台頭する“グローバル・サウス” 日本の外交戦略は

グローバルサウスを狙え

「グローバル・サウス」
国際社会で影響力を増している新興国や途上国を指すことばだ。日本は「グローバル・サウス」との関わりをG7広島サミットの主要テーマに掲げた。
なぜ、いま「グローバル・サウス」なのか。極秘文書も紐解き、日本の外交戦略に迫る。
(岩澤千太朗、森田あゆ美)

明記されなかった幻の金額

G7広島サミット初日の5月19日。
ウクライナ情勢に関する討議を終え、首脳らはその成果をまとめた声明を発表した。

写真:G7サミット首脳たちの議論

私たち取材班は、ロシアから侵攻を受けているウクライナに対し、これまでG7が支援を行ってきた金額が明記されているかどうか、注目していた。
案の定、その数字は記されていなかった。

なぜ、ここに注目したのか。そして、なぜ金額が記されないと予想したのか。
私たちは取材の過程で「極秘」とされる声明の原案を入手。
そこには、G7各国が人道支援や復旧支援に貢献してきたことをアピールするため、具体的な金額を記すことを検討した形跡があったからだ。

しかし、注釈に「具体的な金額を示すことに反対」という文言があった。
各国との水面下の調整で出された反対理由も付記されていた。

「G7として何億ドルもウクライナを支援したと自慢する話ではない」
「『グローバル・サウス』には十分支援できていない中で、G7はウクライナばかりを支援しているという印象を与える」

G7が「グローバル・サウス」に配慮したことがうかがえる内容だ。
ここでも出てきた「グローバル・サウス」。
サミットの取材の中で、何度も耳にしたキーワードだった。

グローバル・サウスとは

そもそも「グローバル・サウス」とは何か。
実は、明確な定義はない。
冷戦時代に「第三世界」と呼ばれていた東南アジアやアフリカ、中南米などの新興国や途上国を指すのが一般的だ。
外務省幹部は「もともと先進国を意味する『グローバル・ノース』と対をなすことばとして使われていた。南半球だけではなく北半球の国も含まれる」と解説する。

図:グローバル・サウス 中南米、アフリカ、東南アジア

狙いを定めた背景は

政府が「グローバル・サウス」ということばを積極的に用いるようになったのは、去年の秋ごろだ。

ロシアの侵攻が長期化する中、欧米側にもロシア側にもつかない中間的な立場をとる国の存在感が高まってきていた。

広島サミットの議題を検討する過程で、こうした国々へのアプローチにも焦点をあてて議論する方向性が定まってきたのだという。

写真:インドネシアで行われたG20の会合

サミットに深く関わった外務省関係者のひとりは、去年11月にインドネシアで行われたG20の会合が重要な転機になったと指摘した。G20は、西側諸国だけでなく新興国なども含まれる枠組みだ。
「ロシアも参加したG20で、議長国のインドネシアが成果文書を取りまとめる際、うまく調整した。インドやブラジルも口を出したようだ。ロシアがG7の言うことを聞かない中で『グローバル・サウス』の力を無視できないと分かった」

さらに、ある外務省幹部は、こう解説した。
「ウクライナ情勢をめぐる国連総会決議の投票で世界が白、黒、グレーの3つに分かれていることが目に見えた。グレーの国もロシアを全面的に支援しているというわけではないので、こうした国と『ここまでは一緒だよね』という部分を広げていく努力が大切だ」

また、別の幹部は、中国の外交戦略によって、G7側は戦略の練り直しを迫られたと漏らした。
「G7は新興国や途上国に対し、価値観や民主主義、人権を踏み絵にする姿勢がやや強かった。これは逆効果だった。中国の『西側は民主主義を押しつけて説教をするが、中国が重視するのは、まず貧困を解決して国際秩序を安定させること』というストーリーが説得力をもって広がっていった」

インド重視 サミットにも招待

「グローバル・サウス」を重視する方針を決めたG7議長国・日本。
サミットに向けて、環境整備を進める中で特に意識したのがインドの存在だ。

経済成長が著しく、ことし、G20の議長国を務めるインドは、「グローバル・サウス」の代表格として、存在感を増していた。

写真:「グローバル・サウス」を対象にしたオンラインサミット

1月、インドは「グローバル・サウス」を対象にしたオンラインサミットを開催し、120か国以上が参加した。

こうした中、総理大臣の岸田は、サミット開幕前の3月、インドを訪問。

写真:握手する岸田首相とモディ首相

首相のモディと会談し、サミットに正式に招待した。

そして、会談後、記者団に対し、インドに加えインドネシアやブラジルなど8か国の首脳をサミットに招く方針を表明した。8か国のうち、オーストラリアと韓国以外は、東南アジアや南米、アフリカなどの地域に影響力を持つ、「グローバル・サウス」と言える国々だ。

そして岸田は、「グローバル・サウス」の国々が直面する課題を念頭に、こう力を込めた。
「サミットでは法の支配に基づく国際秩序を守り抜く強い意志を示すとともに、エネルギーや食料安全保障、気候変動、保健、開発といった課題への対応の議論を主導したい」

インドで招待国を発表した演出にも、「グローバル・サウス」を重視する日本政府の姿勢が垣間見えた。

日本の戦略 視点① 最大公約数を

サミットで「グローバル・サウス」の国々と何を議論するのか。

外務省は招待国と討議する議題について慎重に検討を進めた。
これについて、外務省関係者はこう打ち明けた。
「『グローバル・サウス』に対してG7が『欧米とロシアのどっちにつくのか』と“上から目線”の先進国として映らないよう意識した」

