金融所得課税 見直しで波紋
発言は後退したのか?

「金融所得課税を触ることは考えておりません」

岸田総理大臣の発言に波紋が広がっている。
自ら打ち出した格差是正の分配政策をめぐり、発言が後退したのではないかと受け止められたからだ。その真意は。

金融所得課税 こう主張した

金融所得課税は、預金であれば利子、株式であれば配当、株式を売却した際に得られた利益などに対して課される税金のこと。

まず、岸田が総理大臣就任前後に、この金融所得課税についてどのような主張をしていたのか整理する。

①総裁選の政策集には“枠外”に記載
9月29日の自民党総裁選にあたって作成した岸田の政策集には、成長戦略ととともに、分配施策4本柱が明記されているが、金融所得課税はその柱の中には入っていない。
ただ、枠外に「成長と分配の好循環に向けた政策を総動員」と記し、その1つに「金融所得課税の見直しなど1億円の壁の打破」と記載されている。

②記者会見の資料にも記載あり
経済政策を発表した別の日の記者会見で配られた資料にも、介護士らの公的価格の引き上げや教育費・住居費への支援強化と並んで、同様の記載がある。
そして、趣旨を問われた岸田はいわゆる「1億円の壁」に触れた上で、こう述べた。
「成長の果実を分配する、そして国民の一体感を取り戻すという点において、1つ考え直す、見つめ直す必要があるのではないか。さまざまな分配の手法の1つとしてあげさせて頂いた」

③就任後の記者会見でも言及
総理大臣就任後、初めての記者会見でもやはり「1億円の壁」に触れて、金融所得課税の見直しも「さまざまな選択肢の1つとしてあげさせていただいた」としている。

岸田が「手法の1つ」「選択肢の1つ」としている金融所得課税の見直し。その問題意識の背景にあるのは繰り返し言及した「1億円の壁」だ。

金持ち優遇?

「1億円の壁」とは何か。

所得が増えるにつれて、税の負担が増えていくのが所得税の仕組みだ。
しかし、所得が1億円を超えるあたりから、逆に負担の割合が軽減される。
これが「1億円の壁」だ。

所得税は、給与所得に課される税率と、金融所得に課される税率が違う。給与所得への税率は国と地方をあわせて10%から最高で55%。所得が多ければ多いほど税率が高くなる「累進制」だ。
一方の金融所得への税率は、所得に関わらず、原則として一律で20%となっている。

所得の多い人ほど、全体に占める金融所得の割合は増える傾向にあり、その分税金が低く抑えられる。
このため「金持ち優遇」だという指摘が出ている。

岸田が掲げるのは新しい資本主義、成長と分配の好循環の実現だ。その分配政策の1つとして、金融所得課税の見直しを位置づけているのはこうした点にある。

波紋を呼んだ岸田の発言

しかし10月10日、岸田は、金融所得課税の見直しは当面考えていないという認識を示した。

「成長の果実を分配するためには、いろいろなことをやっていかなければいけない。その選択肢の1つとして、金融所得課税の問題も挙げたわけだが、これを考える前に、やることはいっぱいあると申し上げている。民間企業の従業員の給料の引き上げを考え、看護・介護・保育といった国が主導して決められる賃金も引き上げていく。こういったことが先で、当面は金融所得課税について触ることは考えていない」

賃金の引き上げなどに優先して取り組む必要があると強調すると同時に、こう釈明した。

「総裁選挙のときに挙げた1つの選択肢ばかり注目されて、すぐにやるんじゃないかという誤解が広がっている。しっかり解消しないと、関係者に余計な不安を与えてしまう。やるべきことがたくさんある。それをしっかりやった上で、いろんなことを考えていく。それが順番だと思う」

そして、分配政策の優先順位を改めて説明した。

「まず賃上げ税制、さらには下請け対策、そして、看護・介護・保育といった公的価格の見直しから始めるべきだと考えている」

折しも、岸田内閣発足前後から、日経平均株価が続落。結局、6日まで8営業日連続の値下がりとなり、2009年7月以来、およそ12年ぶりのことだった。

こうした状況が岸田の発言につながったかどうかはわからないが、金融所得課税の見直しによって、株式市場への悪影響を懸念する市場関係者がいることも事実だ。

岸田は来年度の税制改正では取り上げない考えも示した。

高市政調会長「今の時期ではないと」

自民党の高市政務調査会長は、民放の番組で岸田の真意をこう解説する。

「新型コロナウイルスで傷んだ今の時期ではないと判断したのだと思う。特に株式市場にダメージが及ぶことになれば、年金の運用にも影響が出る。ことしの年末に決まる来年度の税制改正ではなく、3年ある総裁任期の間にということだろう」

立民 枝野代表「自分の意志を貫けない政権」

野党側は、金融所得課税の見直しには格差是正などの観点から前向きな姿勢を示している。それだけに、岸田の発言を受けて、早速批判の声をあげた。

「結局、自分の意志を何も貫けない政権だということが、1週間もたたないうちに次々に示され、大変残念なことだ」

「新しい資本主義」について、岸田は「成長と分配の好循環と、コロナ後の新しい社会の開拓を目指すものだ」と説明している。しかし、どういうもので、具体的に何が変わるのか、まだ理解が進んでいる状況ではない。「共感と信頼を得られる政治」を掲げる岸田の伝える力が問われることになる。
(文中敬称略)