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静岡 熱海土石流2年 生活再建進まず

「警戒区域」9月1日解除も 復興計画見直しで翻弄される被災者
  • 2023年07月20日

熱海市伊豆山地区で土石流が発生してから2年がたちましたが、被災地では依然として多くの人たちが生活再建の見通しを立てられないままです。こうした中、熱海市が復興計画を見直したことをめぐって被災者からは批判の声が相次ぐ事態となっています。混乱している今の被災地の状況を、担当記者が解説します。
(伊東支局記者 武友優歩)

盛り土の撤去完了 9月1日「警戒区域」解除へ

赤い色で囲んだエリアが警戒区域

土石流の起点付近には大量の盛り土が不安定な状態で残ったため、今後の大雨などで再び崩れるおそれがあるとして、土砂が流れ下った川の周辺は「警戒区域」に指定され、原則として立ち入りが禁止されてきました。

静岡県は盛り土が造成された当時の土地の所有者に、不安定な盛り土の撤去を求める措置命令を出しましたが、応じないことから、2022年10月から代わりに撤去する「行政代執行」を進めてきました。そして2023年7月4日に撤去が完了しました。今後、山ののり面を補強するなど安全性を高める工事が行われます。

盛り土の撤去を受けて、熱海市は9月1日に「警戒区域」を解除する予定です。

解除と同時に帰還可能なのは一部

しかし、解除とともに帰還できる見込みなのは、地区を離れて暮らす124世帯217人のうち、自宅の被害が比較的小さく、ライフラインが復旧する37世帯に限られています。

帰還可能な被災者 “地域の再生”願って

髙橋茂樹さん

髙橋茂樹さん(57)です。県営住宅での避難生活を続けてきましたが、「警戒区域」の解除とともに、自宅に戻れる見通しとなりました。

「何か目標があればそれに向かっていけるので、9月1日という日程が示されたのは、帰還に向けての第一歩としてよかったと思います」(髙橋茂樹さん)

髙橋さんの自宅は大きな損壊を免れましたが、土砂が流れ込む被害を受けました。月に数回、立ち入りの許可をもらって自宅を訪れ、修繕作業を続けています。

自宅の掃除をする様子(髙橋さん撮影)
自宅にはネズミが入った形跡があり、
ネズミ取りが仕掛けてある(髙橋さん撮影)

髙橋さんは生まれ育った地区の力になりたいと、この2年、ボランティアセンターのスタッフとしても活動してきました。一時立ち入りで自宅を訪れた被災者が庭を掃除したり、家具を出したりするのを手伝っています。

避難を続けている住民と話す様子

大切にしているのは、住民同士のつながり。帰還に向けてライフラインの復旧工事が急ピッチで進められる中、失われた地域のコミュニティも時間をかけて再生させたいと考えています。

「みんな9月1日に戻ってくるんですかね」(住民)
「戻る準備はそれぞれですね。良い街にまたなるように頑張りましょう」(髙橋さん)
「静かに穏やかに暮らせるようになればいいですね」(住民)

「少しでも不安が取り除ければと思っていろいろ声がけをしています。もちろん解除とともに帰れない人もたくさんいるので、そういう人たちが帰れるような準備を、先に帰還した人たちがしっかりとしていくことが大切かなと思います」(髙橋茂樹さん)

宅地整備の方針見直し ポイントは

一方で、自宅が流されるなどの大きな被害を受けた人たちは、ライフラインの復旧が終わらなければ地区に戻ることができないため、帰還できる時期が示されていません。

2023年5月に、こうした人たちの生活再建に関わる大きな動きがありました。熱海市が「復興まちづくり計画」で示していた宅地整備の方針を見直したのです。

これまでの計画

(1)被災直後のイメージ
(2)宅地整備・分譲のイメージ

これまでの計画では、市が土地を被災者からまとめて買い取り、宅地を整備するとしていました。その上で、希望する人に分譲して自宅を再建してもらうほか、被災者向けの公営住宅も整備する方針を示していました。

しかし、この方針に対して一部の被災者から「もともと住んでいた場所に戻れなくなるのではないか」などと懸念の声が上がったということです。

見直し後の計画

このため、熱海市は「宅地の復旧工事は被災者みずからが行い、1000万円を上限に費用の9割を補助する」という方針に見直しました。

ところが、熱海市議会の質疑で、市が方針を見直すにあたり、地区を離れて暮らす被災者の1割に満たない、10世帯にしかヒアリングを行わなかったことがわかり、批判が相次ぐ事態となっています。

