岸田文雄の人事
真価問われる“聞く力”

自民党総裁選挙を経て、第100代内閣総理大臣に就任した岸田文雄。
総理・総裁としての最初の仕事が人事だ。
衆議院選挙は10月19日公示、31日投開票の日程で行われることになった。
「人の話をよく聞くこと」が特技だと語ってきた岸田は、どのような布陣で臨むのか。
(新政権発足取材班)

【リンク】特集 野党は岸田政権を倒せるか?

注目の岸田人事

衆院選を目前に控え、注目が集まる岸田の人事。まずは自民党役員人事だ。
「できるだけ急ぎたいが、あす1日はかかるのではないか」
岸田は新総裁として初めて臨んだ記者会見で見通しをこう述べた。

去年9月に総裁に選出された菅義偉はその日のうちに党四役の人事を固め、翌日には執行部を発足させた。それに比べると、時間をかけて、慎重に人事の調整にあたる構えだった。
実際に人事の動きが表面化したのは総裁に選出された翌日、30日午後2時すぎ。幹事長を務めることになる甘利明が党本部に岸田を訪ねたところから、一気に動き出し、まずは党四役、続いて役員会メンバーと、岸田は人事を固めていった。

【リンク】自民党の役員人事

岸田陣営の幹部を務めた甘利の幹事長起用について、党内からは…

「一番の功労者は間違いなく甘利さんだ。もし選対にいなかったらと思うとぞっとする。安倍さん、麻生さんともつながってくれているし、存在感がある」(岸田陣営幹部)

「当然だろう。甘利さんが、河野さんの立候補に反対しないで、麻生派がまとまっていたら、いまごろは河野総裁だ。それくらい、岸田さんにとって、役割が大きかった」(河野陣営幹部)

甘利が岸田総裁誕生の最大の功労者というのは党内で共通の認識のようだ。
甘利は麻生派の幹部で、副総理兼財務大臣の麻生太郎、後に総理大臣となる官房長官の菅とともに歴代最長となった安倍政権の礎を築いた1人だ。政治とカネをめぐる問題で閣僚を辞任したが、安倍、麻生双方に近いことで知られる。

岸田は甘利の起用についてこう述べている。
「幹事長という役職は、400人近い国会議員を束ねるだけの人間力や胆力、人望がなければならない。甘利幹事長はこれまで各国の利害が錯綜するTPP交渉で優れた交渉力を発揮し、税制調査会長として党内の様々な意見を集約する力も発揮してきた」

甘利、安倍、麻生の3人は名前の頭文字から「3A」とも呼ばれる。岸田の人事をめぐって、早速、その「3A」に支えられる政権というイメージをもたれ「清新さが感じられない」とか、「安倍氏、麻生氏に配慮した人事ではないか」といった見方が出ている。
一方で、党内きっての実力者を党運営の要に起用し、衆院選だけではなく、来年夏の参院選も見据えて、安定的な政権運営を図りたいという狙いは明確なようにも思える。

岸田は安倍・麻生両氏に配慮した人事ではないかという指摘について、こう述べている。
「あくまでも適材適所という観点に基づいて、人を選ばせて頂いた。今後も、顔ぶれを見て、派閥の色分けを行い、いろいろなことを言う方もいると思うが、しっかり説明することで、適材適所だと、より説得力のある説明を行っていきたい」

今回、麻生は副総理兼財務大臣から党の副総裁に就任する。
内幕はこうだ。総裁選翌日の9月30日、岸田は、都内のホテルの一室で、麻生と向き合っていた。このとき、麻生は「3つの政権で続けて財務大臣を務めるのはおかしいだろう」と切り出し、9年近くにわたって務めてきた副総理兼財務大臣を下りる意向を伝えた。
しばらく思案した岸田は「それでは副総裁をお受けいただけませんか」と打診したという。麻生に党幹部に移ってもらうことで、安倍政権以来、しばしば政府主導の「政高党低」と言われた状況を修正し、政府と与党とのバランスに配慮する狙いもあったとみられる。
この日、岸田は、麻生だけでなく、各派閥の領袖や幹部とも連絡をとりあい、調整を進めていった。

人事をめぐっては、「3A」の間の微妙な距離や温度差を指摘する声もある。
岸田が安定政権を築けるかは「3A」のバランスをどうとっていくかも鍵となりそうだ。

総務会長に福田 懐疑的な見方も

党の改革を進めていく上では、中堅・若手、それに女性をどう起用するかもポイントとなる。
岸田は「老・壮・青」のバランスの中で、特に若手を積極的に起用する考えを打ち出していた。

その象徴が、福田達夫の総務会長起用だ。

党の総務会は常設としては最高意思決定機関で、原則、全会一致とされる。総務会長はそのまとめ役で、政治家としての力量が問われる役職だ。かつては佐藤栄作や中曽根康弘らも経験した。

福田は、当選3回で54歳。父の福田康夫、祖父の福田赳夫はともに総理大臣を務めた。
今回の総裁選では、衆議院の当選1回から3回の有志の議員でつくるグループ「党風一新の会」で代表世話人を務め、当選回数にこだわらない人材登用など、党改革を進めるよう求めていた。党改革を訴えた岸田に共感し、1回目の投票、決選投票と岸田に投じたことを明らかにしている。

「岸田さんの人事だ。岸田カラーを出したいということだろう」(政権幹部)

岸田カラーがあらわれた抜擢人事とみられる一方、総務会長は、閣僚経験者が就任することがほとんどで、閣僚経験のない福田の抜擢には党内から懐疑的な見方も出ている。

「大抜擢はすごいけど、本人は相当苦労するんじゃないか。自分より上の人たちをさばかなければならないから」(中堅議員)

「総務会長は誰でもいいって話になってしまう。普通は大臣経験者じゃないと総務会長になれない。3期だと抑えが効かない。でも、論功行賞で、どこかで処遇しないといけないからしょうがないよ」(閣僚経験者)

岸田は福田と党改革を実現すると強い決意を示した。
「党改革の訴えを受け止めてくれたのも、福田達夫さんが代表を務める党風一新の会のみなさんだった。自民党改革をリードするのは幹事長だが、最後は総務会で仕上げなければならず、改革の仕上げをともに取り組んでもらいたい」

岸田と同じく人の話を聞くことを大切にしているという福田が総務会長として、どのような手腕を発揮するか。将来の総裁候補へと階段を上る登竜門となるのかどうか。

政調会長に高市 スタンスの違いは?

今回の総裁選では、高市、野田と初めて複数の女性候補が立候補した。
論戦のテーマが幅広くなったとして、「自民党の懐の深さを示すことができた」と自賛する声もあがっている。

総裁選の1回目の投票で、国会議員票では岸田に続く2位と善戦した高市は、政務調査会長に起用された。

岸田は総裁選で高市がみせた、優れた弁舌や論理的な説明力、討論力を見込んだと説明している。
政務調査会長は衆院選や参院選での政策論争で先頭に立つ。それにうってつけというわけだ。しかし、党内からは、保守的な政治信条の高市と岸田との間の政策的なスタンスの違いがありすぎると指摘する声もあがっている。

「政策の岸田って、言っているのに、政調会長をなぜ手放したのだろうか。政策的には岸田派から最も遠いと思われる高市さんが政調会長ってどうなんだろう。選挙を前に大丈夫なんだろうか」(若手議員)

そうした懸念について、岸田は問題にはしていない。
「政治家だから、それぞれの政策に自らの信念があるのは当然のこと。しかし、政調会長という役職は自分の思っていることを実現する立場ではありません。党内の国会議員の意見を集約する仕事をしていくのが政調会長だ。問題にするのは少し違う」

そして、組織運動本部長には小渕優子が起用された。

小渕は麻生内閣で少子化担当大臣として戦後最年少の若さで初入閣し、その後、経済産業大臣を務めたが、みずからの後援会などの政治資金をめぐる事件が明らかになり、就任からわずか1か月半で大臣を辞任した。
組織運動本部長といえば、各業界団体とのパイプ役。衆院選や参院選を控えることを考えれば、重要なポストだ。小渕は事件以降、閣僚や党の主要ポストには就いておらず、党務に専念してきた。

岸田は、女性が活躍する組織や団体も多いとして、その対策の幅を広げたいと起用の狙いを説明しているが、小渕の周辺としては、表舞台復帰の足がかりにしたい思惑もあるとみられる。

河野は降格人事か

一方、総裁選の決選投票で破れた河野太郎。
外務・防衛などの閣僚を歴任し、直近まで新型コロナ対策のワクチン担当という特命を担った河野の広報本部長への起用は、党内にある種の衝撃が走った。

「それにしても、河野太郎の処遇はかわいそうだ。あまりに、高市との落差がありすぎる。禍根を残しそうだ」(中堅議員)

「広報本部長の職を軽視するわけではないが、決選投票を戦った相手に示すポストではない。国民、党員の声が軽んじられていることになる」(河野陣営幹部)

広報本部長はこれまでも大臣経験者が務めているポストで不思議はないが、それにしても、まれに見る混戦で、決選投票までもつれ込んだ総裁選の対立候補にふさわしいポストかという指摘だ。

岸田は、起用の理由をこのように説明している。
「総裁選を通じて、河野太郎さんの抜群の発信力、国民に対する訴求力を感じた。一方、私は発信力が弱いという指摘を受け続けてきた。ぜひ、私の弱点を補ってもらい、二人三脚でこれからの選挙などに立ち向かっていきたい」

