長崎市 田上富久市長 今期限りで政界引退の意向表明

被爆地・長崎の市長として国内外で平和や核兵器廃絶を訴えてきた田上富久市長が来年4月の市長選挙に立候補せず、今期限りで政界を引退する意向を明らかにしました。

長崎市の田上市長は12月9日に開かれた市議会の本会議で「今期を機に、長崎市長としての立場を離れ、5期目を目指さない決断をした」と述べ、任期満了に伴って来年4月に行われる次の市長選挙には立候補しない意向を明らかにしました。

その後、記者会見を開き理由について「私はまちづくりは10年単位で考える必要があると、常々、申し上げてきた。これから本格的に始まる新しいステップも少し時間のかかる作業になると思う。であれば、それは新しいリーダーのもとで進めるほうがいいと考えた」と説明し、今後の活動については未定としながらも、今期限りで政界を引退する意向を明らかにしました。

田上市長は、五島市出身の65歳。

九州大学を卒業した後、昭和55年に長崎市役所に入り、統計課長などを務めました。

そして、平成19年に当時の市長が暴力団員に拳銃で撃たれて死亡したことを受け、市長選挙に立候補して初当選し、現在4期目です。

在任中は、被爆地・長崎の市長として、ことし6月にオーストリアで開かれた核兵器禁止条約の締約国会議に出席するなど国内外で平和や核兵器廃絶を訴えたほか、西九州新幹線の開業にあわせた長崎駅周辺の開発など長崎のまちづくりに取り組んできました。

田上市長は記者会見で「今月に入って少し集中して考える時間が持てたので、その中で先ほどお話しした考えに至って最終決断をした。私は基本的に長崎ファンだと思っているが、この素晴らしい町の市政の舵取りを16年間も任せていただいたことを本当に光栄だと思うし、そのことについて市民のみなさんに感謝している」と述べました。

長崎市民は

長崎市の田上市長が来年の選挙に立候補しない考えを明らかにしたことについて、市民の間では残念がる声や次の市長に期待する声などが聞かれました。

このうち、80代の男性は「70代まで市長をやると思っていたので、まだ若いし、やめるのは残念です」と話していました。

70代の女性は「田上さんは20年くらいは市長を続けると思っていたので潔いと思いました。次の人に新しい長崎を作ってもらいたいので、やめることはよいと思います」と話していました。

19歳の男性は「『今までお疲れさまでした』と伝えたいです。小さいころから市長は田上さんで、学校の卒業式の挨拶でお世話になったり、身近な存在でした。次の市長には、西九州新幹線の開業を生かしてもっと長崎を盛り上げられる人になってもらいたいです」と話していました。

60代の女性は「最初、田上市長が市長になったばかりのときはいいなと思ったが、何回か当選するうちにもっと長崎のことをよくしてほしいという気持ちがありました。区切りを付けたのはいいと思います」と話していました。

被爆者団体 川野議長「可もなく不可もなく」

被爆者団体の1つ「長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会」の川野浩一議長は「田上市政はひとことでいえば、可もなく不可もなくという感じがした。田上市長は8月9日の長崎原爆の日の式典では国会議員や総理に対して厳しいことばをかけるなど、言うべきことは毅然として言ってきた。一方で、実行力の面では少し問題があったかもしれない」と評価していました。

そのうえで「広島や長崎で多くの人が苦しんだことや、同じことを決して繰り返してはならないことを次の市長にしっかりと引き継いでいただきたい」と話していました。