うどん県の熱い戦い映画に
衆議院 香川1区

10月19日公示、31日投開票で行われる衆議院選挙。解散から投開票まで17日間という超短期決戦となる。議員の任期は21日まで。任期満了後に投票が行われるのは初めてだ。
そんな異例づくしの衆院選。各地の注目選挙区で、公示直前の動きを追った。
1回目は「香川1区」だ。
(横山太一、富岡美帆、鈴木博子)

香川1区が映画の舞台に

9月下旬、高松市内にある国会議員の事務所に撮影のクルーが入った。

率いるのは大島新(おおしま・あらた)。
映画やテレビのドキュメンタリー作品で知られる監督だ。

「香川1区」を題材に映画を作るのだそうだ。

「1本の映画にできないかと思いまして。候補者のキャラクターがものすごく対照的で、際だって見えるんです。構図は非常に興味深いし、全国的にも注目されると思います」

気鋭のドキュメンタリー監督がメガホンを取る理由とは。

“デジタル庁を創った男”と“総理になれない男”

人口94万人あまり、総面積1877平方キロメートルの香川県。
「うどん県」と称される日本一小さな県は、温暖な気候で知られる。

県内に3つある小選挙区のうち、「香川1区」は有権者が最も多い高松市と、オリーブで有名な小豆島などからなる。

この1区の現職は、自民党の平井卓也(63)だ。

去年9月、デジタル改革担当大臣として再入閣を果たした平井は、菅内閣の肝いり政策「デジタル庁の創設」を実現させ、つい先日まで、初代デジタル大臣を務めた。

平井は政治家一家で、祖父の太郎は参議院の副議長、郵政大臣を歴任。父の卓志も労働大臣を務めた。
さらに、弟は地元新聞社の代表取締役を務めるなど、経済界をはじめ、地域に幅広い影響力を持つ。
平井自身も地元の民放で社長を務めた後、政治家に転身した。
当選は7回を数える。

対するのは、立憲民主党の小川淳也(50)。

地元屈指の進学校、県立高松高校から東京大学に進学し、卒業後は旧自治省に入省。
沖縄県庁や、自治体国際化協会ロンドン事務所、愛知県の春日井市役所でも勤務経験を持つ。
国家国民のために役に立ちたいと、昼夜を問わず仕事にまい進してきたが、既得権を守ろうとする政治に失望したという。
平成15年7月に総務省大臣官房秘書課課長補佐を最後に退職。
2度目の挑戦で衆議院議員のバッジをつけた。


かつての民主党政権では総務大臣政務官を経験し、当選は5回。

2人の対決は今回で7回目となる。
お互いのことを聞いてみた。

平井は。
「頑張っているなとは思うが、政策論争をしたことが一度もない。政治家としてやろうとしていることが、多少違うんだろうなと思う。
私の場合は、政権与党の立場で結果を求められる。
そういう意味で全然かみ合わないというか、戦っている土俵が全然違う」

一方の小川は。
「新聞、テレビから学校、金融など、あれだけ影響力を持っている一族が、全国にもどれだけいるだろうか。
いろいろな権力を掌握して、しがらみもできて、これが社会の象徴になっている。
既得権の象徴だよ。あまり平井さん個人と戦っている感覚はない」

何度もしのぎを削ってきた2人。

さぞかし、強烈なライバル心があるのではと思ったが、意外にそうでもない。
互いに平静を装っているのだろうか。

これまでは平井の5勝1敗

2人の最初の対決は2003年の衆議院選挙。
この時は平井が1万6000票あまりの大差で勝利した。

続く2005年のいわゆる「郵政選挙」でも、平井が議席を守った。

その後は、民主党が政権交代を果たした2009年の選挙を除き、議席は平井が有してきた。
ただ、注目すべきはその票差だ。
自民党が政権を奪還した2012年の選挙では2万票あまりだったのが、前々回・2014年の選挙は8300票あまり。
前回・2017年の選挙は2100票あまりと、徐々に詰まっている。

