと自分を責めないでください。

子どもは"今”を積み重ねていく

回答:倉石哲也さん

子どもは、親がイライラしているときも、やさしいときも、自分のほうを向いてくれているときも、そのときどきを見て、"今”を積み重ねていきます。そこまで昔のことを引きずることはありません。今、そのときを大切にすることで、将来への影響は最小限になると思います。

上の子と2人だけの時間をつくってあげる

回答:倉石哲也さん

もし、上の子と過ごす時間が少ないと感じるなら、少し下の子を信頼できる方に預けて、上の子と2人だけの時間をつくりましょう。たとえ1~2時間でも、子どもが愛しくなったり、子どもの親が大好きという気持ちが強くなるのではないかと思います。


実は、こんな状態をなんとかしたいと思って、いろいろな相談機関に電話しました。下の子の健診のときのアンケートでも、自分の現状を素直に書いて、「子育てを楽しく思えない」「手が出てしまう」にチェックしました。すると、保健所の方から「子どものことは保健所で見ますが、お母さんの相談は市役所でしています。個別相談もあるのでどうですか?」と言われたんです。その後、市の担当者に2時間も話を聞いてもらえて、少し気持ちが楽になりました。これまでの相談の記録にも目を通してくれたようで、「ずっとSOSを出してくれていたんですね」と言ってくれました。最近では、たたくことが減ってきています。
(お子さん4歳6か月・1歳8か月のママ)

健診で早めに発見してサポートにつなげる流れがある

コメント:倉石哲也さん

6か月や1歳半などの乳幼児健診は、90%以上の方が受けています。そういったところで、早めに発見してサポートにつなげていこうという流れになってきています。親もその機会を利用して、「しんどいんです」「少したたいてしまうときがある」といった相談をしていただきたい。ただ、アンケートに書いたことがどの程度対応されるかは、自治体によって差があると思います。

自治体に動いてもらうためにも親はSOSを発することが大事

コメント:大日向雅美さん

やはり、SOSを出し続けることが大事ですね。ほとんどの地域では、支援のために組織や施設が作られていますが、必ずしもそれぞれが連携しているわけではありません。このケースは、つぶやきのように書いたアンケートが組織間で共有されて、市役所の相談窓口につながった、とてもよい事例だと思います。
すべての自治体で、この事例のように動くようになるには、親が勇気を出してSOSを発することも大事だと思います。つぶやきでもいいのです。自分が弱いわけではなく、自分と子どもの状況を何とかしたいと前向きに考える私がいるからアンケートに書けるのだと、自分自身を励まして声を伝えてほしい。それを受け止めることができる社会を、もっとつくっていきたいと改めて思いました。


虐待など、子育てで悩んだときは、1人で抱え込まずに、地域の保健センターなど、近くの相談窓口に連絡してみてください。

  • 地域の保健センター
  • 地域子育て支援拠点
  • 児童発達支援センター
  • 小児科
  • 子育て世代包括支援センター
  • 児童相談所虐待対応ダイヤル「189」など

※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです