韓国 ユン大統領来日し日韓首脳会談「シャトル外交」再開へ

岸田総理大臣は3月16日、韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領と会談します。
太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で韓国側が解決策を示したのを踏まえ、日韓関係を健全な形に戻し発展させていく立場を共有したうえで、首脳による相互訪問「シャトル外交」の再開を確認し、年内にみずからの韓国訪問を目指す方針を伝える見通しです。

【リンク】「韓国がこの案で? すげえな」「徴用」めぐり舞台裏 日韓首脳会談は

岸田総理大臣は韓国のユン大統領を日本に招き、16日午後、総理大臣官邸で首脳会談を行う予定です。

韓国大統領が日本を訪問して首脳会談を行うのは国際会議にあわせたものを除けば12年ぶりです。

会談で、岸田総理大臣は最大の懸案である太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で、韓国政府傘下の財団が日本企業に代わり支払いを行う解決策を評価する立場とともに着実な実行への期待を示すことにしています。

そして戦後最悪と言われるまで悪化した日韓関係を健全な形に戻し、未来志向で発展させていく立場を首脳間で共有したい考えです。

そのうえで、10年以上途絶えている首脳による相互訪問「シャトル外交」の再開を確認し、年内のできるだけ早い時期にみずからの韓国訪問の実現を目指す方針を伝える見通しです。

また、北朝鮮の核・ミサイル開発など安全保障環境が厳しさを増す中、両国の外務・防衛当局による「日韓安全保障対話」をおよそ5年ぶりに再開させる方向で調整を進めています。

韓国のユン・ソンニョル大統領は、16日午前、キム・ゴニ(金建希)夫人とともに専用機で出発し、17日まで2日間の日程で去年5月の就任後初めて日本を訪問する予定です。

ユン大統領も、安全保障環境が厳しさを増す中、日米韓3か国の連携を重視する立場から日韓関係の改善に取り組む姿勢を強調したい考えで、外交成果を示すことによって太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題の解決策に対する国内の批判をやわらげたいものとみられます。

両首脳は共同記者会見を行い、会談の成果を明らかにすることにしています。

松野官房長官「韓国は重要な隣国 戦略的連携を強化」

松野官房長官は、記者会見で「韓国は国際社会のさまざまな課題への対応で協力していくべき重要な隣国だ。現下の戦略環境に鑑み、安全保障面を含め、日韓や日韓米の戦略的連携を強化していく考えだ。自由で開かれたインド太平洋の実現に向けても連携していく」と述べました。

そのうえで、「首脳どうしで率直なやり取りが行われ、国交正常化以来の友好協力関係の基盤に基づき、日韓関係がさらに発展することを期待している」と述べました。

ユン大統領 訪日のねらい

韓国のユン・ソンニョル大統領は「戦後最悪」とも言われた日韓関係を、今回の日本訪問によって未来志向で改善させる重要なきっかけにしたいと考えているとみられます。

ユン大統領は、4月末に同盟国アメリカを国賓として訪問するのに先立って日本に赴く形となり、韓国の大統領が就任後、ワシントンより先に東京を訪れるのは異例です。

ユン政権としては、安全保障環境が厳しさを増す中、日米韓3か国の連携強化を図る上でも日韓関係の改善を急ぐとともに、首脳どうしが互いに相手国を訪問し合う「シャトル外交」の12年ぶりの再開にもつなげるねらいがありそうです。

一方、両国間で最大の懸案である「徴用」をめぐる問題では、韓国政府が今月6日に発表した解決策について、一部の原告や支援団体が強く反発していて、ユン政権は引き続き丁寧に説明し理解を得る努力を求められています。

このため、岸田総理大臣との会談ではこの問題への取り組みを直接説明した上で日本側から前向きな対応を引き出したい考えです。

また、ユン大統領の訪問には大手財閥をはじめ多くの企業経営者が同行することになっていて、日韓間の経済協力を強化する好機としても位置づけているとみられます。

「徴用」をめぐる問題と経緯

太平洋戦争中に朝鮮半島の人たちが日本の炭鉱や建設現場などで過酷な労働を強いられたと韓国側が主張する「徴用」をめぐる問題について、日本政府は1965年の国交正常化に伴って結んだ日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決された」としています。

協定で日本政府は有償・無償で総額5億ドルの経済協力を約束し、韓国政府は1970年代に、日本からの資金を運用して、「徴用」で死亡したと認定した人に対し、ひとり当たり30万ウォンを支給しました。

また、韓国政府は2008年以降、これまでの補償が道義的に不十分だったとして「徴用された」と認定した人や遺族に対しても、慰労金の支給や医療支援を行ってきました。

しかし、2012年に韓国の最高裁判所が「徴用」をめぐって「個人請求権は消滅していない」とする判断を示し、日本企業に賠償を命じる判決が相次ぐようになりました。

そして2018年、韓国の最高裁で日本企業に賠償を命じる判決が初めて確定すると、原告側は日本企業が韓国国内にもつ資産を差し押さえて売却することを認めるように地方裁判所に申し立てました。

当時のムン・ジェイン(文在寅)政権は三権分立の原則から司法判断を尊重するとした立場で日本企業の韓国国内の資産の「現金化」に向けた手続きが進みました。

これに対し、日本政府はこうした対応を「国際法違反だ」と批判して「現金化」を避ける措置をとるよう強く求め、日韓関係は戦後最悪と言われるまでに冷え込みました。

こうした中、去年5月に韓国のユン・ソンニョル大統領が就任すると、日本との関係改善に意欲を示し「現金化」が行われる前に問題の解決を図りたいという姿勢を打ち出します。

11月には岸田総理大臣とユン大統領の、正式な形ではおよそ3年ぶりとなる日韓首脳会談が行われ、懸案の早期解決を図ることで一致します。

これを受けて日韓の外交当局による事務レベルの協議が加速し、ことし1月、韓国は、日本企業に代わって韓国政府の傘下にある既存の財団が原告への支払いを行う案を明らかにしました。

そして先週、韓国がこの案をもとに解決策を正式発表すると、日本側は日韓関係を健全な関係に戻すためのものと評価し、ユン大統領の訪日が実現する運びとなりました。

「徴用」をめぐる問題以外にも多くの課題や懸案

日本と韓国の間には太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題以外にも多くの課題や懸案があります。

【慰安婦問題】
このうち慰安婦問題をめぐっては、2015年、当時の安倍政権とパク・クネ(朴槿恵)政権の間で、韓国政府が設置する財団に日本政府が10億円を拠出し、元慰安婦への支援を行うことで合意し「最終的かつ不可逆的に」解決することを確認しました。

この日韓合意を発表したのは、日本側は当時、外務大臣を務めていた岸田総理大臣でした。

しかし、パク政権に続くムン・ジェイン政権は、この合意を批判し、2018年11月に財団の解散を一方的に発表し、対立が深まりました。

【レーダー照射】
2018年12月には海上自衛隊の航空機が日本海で韓国軍の艦艇から射撃管制用レーダーの照射を受け、日本政府は不測の事態を招きかねない危険な行為だとして抗議しました。

一方、韓国側は、自衛隊機を狙ったものではないという姿勢を崩さず、双方の見解は異なったままとなっています。

【佐渡島の金山】
日本が世界文化遺産への登録を目指している新潟県の「佐渡島の金山」をめぐっても韓国は「朝鮮半島出身の労働者が強制的に働かされた場所だ」として反発しています。


【福島第一原発 処理水放出計画】
さらに、東京電力福島第一原子力発電所にたまる処理水を基準を下回った状態に薄めて海に放出する計画について、韓国は懸念を表明しています。

今後、日韓関係の改善を進めるため、こうした課題や懸案についても協議が進むかが焦点となります。

【領土問題】
このほか、韓国との間には島根県の竹島をめぐる領土問題もあります。

日本はこの問題を平和的手段で解決するため1954年以降、3回にわたって国際司法裁判所に付託することを韓国側に提案しましたが、いずれも拒否され、実現していません。

【韓国の水産物輸入規制】
東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、韓国は福島や宮城など8つの県のすべての水産物の輸入を停止しています。

また輸入を認めた食品などについても、産地証明書や放射性物質の検査証明書を添付するよう求めています。

これに対して日本政府は、放射性物質に関する厳しい基準を満たしたものだけを出荷していて、韓国の措置は国際的な貿易ルールに違反しているして2015年にWTO=世界貿易機関に提訴しました。

しかし2019年にWTOは日本の主張を退け、事実上の敗訴が決まりました。

その後も日本は、国際機関の評価など科学的根拠に基づいて判断すべきだと韓国に働きかけていますが、規制撤廃のめどは立っていません。

【日本の輸出管理】
日本政府は2019年7月、韓国側の貿易管理に関する審査などの体制が不十分なことなどを理由に、半導体の原材料など3品目について韓国向けの輸出管理を厳しくしました。

さらに8月には、輸出の手続きを簡略化できる優遇措置の対象国から韓国を除外し、これに対し韓国政府は国際的な貿易ルールに違反しているとして2020年にWTO=世界貿易機関に提訴しました。

一方、今月6日に日韓両政府は輸出管理を厳しくする前の状態に戻すため、2国間の協議を速やかに行うことになったと発表し、韓国政府は協議が続いている間はWTOの手続きを中断すると発表しました。

【GSOMIA】
韓国政府は2019年8月、日本が輸出管理を厳しくした措置への対抗措置だとして日本との軍事情報包括保護協定=GSOMIA(ジーソミア)を破棄すると日本側に通告しました。