岸田側に自らの弱点を補うという積極的な起用理由がある一方、河野サイドからは、引き続き河野を総理総裁候補として、党務や派閥の仕事をさせて地道に経験を積ませたいという思惑とも合致する。
岸田は、河野の扱いについても、麻生からしっかり話を聞いたのだろう。

続く閣僚人事は

【リンク】新内閣の閣僚の顔ぶれ

内閣の骨格となる重要閣僚には、派閥の幹部やベテランを起用。さらに外務・防衛は再任し、外交・安全保障政策の継続性を重視した。
一方、初入閣は13人で、おととし発足の第4次安倍第2次改造内閣と並ぶ規模となった。
派閥で見ると、竹下派が5人、細田派が4人、そして麻生派と岸田派が3人ずつ、二階派は2人、無派閥は2人となっている。

公明党からは、元環境大臣で、党の幹事長も務めた斉藤鉄夫の再入閣が決まった。公明党は斉藤の比例代表から小選挙区への鞍替えを決めたが、その選挙区のある広島は岸田の地元でもある。
閣僚の顔ぶれについて、友党の公明党は…

「突出して知名度が高い人がいるわけではないが、安定感がある印象だ。岸田さんらしい人事だ」(公明幹部)

「当選3回生も起用するなど、抜擢をしつつも派閥にも配慮した顔ぶれに感じる。丁寧な調整がみてとれる」(別の公明幹部)

全体としては「老・壮・青」のバランスの中で、中堅・若手もしっかりと登用した一方、派閥にも配慮し、挙党態勢を意識した人事だとみられている。
ただ、総裁選の際の対応によって、各派閥での対応に温度差も感じられる。

内閣の要の官房長官、それに財務大臣や外務大臣などいわゆる重要閣僚には、岸田総裁を支援した細田派、麻生派、竹下派の3つの派閥から起用した。
また、これらの派閥からは、派の意向を踏まえて、いわゆる入閣適齢期の議員を初入閣させた。
総裁選で岸田に推薦人を出していない二階派や河野を支持した陣営からも、いわゆる一本釣りのような形で起用し、一定の配慮を示した形だ。

官房長官には松野博一を起用した。党内からは…

「松野はあまり目立つ存在じゃないが、政策はわかるし、敵を作らない。岸田さんらしさが出ているんじゃないか」(閣僚経験者)

「黒子、女房役、参謀としては適任ではないか」(参院議員)

一方で、こうした声も出ている。

「側近は自派閥から出さないと、いざとなったときに助けてもらえないんじゃないか」(参院幹部)

岸田カラーは?

岸田カラーがあらわれたといえるのは中堅・若手の登用。当選3回の衆議院議員3人を抜擢した。
それぞれ、経済安全保障、新型コロナウイルスワクチン、それにデジタルと注目を集める政策分野を担当する。

経済安全保障を担当する大臣に起用された小林は、財務省出身で、経済安全保障を検討する自民党の戦略本部で事務局長を務め、法整備の必要性を盛り込んだ提言のとりまとめにあたってきた。出身高校は岸田と同じ開成高校だ。

デジタル大臣の牧島は、党側でデジタル庁の創設に向けた組織や役割の検討を担ってきた。ワクチン接種を担当する堀内は、岸田派の前身の派閥で会長を務めた元総務会長の堀内光雄の義理の娘で、厚生労働政務官、環境副大臣と経験を積んできた。

女性の閣僚は牧島、堀内、それに総裁選に立候補し、少子化担当大臣に起用された野田聖子の3人。野田は「こども庁」の創設も担当する。

さらに、岸田が総裁選で訴えていた、成長と分配の好循環の実現を目指す新しい資本主義の具体策を検討する経済再生担当大臣には、初入閣の山際を起用した。初入閣は13人と6割を超えた。安倍・菅から岸田へと、内閣の刷新も印象づける狙いもあるとみられる。

衆院選は10月31日に

「衆議院選挙は19日公示、31日投開票」
岸田は、総理大臣就任後初の記者会見で衆議院選挙の日程を表明した。

「11月投開票」の見方が広がっていた中、想定より早い日程で、野党側からは「奇襲作戦だ」という声まで聞かれる。
自民党役員も含め、今回の人事を改めて眺めてみると、派閥の推薦は受けないとしていたものの、実際には派閥幹部の意見もしっかり聞き、バランスに苦慮しながら、岸田カラーを出そうとしたことがうかがわれる。

しかし、それが国民にどう見えるのかまでは見通せない。
岸田が記者会見で繰り返した「丁寧な対話」で「国民の納得感」を得られるのか。早速、国民の審判を受けることになる。
(文中敬称略)