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静岡 熱海土石流 警戒区域9月1日解除で被災地はどうなる?

発生から1年10か月 二極化する被災者
  • 2023年05月11日

令和3年7月に熱海市伊豆山地区で発生した土石流。発生してから1年10か月が経過しましたが、地区にはいまも「警戒区域」が設定され、原則立ち入り禁止のままです。こうした中、熱海市は“解除”の具体的な日付を初めて発表しました。被災地の現状と課題について担当記者が解説します。(伊東支局記者 武友優歩)

熱海市で開かれた住民説明会

4月11日、土石流で被災した伊豆山地区で原則立ち入りが禁止されている「警戒区域」について、斉藤栄市長はことし9月1日に解除する予定であることを明らかにしました。

(斉藤栄市長)
「ずっと先が見えないという声を被災者の皆さまからお聞きしておりましたので、一つの目標の日が設定できたことが皆さまの安心感、しっかりとした帰還への希望へとつながることを期待しております」

「警戒区域」の現状は・・・

赤色で囲ったエリアが警戒区域

土石流は、地区を流れる逢初川沿いに流れ下り、川の周辺が警戒区域に指定されています。

川の上流に位置する盛り土の造成現場には大量の土砂が残され、今後の大雨などで再び崩れるおそれがあるため警戒区域はいまも原則として立ち入りが禁止されたままです。

このため、132世帯227人が地元を離れた暮らしを余儀なくされていて、多くが公営住宅や賃貸住宅を活用した「みなし仮設」に入居しています。

なぜ「9月1日」と説明?

熱海市は去年の段階で、解除の時期について「ことしの夏の終わりごろ」と説明していました。それが今回の説明会では、「9月1日」と一歩踏み込んだ説明をしました。

その理由は、熱海市が解除の条件としている2つの工事が進んだからです。

国が建設した砂防ダム

まず1つ目は砂防ダムの工事です。盛り土の造成現場と住宅地の間に国が新たに建設を進め、3月に完成しました。コンクリート製のダムです。

県の行政代執行で盛り土を撤去

2つ目は、盛り土の造成現場に残された土砂の撤去工事です。ことし2月から土砂を搬出する作業が進められています。上から下に向かって重機で土砂を落として、その土砂を地道に袋詰めする作業が進められています。県は計画どおり、5月末までに土砂の撤去を完了できる見通しだとしています。

住民はいつ帰還できる?

警戒区域は9月1日に解除される予定ですが、区域内に住んでいた住民が一斉に戻れるわけではなく、帰還は段階的に進められる方針です。

青色で囲ったエリアの37世帯が帰還できる見込み

熱海市は図の青色で示したエリアは、9月1日までに電気や水道などのライフラインが復旧する予定だと説明しています。つまり解除とともに帰還できる見込みなのは、地区を離れた生活を余儀なくされている132世帯のうち37世帯に限られます。全体の3割ほどで、いずれも住宅やアパートが流されずに残っている人たちです。

帰還できるエリアに入った被災者は

自宅が帰還できるエリアに入った湯原榮司さん(76)です。同い年の妻と2人で暮らしていた3階建ての自宅に土砂が押し寄せ、大規模半壊の被害を受けました。

さらに、自宅が警戒区域に含まれたため、道を挟んで警戒区域の外に位置する隣のアパートでの避難生活を余儀なくされています。

自宅は警戒区域に含まれ、隣のアパートに避難

(湯原榮司さん)
「どうしても住居を移るということは、綿棒一本でも調達しないと、手を伸ばせばあったものが全てない状態でとまどいます」

目の前にある自宅に戻れない日々。慣れない生活が長期化し、妻は体調を崩したといいます。

自宅の1階部分が土石流で被災した

自宅は修繕ができないまま。水が回ると腐ったり、中にカビが生えたりするなどさまざまな懸念があるといいます。土石流から1年9か月たってようやく帰還の日程の日程が示され、湯原さんは今後、傷んだ自宅の修繕を進めることにしています。

(湯原榮司さん)
「日にちが決められたので、それまでに何しよう何しようってその前の段階ができますよね。1分でも早く帰りたいよね」

帰還できるエリアに入っていない被災者は

説明会では、残りの95世帯について帰還のスケジュールは示されませんでした。

特に土石流で住宅が流される被害にあった人たちは、帰還できる時期が大幅に遅れる見込みです。

熱海市の復興計画では、警戒区域にある土地の一部を買い取って宅地造成を進め、住宅の再建を希望する人に2025年度中に分譲したいとしています。しかし、愛着のある土地を手放すことに抵抗感のある被災者も少なくないため、計画通り進むかは不透明です。

いまも帰還のメドが立たない被災者の思いは複雑です。

小林さんの自宅の跡地付近。自宅は流され、さら地になっている。

小林義則さん(65)は、土石流で長年暮らしてきた自宅が全壊する被害を受けました。小林さんの近所では家が複数軒流され、いまはさら地になっています。

(小林義則さん)
「家がなくなるって考えられます?近くにあった家が全部なくなるなんて・・・」

土石流発生直後に一時帰宅の際に撮影した写真。家財道具で道が塞がれ、自宅まではたどり着けなかった。

土石流の発生当時、小林さんと長男は仕事で出かけていて無事でしたが、妻が家の中に1人でいました。土砂が押し寄せる中、妻は近所に住む男性に助けられて間一髪で避難できましたが、自宅の周りでは救助してくれた男性も含め、4人が犠牲になりました。

小林さん家族はいま、「みなし仮設」として借りた神奈川県湯河原町の住宅で暮らしています。

警戒区域が解除された後もしばらくはここでの生活が続きますが、その後の住まいをどこにするか。家族で考えていますが、小林さんは愛着のある伊豆山地区で自宅を再建したいと考えている一方、妻はいまも土石流への恐怖がぬぐえず、湯河原町で生活を続けることを望んでいるといいます。意見が一致していません。

帰還できる時期が示されない中、小林さん家族は将来の生活を見通せずにいます。

(小林義則さん)
「私は絶対帰りたい、妻はできれば湯河原の方がいいと意見が異なります。妻は『本当に安全なの?誰が保証してくれるの?怖くて仕方ない』と言っていて、考えに大きなずれがあると思います。当日を経験しているかどうかの違いだと思います」

“心の傷”抱える被災者 行政はどう対応する?

被災者の皆さんそれぞれに異なる事情があり、小林さん家族のように地区に戻るかどうか、葛藤を続けている人は少なくありません。

こうした状況の中で、行政には何が求められるのか。専門家に聞きました。

(社会心理学が専門 兵庫県立大学 木村玲欧教授)
「被災をしてから1年2年、という形で年単位で時間が過ぎていくと戻る人と戻れない人、被災者の二極化がどんどん進んでいきます。そうすると戻れない人はストレスが高くなったり不安が高くなっていったりする傾向があります。行政側としては被災者をいつまでも見守る、しっかりとコミュニケーションを取り続ける、情報提供をし続ける。まずはそういった姿勢をしっかりと見せて、復興までの“ロードマップ”を合意形成のもとにしっかりと一つ一つ積み重ねていく。こういった地道ですが大切なコミュニケーションの作業が重要だと思っています」

警戒区域の解除に向けて、被災地では5月8日からライフラインの復旧工事も始まりました。

行政には被災者一人ひとりの苦しみや痛みの声に耳を傾け、復興後の地域の姿や今後のスケジュールについて丁寧に説明してほしいです。

※放送した動画はこちらから。

  • 武友優歩

    記者

    武友優歩

    2019年入局。静岡局が初任地。熱海土石流は発生当時から現地で取材を行う。

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