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【解説】静岡 袴田さん再審 検察は有罪立証へ 審理長期化か

なぜ検察は有罪立証求める方針?審理への影響は?記者が解説
  • 2023年07月21日

57年前、静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さんの再審=やり直しの裁判で、検察が有罪を求める立証を行う方針を裁判所に示しました。弁護団は早期の無罪判決を求めていますが、審理は長期化する見通しになりました。なぜ、検察は有罪の主張を維持するのか。今後の審理にどう影響するのか。担当記者が解説します。

有罪立証へ 検察がようやく方針示す

57年前の1966年に今の静岡市清水区で一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(87)について、東京高等裁判所はことし3月、有罪の決め手となった証拠の衣類をめぐって捜査機関によるねつ造の疑いに言及したうえで再審を認める決定を出し、静岡地方裁判所でやり直しの裁判が開かれることになりました。

このやり直しの裁判に向けてことし4月以降、裁判所と弁護団、検察による3者協議が進められてきました。初めての3者協議から3か月、検察は検討の結果、今月10日に袴田さんの有罪を求める立証を行う方針を裁判所に示しました。

検察 なぜ有罪主張を維持?

東京高裁の再審決定では、東京高裁が、弁護団から提出された証拠を「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」だと判断したため、袴田さんはやり直し裁判で無罪となる公算が大きくなっています。そんな中、なぜ検察は有罪の主張を維持することにしたのでしょうか。

5点の衣類

小田葉月記者 ポイントとなったのが、袴田さんの逮捕から1年以上後に現場近くのみそタンクから見つかった「5点の衣類」です。この衣類は、死刑が確定した判決で袴田さんが犯行時に着ていたとされ、有罪の決め手ともされた証拠です。東京高裁で行われた再審請求の審理では、「長期間みそに漬けられていた血痕に赤みが残るかどうか」が最大の争点となっていました。

東京高裁は、弁護団が出した専門家の鑑定結果などを踏まえ、「1年以上みそに漬けられると血痕の赤みは消えることが化学的に推測できる」と指摘。そのうえで5点の衣類について、「事件から相当な期間が経過した後に捜査機関の者がみそタンクに隠した可能性が極めて高い」と、証拠がねつ造された疑いにも言及したのです。

検察はこれに対し、当時「決定には承服しがたい点がある」としながらも「法の規定する特別抗告の申し立て事由があるとの判断に至らなかった」と、再審開始決定に対する特別抗告を断念しています。

そこから検察は、やり直し裁判に向けて証拠を検討し直したほか、血痕の色がどのように変化するか専門家に改めて見解を求めるなどの補充捜査を実施しました。その結果、“証拠がねつ造された疑いがある”という判断についても改めて争うことを決め、有罪を求める立証を行う方針を決めたとみられます。具体的には、新たに法医学の専門家の鑑定書などを証拠として提出し「血痕に赤みが残ることは不自然ではない」と主張する考えです。

審理の長期化 避けられないか

今回の検察の方針の決定で、再審にどのような影響があるのか。これまでの例を見てみましょう。

小田記者 死刑が確定した事件で裁判のやり直しが認められたケースは過去に4件あり、いずれも再審で無罪が言い渡されています。検察はこれらの4件の再審でいずれも有罪を求める立証を行い、死刑を求刑しました。その結果、再審開始してから無罪判決が出されるまでにおよそ1年6か月~3年と、長い期間が費やされています。

日本大学法科大学院 藤井敏明教授

東京高裁の元裁判長で日本大学法科大学院の藤井敏明教授は、袴田さんの再審でも、検察の方針が審理の期間に影響を与えるとみています。

東京高裁元裁判長 日本大学法科大学院 藤井教授
これまでの再審請求の審理で調べられた証拠だけで判断をするのであれば、再審でも速やかに審理を終えることができると思うが、そうではなく、検察が新たに専門家の鑑定書などの証拠調べを求めて、その専門家の証人尋問を実施することになれば、そのための期間が数か月は長くなるのではないかと思います。

有罪の立証を行う場合の検察の求刑については、事件の重大さや、判決が確定するまでの審理でずっと死刑を求刑していることから、今回も死刑を求刑をすることになるだろうと思います。

検察「再審決定の判断 受け入れたわけではない」

静岡地方検察庁の奥田洋平次席検事は報道陣に対し以下のような見解を述べました。

▼再審決定に対し特別抗告をしなかったにもかかわらず有罪立証を求めることについて
特別抗告は、事実誤認や証拠の評価の誤りを理由には行えず、特別抗告しなかったことが決定の判断すべてを受け入れたことにはならない。十分な検討を経て、法と証拠に基づいて、再審の主張立証の方針を決定した。
▼審理が長期化するおそれがあることについて
長期化をもくろんでいるわけではなく、裁判所の指揮のもと可能なかぎり迅速に進むよう協力していく。

また「袴田さんを今も犯人とみているのか」という質問に対しては、「有罪の立証をするということは、そういうことだ」と述べました。

弁護団「人の人生を何だと思っているのか」

検察が有罪を立証する方針を決定したことを受け、弁護団と袴田さんの姉・ひで子さんは会見を開きました。 

小川秀世弁護士

弁護団事務局長 小川秀世弁護士
警察を守るためか、あるいはメンツのためかどういうことか分からないですけれども、こういうことが許されること自体、検察の組織に本当にがっかりしましたね。法曹として情けない。
再審請求の審理で時間がかかって、ようやくここまでたどりついて、世間の方もみんな袴田さんが無実であることがわかっている。それにもかかわらず、まだこうやって長期化しようとしている。検察は人の人生をいったい何だと思っているのかと、本当に腹立たしい限りです。

袴田ひで子さん

袴田さんの姉 ひで子さん
検察庁だからとんでもないことをするだろうと思っていました。こういうこともあるのかと。検察庁の都合でやるのは勝手ですが、裁判で最終的に勝っていくしかない。だから頑張っていきます。57年間闘っているので、1年や2年はどうってことありません

 弁護団は会見のあと、有罪の立証を断念するよう求める抗議書を静岡地方検察庁に提出しました。

問われる検察の姿勢

静岡地方裁判所で開かれるやり直しの裁判では改めて有罪か無罪か争われることになりますが、再審がいつから始まるかは決まっていません。今後も当面、3者協議が続けられ、検察の方針を受けて、審理の進め方などが具体的に話し合われる見込みです。 

弁護団は、袴田さんが87歳と高齢であることを踏まえ、審理を1回で終え、年内に判決を出してほしいと訴えてきましたが、今回の検察の方針によってほぼ不可能になりました。

袴田さんは長期間にわたり死刑への恐怖のもとで収容された影響で、今も意思の疎通が難しい状態が続いています。過去の事例からも再審で無罪が言い渡される公算が大きい中で、検察は再び袴田さんに死刑を求刑するのか。その姿勢の是非が問われています。

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