「要支援者名簿」
原発避難者の登録進まず

東日本大震災を教訓に自力での避難が難しい人を支援しようと、市町村に名簿の作成が義務づけられましたが、原発事故の影響などで住民票を移さずに避難している多くの人がこの名簿に記載されていないことがNHKの取材でわかりました。
住民票が移っていないと行政の把握が難しいことが背景にあり、専門家は避難者の高齢化が進む中、住民票を移したかどうかにかかわらず支援ができるよう制度の見直しが必要だと指摘しています。

東日本大震災で多くの高齢者や障害者などが亡くなったことを受け、要介護認定を受けた人や障害がある人など避難の際に支援を必要とする人=「要支援者」の名簿の作成が市町村に義務づけられました。

しかし、原発事故の影響で住民票を元の自治体に残したまま避難している多くの人が、この「要支援者名簿」に記載されていないことがNHKの取材でわかりました。

福島県から全国各地に避難を続けている人は、2月8日の調査時点で2万8505人にのぼり、将来の帰還などを見据え住民票を避難先に移していない人も少なくありません。

しかし、避難者が多く住む自治体のなかには、住民票を移していない人が「要支援者名簿」に登録されていないところがあります。

このうち、震災直後に全国でもっとも多くの避難者を受け入れていた新潟県では、現在も2100人以上が福島県から避難を続けていて、新潟県の独自のアンケート調査によりますと、回答した避難者のおよそ半数の世帯が住民票を移していないということです。

しかし、避難者を受け入れている全国の主な自治体のなかには、住民票を福島県内から移していない人が「要支援者名簿」に登録されていないケースも多くあり、自力での避難が難しい人が災害時に支援を得られないおそれがあります。

原発事故の避難者の支援の在り方に詳しい茨城大学の原口弥生教授は「事故から10年がたって避難者は高齢化し、家族を亡くし一人暮らしになった人も多い。名簿の活用で災害時に周囲の助けが得られれば心強く、原発避難者特例法が定める、避難先の自治体が行うべき業務として、要支援者名簿の案内を新たに組み込むなど、制度の見直しを検討すべきだ」と指摘しています。

「名簿があれば安心」

福島市から避難をしてきた服部秀子(87)さんは、新潟県の弥彦村で娘夫婦とともに暮らしています。

新潟県に避難する前に患った病気の影響で左腕を失い、身体上の障害があるとして肢体不自由2級の認定を受けています。

いまから6年ほど前、新潟県内の別の自治体に避難してきた際は住民票は福島市に残したままでした。その避難先の自治体からは「要支援者名簿」への登録の案内はなく名簿の存在さえ知らなかったと言います。

しかし、4年ほど前に弥彦村に引っ越し住民票を福島市から移したところ、村から名簿への登録の案内が来たということです。

服部さんは「体が動けなくなったときは、名簿があれば安心だと思います」と話していました。

また、娘の武藤洋子さんは「母は事故で避難した10年前の70代のときとは体力も全然違う。最近大きな地震もあり、母が一人だったら避難できただろうかと思った。こういうときに名簿があって近所や行政の方と一緒に逃げられたら安心だ。しかたなく避難している人もたくさんいるので、住民票を移していなくても行政の支援はひとしく受けられたらうれしい」と話していました。

「要支援者」の把握に悩む自治体

自治体が避難者に関する情報を把握するには、住民基本台帳のほかに、国が東日本大震災のあと運用を始めた「全国避難者情報システム」を活用する方法があります。

全国各地に避難した人の居場所や連絡先の情報を関係機関が共有することで、避難元の自治体から税金や保険料の減免など支援の情報を継続的に届けられるようにするのがこのシステムのねらいです。

しかし、このシステムに載っている避難者の連絡先をもとに「要支援者名簿」への登録を案内することについて、多くの避難先の自治体が難しいという見方を示しています。

もともと「全国避難者情報システム」は避難元の自治体が避難者に向けた支援の情報を発信することを目的につくられました。

そのため、避難先の自治体が「要支援者名簿」への避難者の登録という、本来とは異なる目的にシステムを活用する場合、個人情報保護の観点から問題となるおそれがあるといいます。

こうした中福島県などからおよそ150人が避難している新潟県新発田市では、町内会の協力を得て名簿に載っていなくても支援が必要な人がいないか把握するよう努めています。

新発田市の市民まちづくり支援課中山秀貴係長は「避難者の皆さんが求めるサービスを住民票あるなしにかかわらず提供できればいいが、現状ではそうなってはおらずじくじたる思いだ。法律の裏付けが整備されれば支援の幅が広がるのではないかと思う」と話していました。

「要支援者名簿」とは?

全国で「要支援者名簿」を作るきっかけとなったのが東日本大震災です。

内閣府によりますと、東日本大震災で亡くなった人のうち65歳以上の高齢者の割合はおよそ6割を占めているほか、被災した人のうち障害のある人の死亡率は、そうでない人のおよそ2倍に上っているということです。

そこで、災害弱者とも呼ばれる自力での避難が難しい要支援者の名簿の作成が震災後、市町村に義務づけられました。

この名簿には避難に手助けが必要な人の住所や連絡先などが記載されていて、警察や消防、民生委員などと共有することができます。

通常、市町村が一定の要件を満たした要支援者に案内を送り、同意が得られた場合に名簿に登録することになっています。要件は市町村によって異なりますが、多くの場合は高齢者だけの世帯であることや、要介護が3以上、身体障害の等級が2級以上などといった点をもとに対象者が選ばれます。

ただ、この要件に当てはまる人を市町村が絞り込む作業は、通常、住民基本台帳の情報をもとに行われます。このため、原発事故による避難などが理由で住民票を移していない人については、個別に案内を送ることが難しく、たとえ避難に手助けが必要であっても、名簿に登録されていない現状があるとみられます。

なぜ 住民票を移さないのか?

原発事故などの影響で新潟県で避難を続けている人に、県が去年11月から12月にかけて独自に行ったアンケート調査によりますと、回答が得られた292世帯のうち住民票を現在、住んでいる市町村に移していない世帯は、47%にあたる137世帯だったのに対し、住民票を移した世帯は42%にあたる123世帯と、半々の結果となっています。

一方、住民票を移していない理由について尋ねた質問では、
移さなくても生活上支障がないからと答えたのが37%にあたる61世帯、
いずれ避難元に戻って生活するからが30%にあたる50世帯、
住民票を移すことで福島県が行っている子どもの医療費の補助が受けられなくなるからと答えたのが21%にあたる34世帯などとなっています。

将来の帰還を見据えて今も住民票を移さずにいる人が少なくないことがうかがえます。