ロボコンで活躍 高専に企業からも熱視線 求人倍率24倍!?

空中に舞う紙飛行機。機械から発射されるたびに体育館に響き渡る声援と歓声。
学生がみずから製作したロボットの技術力やアイデアを競う「ロボコン」。この会場でスポットライトを浴びるのは「高専」の学生だ。
19年ぶりに新設される動きもあり、経済界からも熱い視線が注がれている。
なぜいま「高専」なのか。
(金澤志江)

なぜ高専に進学?

高等専門学校、「高専」をことし3月に卒業し、現在はイギリスに留学中の板橋竜太さん。
在学中にみずからベンチャー企業を立ち上げた。

視覚に障害のある人のために、印刷物の画像をスキャナーで読み取って点字に変換するサービスを展開している。

そもそも進学先に高専を選んだ理由は、ものづくりへの興味だった。
中学2年生の夏、マイクロコンピューターやタブレットを学校に持ち込んで、Wi-Fiの強度を調べる実験に参加しないか、とパソコンに詳しい先輩から誘われた。
その時初めて、プログラミングの世界を知り、テキストを打つだけで自分のソフトウエアを作ることができることに刺激を受けたという。

昼休みには所属している放送部で機材のカメラをいじるなど、機械を触ることは元々好きだったが、実験をきっかけに独学でプログラミングの勉強を始めた。

進路を考える時期になり、専門的に学べる場所を探している時に、高専の存在を知った。両親と見学に行き、プログラミングに特化して技術を習得できる環境が整っていると感じて、入学を決めた。

機器が充実していることはもちろん、大学受験のための勉強に時間を取られることなく5年間自分の興味のあることに打ち込めるところが魅力だった。

身近に高専に進学した先輩はおらず、周囲からは「高専って何?」と聞かれることが多かったという。

「高専って何?」

高専はどんなところなのか。
国立51校、公立と私立がそれぞれ3校。全国に57校ある。

5年間の一貫教育で、卒業後は就職するケースと、2年間の「専攻科」に進むか、大学へ編入するケースに分かれる。
国立高等専門学校機構によると、国立では約6割が就職、約4割が進学・編入する。

特徴は「自由な授業」。大学のような位置づけで、学習指導要領にしばられないほか、教える側も教員免許を必要としないため、博士課程を修了した専門家などが指導にあたる。

授業は実践を重視

ずらっと並ぶコンピューター。学生が1人で何台も操る。

東京・八王子市にある東京工業高等専門学校、「東京高専」。冒頭の板橋さんの母校でもある。
1年生は化学の実験やプログラミングなど実際の作業を通じてすべての学科の「入門編」を学び、2年生からは専門を決める。
4年生になると社会課題を解決するために身につけた技術をどう生かすか、さらに実践的な授業が行われる。

例えば、「夏場、道路の植え込みのせん定をどうするか」。熱中症の危険もあり、人手不足もあいまって地域の困りごとになっていた。学生は、人の手に変わる機械の開発に取り組み、現在は道路での試験運用に向けて改良中だ。
こうした授業で開発した機械やサービスが、企業で実用化されるケースが増えている。

また、学生が参加するコンテストも大きな役割を担っている。

その1つに、全国の高専が参加してプログラミングの技術を競う「プロコン」がある。これに向けて学年混合でチームを作り、アイデア出し、製作、プレゼンまでを徹底的に行う。ここで学生たちはアイデアを形にする、より実践的な技術を身につけていくのだ。

板橋さんの起業の最初のきっかけになったのもこのコンテストで、放課後、部活動として仲間と課題に取り組んだ成果を出品し、それを評価されたことが、実際の事業展開へとつながった。

ものづくり大国として

高専の歴史は、ものづくりを柱とする日本の経済成長の流れと重なる。
第二次世界大戦後は、造船、鉄鋼、電気機械、自動車などさまざまな製造業が成長を遂げた。産業界から技術者を育成してほしいという要請をうけて、1962年に設立されたのが高専だった。

しかしその後、バブルの崩壊や世界金融危機などによって日本経済は停滞。それと同時にものづくり大国としての日本の地位も低下した。近年は回復基調にあるものの、コロナ禍では世界的半導体不足のあおりを受けた。