特に重視したのが2つの視点だ。
第1の視点は、「グローバル・サウス」と共通する価値観を探ること。

「グローバル・サウス」の国々は歴史的・経済的・軍事的なつながりから、ロシアや中国と一定の関係を保ち、重視する国も多い。
また、G7と中ロのどちらにもくみしないことで、双方から支援などを引き出そうという、したたかな戦略を描いているとの見方もある。

こうした国と一致できる共通の価値観は何か。
「途上国でも否定できない『法の支配』や『国連憲章の順守』を訴えようと考えた。一致したメッセージを出すために『民主主義』とか『ロシアの非難』ではなく、最大公約数として共通するものを見極めて投げかけた」

日本の戦略 視点② テーマ設定と成果文書

第2の視点は、具体的に議論する内容を「食料安全保障」に設定したこと。

「『グローバル・サウス』にとっては、欧米でもロシアでもどっちでもいいから、ウクライナ情勢を背景とした食料危機で何をしてくれるのかということが大事。G7は『グローバル・サウス』が抱える問題への具体的な取り組みを示す必要があった」(外務省関係者)

こうした戦略のもと、日本政府は水面下で食料安全保障を扱いたいと各国に打診。
これに対し「歓迎する」などといった回答が得られたという。

写真:G7サミットでの議論

そして、サミットではこうした国とともに成果文書を発表する見通しが立った。
事前の成果文書の文言調整では、ロシアの伝統的な友好国であるインドへの配慮を怠らなかった。

「難しかったのはロシアをめぐる表現だ。インドはロシアを絶対に非難しない。G7だけなら『ロシアの侵略による価格の高騰』と書けるが、そうはいかなかった。一致したメッセージを出すことを優先した」(外務省関係者)

こうした調整の結果、成果文書ではロシアを名指しせず、ただひと言「ウクライナにおける戦争が世界中で進行中の食料安全保障の危機をさらに悪化させた」と記された。
こうして、総論では法の支配や国連憲章の重要性を確認し、各論では食料安全保障で連携を進めるという方向性が固まった。

“ウクライナだけではない”

そして、サミットの本番。

写真:岸田首相とゼレンスキー大統領

ウクライナの大統領・ゼレンスキーが急きょ対面で参加することになった。
このため、討議の流れがウクライナの議論一色にならないよう特に配慮したという。

事前の調整で、グローバル・サウスの中からは「G7は侵攻を受けるウクライナへの支援には熱心で、新興国や途上国のことを後回しにしている」という声があったからだ。

サミットの議論で、こうした不平不満を表出させるわけにはいかない。

外務省関係者は、こう説明する。
「“ゼレンスキー祭り”にならないよう気を遣った。G7各国もウクライナ情勢だけでなくほかの地域の問題にも触れ、ゼレンスキーの大演説だけにならないよう時間も配分した。参加国もアフリカの話をした国もあったし、東南アジアのことを話した国もあった」

あの手この手でアプローチ

さらに、日本政府は、情報発信の面でも、「グローバル・サウス」へのアプローチを図っていた。
サミットでは、日本のメディアのほか、G7各国などから大勢の報道関係者が訪れた。

この中に、外務省が、日本への理解を深めてもらおうと招待した報道関係者の姿があった。アルゼンチン、カザフスタン、ケニア、マレーシア、フィリピン、スリランカなどの記者やテレビクルーだ。

外務省幹部は「あえてサミットの参加国ではない、『グローバル・サウス』を含む国の記者たちを重点的に呼んだ」と話す。

写真:海外からの報道関係者

期間中に取材した記事や映像は各国でこれまで50本以上が発信されている。サミットや原爆資料館などを取材した記者からは、次のような声があがったという。
「人生で見てきたものの中で、これほど強く、重い感情を与えてくれたものはない」
「東アジア情勢の取材のため、再び日本を訪れたい」

サミット閉幕後の評価は

日本政府は、「グローバル・サウス」を重視した戦略の結果をどう見ているのか。
「サミットでは『G7は説教ばかりだが中国はカネをくれる』という不満を正面から受け止めた。食料やエネルギー、気候変動などについてみんなで議論を積み重ねるというメッセージを『グローバル・サウス』も受け止めてくれたと思う」(外務省幹部)

一方、冷静かつ客観的に現状を分析する意見もあった。
「『グローバル・サウス』とは良い議論ができた。ただ、インドやベトナムはロシアと一定の関係があるため、『ロシアから原油を買わない』など具体的な行動に反映させることは簡単ではない」(別の外務省幹部)

ブラジルのルーラ大統領

実際、ブラジルの大統領・ルーラは、サミット閉幕後の記者会見で、ウクライナへの武器の供与を続けるアメリカ大統領・バイデンを「和平について何も言及していない」と非難。ロシアへの対応をめぐる欧米各国との温度差が指摘されている。

今後の「グローバル・サウス」との関わりは

ロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、G7の思惑通りに物事を進めることがいかに容易ではないかが浮き彫りになっている。
今後も「グローバル・サウス」の存在感はますます高まることが見込まれる。
日本は各国の事情に応じた支援を進めながら関係強化を図る方針だが、各国にもそれぞれ思惑があり、対応は一筋縄ではいかないだろう。
「グローバル・サウス」各国が直面する課題の解決にいかに伴走し、間合いを詰めていくのか。
日本外交の真価が問われている。
(文中敬称略)

政治部記者
岩澤 千太朗
2016年入局。大阪局、千葉局を経て政治部。外務省クラブで中東やアフリカ地域を担当。朝ドラの主人公「万太郎」ゆかりの地の訪問を検討。
政治部記者
森田 あゆ美
2004年入局。佐賀局、神戸局などを経て政治部。自民党や外務省担当を経て、現在は2回目の野党クラブ。