“意見聞くべきでは”相次ぐ批判

2023年6月に行われた説明会

6月下旬に開かれた住民説明会では被災者から不満が爆発しました。

「俺らは家がなくなった人間だよ。10世帯の意見を聞いて方針を決めたのか」
「変更によって不利になる人もいるのに、なぜ意見を聞かないのか」
「信頼関係が成り立っていないと思う。住民と行政側の」

説明会に参加した、川口スミ子さん(55)です。

「市民の意見を聞いたというけど、どれだけ少ないのよって開いた口が塞がらないです。“被災者に寄り添って”と言うじゃないですか。本当にそこですよね、本当に寄り添ってくださいって思います」(川口スミ子さん)

自宅が取り壊される様子を撮影した動画

川口さんは今、神奈川県湯河原町のアパートで夫と2人で避難生活を続けています。自宅は土石流によって全壊し、取り壊しを余儀なくされました。

夫婦で漁業を営み、地元の伊豆山港で素もぐり漁をして生計を立ててきた川口さん。今は避難先から港に通っていますが、今後も漁を続けていくために、伊豆山地区に戻りたいと考えています。

自宅の跡地付近

しかし、家を建て直すと経済的な負担が大きくなることから、市が当初、建設する方針を示していた被災者向けの公営住宅への入居を希望していました。

「いざ家を建てますかと言っても先立つものがないじゃないですか。この年で借金を背負うのはちょっとな、というのもあるし」(川口スミ子さん)

ところが、市は宅地整備の方針の見直しだけなく、「希望者が少ない」として公営住宅の計画も撤回。川口さんは、被災者の意向が十分に伝わっていないと感じています。

「私が知っているだけでも3~4人は公営住宅を希望している人がいます。4軒入る小さいアパートでいいのに、なんで考えてくれないのかなって不思議に思いますよね。納得いかないですよね。何を悪いことをしたの?うちらがって」(川口スミ子さん)

市の復興計画の見直しに翻弄され、被災から2年たつ今も生活再建への道筋をつけられずにいます。

なぜ10世帯にのみヒアリング?

市は、10世帯だけにヒアリングを行った理由について、地区を離れて暮らす124世帯のうち、2022年に行った個別面談で「元の場所での住宅再建を希望している」と回答した10世帯に、今回改めてヒアリングを実施したと説明しています。

2023年5月の記者会見で斉藤市長は、計画の見直しについて「反対の声はない」と説明していました。ところが、この見直しで不利になる人がいるにもかかわらず、一部の人にしか意見を聞かなかったことに、批判の声が噴出する事態となりました。

これを受けて開かれた6月29日の記者会見で斉藤市長は「市長と直接対話したいという方がいれば、しっかりと対応していきたい。被災者からの意見をふまえ、修正を含めて着地点を探っていきたい」と述べました。

市にはどのような対応が求められるのか、専門家に聞きました。

社会心理学が専門 兵庫県立大学 木村玲欧教授

「ある一部の人だけの意見で方針が決まってしまったことは、それ以外の人たちの不信感につながりますので、合意形成としては非常によくなかった。市は、信頼関係がうまく構築されていない現状を受けとめるべきです。しっかりと一人ひとりの声をすくって、被災者が住まいをきちっと取り戻せるよう、希望にできるだけ近い形で合意形成をしていく。こういった抜けや漏れのない形で、被災者とコミュニケーションをとることが必要だと思っています」(兵庫県立大学 木村玲欧教授)

被災者と信頼関係の再構築を

NHKの取材班が警戒区域に住んでいた被災者に聞き取りをしたところ、深刻な声が聞かれました。

「高齢になるほど引っ越しが大変なので、
 復興を待つことが難しく、地区に戻ることを諦めた」(70代女性)
「最初は早く戻りたいと思っていたが、復興に時間がかかりすぎて迷い始めた」(60代男性)

被災者と行政の間の信頼関係を再構築しなければ、さらなる復興の遅れにつながりかねない状況といえます。熱海市には被災者一人ひとりの声に誠実に向き合い、復興方針について丁寧に合意形成をはかりながら、地区の復興を進めてほしいです。

 ※2023年7月3日に放送した動画はこちらから。

  • 武友優歩

    記者

    武友優歩

    2019年入局。静岡局が初任地。熱海土石流は発生当時から現地で取材を行う。

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