実際に破棄される直前の11月、輸出管理をめぐる日本との協議の進展に向けてこの通告を停止すると発表し、協定は継続されました。

これまでの韓国大統領の訪日は

韓国の大統領の日本訪問は、G20大阪サミットに出席するため来日した2019年6月の当時のムン・ジェイン大統領以来、およそ4年ぶりです。
ただ、この時は「徴用」をめぐる問題などで日韓関係が悪化していたため、当時の安倍総理大臣との首脳会談は見送られました。

一方、日本と韓国は2004年7月から首脳が相互に訪問する「シャトル外交」を行っていました。

サッカーワールドカップの共同開催や韓国ドラマなどを背景とした「韓流ブーム」で友好ムードが高まる中、当時の小泉総理大臣と韓国のノ・ムヒョン(盧武鉉)大統領が合意して始まりました。

途中、中断した時期もありましたが、2011年12月の当時の民主党の野田総理大臣とイ・ミョンバク(李明博)大統領との会談まで行われました。

しかし、2012年にイ大統領が竹島に上陸するなどして関係が悪化し、以来、国際会議などに合わせた機会を除き、両国の首脳による相互訪問は12年近く途絶えています。

こうした中、去年5月に韓国では日本との関係改善に意欲を示すユン・ソンニョル大統領が就任。

岸田総理大臣とユン大統領は、9月に国連総会に合わせてニューヨークで短時間、非公式に懇談したのに続き、11月にはASEAN=東南アジア諸国連合関連の首脳会議に合わせてカンボジアでおよそ3年ぶりとなる首脳会談を行いました。

そして今回、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で韓国が解決策を発表したことを踏まえ、ユン大統領が日本を訪問する運びとなりました。

ユン政権の対日姿勢 日本との関係改善を目指す

韓国のユン・ソンニョル政権は去年5月の政権発足当初から一貫して日本との関係改善を目指す姿勢を鮮明にしてきました。
ユン大統領は日本の統治下で独立運動が始まった日にあたる今月1日に行った演説で「日本は過去の軍国主義の侵略者から、普遍的価値を共有し安全保障や経済、地球規模の課題で協力するパートナーになった」と述べました。

そして今月6日、韓国政府が太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題の解決策を発表し、ユン大統領は7日に「韓日両国の共同利益と未来の発展にふさわしい方策を模索してきた結果だ」と意義を強調していました。

解決策をめぐって一部の原告や市民団体が強く反発する中、韓国大統領府は今月11日に公開した動画で、人的往来や経済交流の面でも日本との関係改善は極めて重要だと訴えるなど韓国国内の幅広い支持を集めようとしています。

こうした姿勢の背景にはかつてない頻度でミサイルの発射を繰り返すなど、一段と高まっている北朝鮮の核・ミサイルの脅威への危機感があるとみられています。

韓国の情報機関は、北朝鮮が来月にかけて核戦力を含めた大規模な軍事訓練を行うとともに固体燃料式の新型ICBM=大陸間弾道ミサイルを初めて発射する可能性があるという見方を示しています。

このため、ユン政権としてはことしで70年となるアメリカとの同盟関係の強化に加え、冷え込んでいた日本との関係修復を急ぐことで日米韓3か国による抑止力の向上を進めたい考えとみられます。

ユン・ソンニョル大統領とは 日本に留学も

ユン・ソンニョル大統領は、首都ソウル出身の62歳。

両親が大学教授という家庭で育ち父親は、日韓国交正常化の翌年(1966年)一橋大学の大学院に留学した経歴を持つ経済学者です。

ユン氏は名門のソウル大学で学び、司法試験にたび重なる挑戦の末に合格して検察官となりました。

保守系のパク・クネ元大統領やイ・ミョンバク元大統領をめぐる贈収賄事件などを徹底捜査した手腕が革新系のムン・ジェイン前大統領に評価され、2019年に検察トップの検事総長に抜てきされました。

その後、ムン前大統領の側近の法相の疑惑を追及するなどして政権との対立が深まり、検事総長を辞任しましたが、真っ向から政権と対じした姿が支持され、政界入りへの待望論が高まりました。

そして、政治経験が全くない中でおととし、当時の保守系最大野党「国民の力」に入党し、大統領選挙の公認候補に選出されました。

選挙戦の時から冷え込んだ日韓関係の改善に意欲を見せてきたユン氏は、去年3月の大統領選挙で当時の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)氏に0.73ポイントの差で勝利し、5月に大統領に就任しました。

就任前のユン氏を知る人たちは、ユン氏が信念を貫く一本気な性格の一方、酒の席が好きで面倒見がよく、慕われていたと話していて、司法試験の直前にもかかわらず友人の結婚の世話に奔走していたというエピソードもあります。

ユン氏は愛犬家としても知られていて、大統領選挙の時の資料によると趣味は買い物に料理、それに散歩や美術館巡りで、第2次世界大戦当時、イギリスを率いてナチス・ドイツとの戦争を勝利に導いたチャーチル元首相を尊敬する人物としてあげています。

今回の日本訪問に同行する12歳年下のキム・ゴニ夫人とはユン氏が51歳の時に結婚しました。