こうした事態の打開に向け、ものづくり大国再興のため、優秀な人材が欲しいという企業から、今再び、高専に熱い視線が注がれているという。

求人倍率24倍も!?企業からの熱視線

半導体メーカー大手のルネサスエレクトロニクス。

半導体を安定的に供給するためには人材の確保が急務だとして、ことし9月に高専生を採用するためのプロジェクトを立ち上げた。
担当者は「専門的に知識や技術を学び、即戦力になる高専生は期待が大きい。工場がある地域を中心に採用を強化しようと各高専をまわっているところで、見学会や就職セミナーなども開催しようと動いている」と説明する。

もともと希望者のほぼ100%の就職を実現してきた高専。
高専機構によると、特にこの3年間は国立高専卒の求人倍率は24倍を超えているという。

採用に向けて長年、高専にアプローチし続けてきた企業もある。
ソフトバンクは、ネットワークやシステムのエンジニアとして毎年一定数を採用してきたが、ことし4月には、昨年度の2倍にあたる約20人の高専卒業生を迎えた。
高専を卒業した先輩社員の仕事を知ってもらうためのワークショップを初めて開催し、採用活動を強化している。


(ソフトバンク 人材採用部 加藤義大 部長代行)
「高専に入学するのは15歳人口の1%だけと聞くし、希少な人材だ。5年間の学びで、エンジニアスキルをオールマイティーに持っているうえ、何より自分たち自身の興味でスキルを磨いていく人が多いのが特徴だと思っている。常に新しい情報キャッチアップしながらものづくりを追求する高専生は、求める人物像に合致している」

高専を新たに設置する動きも出てきている。

2023年春、徳島県に起業家の育成を目的にした私立の「神山まるごと高専」が開校する。開校にあたり個人や32の企業からあわせて25億円を超える寄付が寄せられたほか、学生の奨学金の基金にも企業から55億円相当の支援がされている。高専の新設は実に19年ぶりのことだ。
また滋賀県も2027年春に県立の高専を設置する方向で検討を進めている。

国は、今年度の補正予算案に高専生の起業を支援する予算、約60億円を初めて盛り込んだ。その技術力で社会課題の解決につながる新たなイノベーションを起こしてほしいと期待している。

講師の確保が課題

高専側も地域ごとに特徴を打ち出す戦略で、さらなる進化を目指す。

九州・沖縄の高専9校は「半導体産業」に貢献できる専門人材の育成を念頭に、地元の企業や大学、国などと新たな枠組みを設け、新しいカリキュラムを順次スタートさせている。

また、「サイバーセキュリティー」については高知高専、「ロボット」は東京高専など、各分野に特化した拠点校を指定した。

一方、高専にとって今課題となっているのが、講師陣の確保だ。優秀な人材を育成するためには、最先端の知識や技術を持つ講師の布陣が欠かせない。しかし時代の変化に対応できるレベルの高い講師をそろえるのはそう簡単ではないのが現状だ。

そこで高専機構はことし、転職サービスなどを手がけるIT企業のビズリーチと協定を結び、ITなどの技術者を講師として紹介してもらったり、NECから社員をサイバーセキュリティーの講師として継続的に派遣してもらったりする取り組みを始めた。

“オタクであれ”高専生

冒頭に紹介した、高専から起業家の道を歩み始めた板橋さんに卒業生として、高専の魅力について改めて聞いてみた。


(TAKAO AI 板橋竜太 代表取締役)
「いわゆるオタクと呼ばれる人が高専で1番強い。そういう技術が好きな人がピュアに自分の関心事に取り組めるというのが本質かなと思います。突き詰めて取り組んでみて、何か社会課題やニーズに当たると『この技術をこう応用できるよね』『これで解決できるよね』となっていくんだと思います」

経済界や行政、地域からも注目を集めている高専。
そうした要請に応えながら、それぞれの学生が突き詰めた興味の先に新たな日本のものづくりの姿があるのかもしれない。

ネットワーク報道部記者
金澤 志江
2011年入局。仙台局や政治部などを経てネットワーク報道部へ。気になるテーマを幅広く取材中。