捲土重来を期す小川

小川は、比例代表での復活当選が続いていることに、じくじたる思いがあった。

「保守層からリベラル層まで幅広く訴求できないと政権の受け皿になるのはほど遠い」

いまでこそ、立憲民主党の所属だが、かつては、希望の党、それに無所属だったこともある。
民意の受け皿となり得る、野党勢力の結集を自らが主導したいという小川。その思いを実現させるために小選挙区での勝利は不可欠だという。

通常国会が閉会した6月からは、ほぼ地元に張り付いている。

これまでは街頭での活動が中心だったが、立憲民主党に合流した社民党の地方議員らが「それでは効果が薄い」と活動のノウハウを伝授した。

選挙区内の企業をリスト化し、地方議員と手分けして訪問。その際、経営陣から一般の社員まで、可能な限り接触するよう心がけた。
さらに、住民一人ひとりに会う活動にも力を入れた。

「街頭活動や企業の訪問も、今までに無い、深い活動ができている。支援者の熱量もすごいし、チラシを受け取ってくれる人の反応も全然違う」(陣営幹部)

さらに、去年、小川の名が全国に知れわたる出来事があった。
小川を題材にしたドキュメンタリー映画が公開されたのだ。
映画の名前は「なぜ君は総理大臣になれないのか」
監督は冒頭登場した大島新だ。
「香川1区」はこの映画の続編的な位置づけだという。


映画は大きな反響を呼んだ。このことが小川に何をもたらしたのか。

「最初は、自分が出ている映画なんて、誰が見るだろうかと思っていたけど。映画館で満席が続いたと聞いて、不思議な感じがした。だけど、同時に重い責任も感じるね」

全国から寄せられた声が、活動の支えになっているのは間違いないようだ。

総裁選契機に、巻き返す平井

一方の平井。
9月1日にはデジタル庁も発足。
大臣就任からわずか1年足らずでここまでこぎつけた。

今月、岸田内閣発足に伴い退任するまでは、閣僚としての公務があり、選挙区での活動量は小川に比べると明らかに見劣りしていた。
陣営に危機感が募る。

「小川さんの動きは本当にすごい。いろいろなところで耳にする」(県議会議員)

「衆院選が心配だ。小川さんの動向が気になりすぎる」(公明党関係者)

これまでの平井の選挙は公示日近くになってから、地方議員や業界団体などへの働きかけを強め、支持を一気に固めるという手法をとってきた。
いわば、「短期集中型」だ。

活動の遅れを取り戻すきっかけとなったのが自民党総裁選挙だった。

まれにみる混戦となった総裁選で、平井はみずからが所属する派閥の領袖、岸田文雄を総裁に押し上げるため、無我夢中で動いた。

「平井本人から直接電話があった。これまでの総裁選では、そんなことはなかった」(自民党県議)

公務の合間に地元に戻り、みずから業界団体などに出向き熱心に支援を要請した。その結果、県内の党員投票は、わずか29票差だが、岸田を1位に押し上げることができた。

そんな平井の姿に、地方議員からは「平井さん、今回、頑張ったよな」という声も聞こえてきた。ある業界団体の幹部はこう指摘する。

「岸田の支持を訴えながらも、自分の支持をお願いするのも忘れてなかった」

こうした中、9月下旬、高松市の小学生およそ600人とオンラインで交流した。
平井は、デジタル技術を使って何をしていくべきか、児童たちと時間をかけて意見を交わした。

大臣時代も振り返り、平井はこう語る。

「将来の日本を担う若い人材が、デジタル庁に何を望んでいるかを知ることは重要だ。大臣として取り組んできた仕事を知って、評価してくれる有権者もいることを期待している」

平井の地盤は祖父の代から築き上げられてきた。今回もその“集票システム”を機能させられるかが勝敗の鍵を握る。

勝敗の分け目は“小豆島の戦い”

10月上旬になっても真夏日が続いていた小豆島。
午前7時半、島の港には平井の姿があった。

そして、支持者の集まった青空集会や企業などを次々と訪れ、活動報告を重ねていった。平井が小豆島を訪れたのはおよそ2か月ぶりだ。

香川1区のうち、小豆島の票は全体の1割程度に過ぎない。
しかし、その票の行方が雌雄を決する。
前回の選挙での、2人の票差2100票あまりのうち、小豆島だけでおよそ1500票差がついている。

つまり、小豆島の得票如何では勝敗が逆転する可能性があるのだ。

小豆島は保守地盤。小川にとっては、なかなか切り崩せないところだが、対策に余念はない。島の事務所には、ことし6月からは秘書が常駐し、小川自身の訪問回数も増やした。

8月には「無敗の男」として知られる、元建設大臣の中村喜四郎も小豆島に入った。

ある自民党の有力県議は危機意識をあらわにした。

「小川さんの島での動きは本当にすごい。逆転を狙っているのだろう」

両陣営の活動本格化

「10月19日公示、31日投開票」

総理大臣に就任した岸田文雄が突如表明した衆院選の日程。
多くの関係者の予想よりも早い投票日に、両陣営の活動が加速している。

草の根の活動は小川の真骨頂だ。その訴えはさらに熱を帯びている。

「野党は批判ばかりで信用できないし、政権を任せようとは思えない。
ただ、このままでは国民は選択権を行使できない。私たち野党がその選択の土壌に上がらなければならない」

「誰ひとり取り残さないデジタル化」を訴える平井も、小川への対抗意識をのぞかせた。

「限られた時間の中で、成果を残すことができるかどうかが政治家の存在意義だ。
ポストは成果を残すための手段でしかない。総理大臣になれる・なれないという話はまったくおかしな話だ」

一騎打ちの構図崩れる

今回も2人による一騎打ちかと思われた香川1区だが、
公示日直前、日本維新の会から、町川順子が立候補する見通しとなった。

町川は、香川県三木町出身で、国会議員の秘書を務めた。

町川はNHKの取材に対し「香川1区が、自民党か立憲民主党かという選択肢しかない中で、どちらにもつかない日本維新の会を知ってもらい、受け皿になりたいと思って立候補を決意した。有権者に、与党、野党のしがらみのない政党にいれてもらいたいと考えた」と話している。

新党大地の代表で、日本維新の会の参議院議員である、鈴木宗男に師事していたという町川。
これまでに、北海道の選挙区などで立候補した経験がある。

政府・与党やほかの野党が主張する「分配」の必要性は認めながらも、経済成長がなければ、分配する原資も生まれないと指摘する。

選挙戦では、党の主張である統治機構や行財政改革で徹底的に無駄を省くとともに、規制緩和を通じて民間の活力をいかすことで成長を促していくことこそが必要だと訴えるものとみられる。
また、街頭での活動よりも、SNSを通じて支持を訴えることに軸足を置きたいという。

「日本維新の会の支持層は、もともと30代から50代に多い。ネットを中心に展開していくことで、一定の支持は得られると感じている」(町川)

日本維新の会は党本部を置く大阪を中心に関西では絶大な強さを誇るが、香川では足がかりがない。
町川の立候補には、今度の衆院選で、関西以外の地域に党勢拡大を図るきっかけにしたいという党の狙いがある。

香川1区で、平井や小川を支持しない人たちの、受け皿になれるのだろうか。

映画の結末は?

「香川1区」の情勢は最終盤まで激しく揺れ動くだろう。

どのような結末を迎えるのか。映画「香川1区」は衆院選の後に公開される予定だ。

(文中敬称略)
※立候補予定者は10月13日現在です。

高松局記者
横山 太一
2013年入局 富山、甲府を経て高松局3年目 経済担当 休日の楽しみは瀬戸内海の離島を旅すること
高松局記者
富岡 美帆
2019年入局 警察・司法担当を2年務め県政担当 最近の趣味は瀬戸内海を眺めながらのキャンプ
高松局記者
鈴木 博子
2017年入局 警察・司法担当を3年務め、去年から県政担当兼選挙事務局 うどんよりラーメンが好き。