コロナに感染 療養中の投票は

突然、新型コロナウイルスへの感染が判明。
もしも、それが選挙期間中だったら投票はどうすればいいのか?
その「もしも」に直面した記者は棄権を余儀なくされた。
衆院選を前に、外出できないコロナ患者の投票権をどう確保するか、課題を探った。
(坂井一照)

まさかの感染判明 発熱38度超

「残念ながら、陽性でした」
数時間前に受けた検査結果を告げる電話越しの医師の言葉に頭の中が真っ白になった。

6月29日(火)
この日、私は朝から38度を超える発熱やけん怠感があった。
病院で、診察とともに、新型コロナウイルスの検査を受けた結果、感染が判明した。

その日のうちに、保健所から電話があった。
翌日まで自宅で療養し、2日後の7月1日から、東京都が指定するホテルで療養するよう指示を受けた。

週末の投票どうする?

翌30日(水)
熱や体のだるさが残る中、翌日からのホテル生活について考えていた時に気がついた。

「今週末(7月4日)は東京都議会議員選挙の投票日か。隔離された中でどうやって投票するのか」

政治記者として、選挙の投票には欠かさず行こうと心がけていた。
マスクの着用や手指消毒の徹底、会食は行わないなど、感染対策にはかなり気をつけていたので、まさか自分が感染するとはつゆほども思わなかった。投票日当日に投票しようと考えていたので、期日前投票も行っていなかった。

「外出ができない中、どうしよう…」

そういえば、今回の都議会議員選挙で、コロナ患者も郵便投票ができるようになったというニュースを思い出した。

早速、選挙管理委員会のホームページで調べてみると…
「投票用紙の請求期限 令和3年6月30日(水)17時まで(必着)」

今は…30日午後。締め切り間際だ。もうどうやっても間に合わない。期待は打ち砕かれた。
事実上、棄権が決まった。

どうすれば“郵便投票”できる

「郵便投票」。正式には「特例郵便等投票」という。

これまでは、体の不自由な人などに対象が限られていたが、先の通常国会で、法律が成立し、新型コロナウイルスに感染して自宅やホテルで療養中の人なども、郵便での投票が可能になった。

選挙の公示・告示の日の翌日から投票日までの期間に、外出自粛要請を受けて療養する人は、この制度を利用できる。法律が施行されたのは、6月23日。都議会議員選挙の告示の2日前だった。

投票までの流れは、以下の通りだ。

①投票を希望する人は、まず投票用紙の入手が必要
選挙管理委員会から取り寄せたり、ホームページからダウンロードしたりして、投票用紙の請求書を入手する。これに必要事項を記入し、投票日の4日前までに、保健所からの外出自粛を求める書面を添えるなどして、選挙管理委員会に郵送する。

②投票用紙と封筒が送られてくる

③投票用紙に候補者名を記入して、指定の期日までに到着するよう選挙管理委員会に郵送

④選挙管理委員会に届いた投票用紙は、投票日に投票所で投じられた票などとともに開票

今回の都議会議員選挙では、郵送の際に、封筒をファスナー付きの透明ケースに入れて、表面を消毒し、同居人や知人に投かんを依頼することを求めるなど、徹底した感染対策がとられた。

療養ホテルで投票も…

コロナ禍で、各地の選挙管理委員会では、コロナ感染者の投票機会の確保に苦慮してきた。

ことし4月に行われた衆議院北海道2区の補欠選挙では、札幌市選挙管理委員会が、宿泊療養施設となっているホテルを不在者投票が行える施設として指定した。
参議院広島選挙区の再選挙では、ホテルに期日前投票所を設置する取り組みも行われた。
ただ、札幌市選挙管理委員会は「今回の措置が取れたのは、規模の小さな補欠選挙だったからこそ、スペース的にもマンパワー的にも実施できた」と指摘する。

また、ホテルに期日前投票所を設置しても、ホテルと同じ市区町村に住む人しか投票できないという問題もあった。
さらに、ホテルの投票所では、自宅での療養者の投票には、当然対応できない。
こうした経緯があり地方自治体から要望があったことも踏まえて、郵便投票の対象を拡大する措置が取られることとなった。

利用は2000人のうち80人

実際に、自宅やホテルに療養中の人で、どれくらいが郵便投票を利用したのか。

東京都選挙管理委員会によると、都議会議員選挙でこの制度を利用したのは80人。当時、都内では2000人余りが療養していたとされる。都選管は、多くの療養者が投票を棄権したとみている。私もこのうちの1人だ。

その後の選挙でも、郵便投票の利用は低調だ。

緊急事態宣言が出ている中で、7月11日に投票が行われた那覇市議会議員選挙では、およそ100人の療養者のうち、郵便投票で投票したのは11人。
7月18日投票の兵庫県知事選挙では、療養者で制度を使った人はいなかった。
さらに、8月1日投票の仙台市長選挙でも、1人の利用もなかったという。
そして、8月22日に行われた横浜市長選挙では、41人が利用した。

投票用紙 請求期限が壁に

どうして利用は低調なのか。
もちろん、感染して投票どころではないという事情もある。

そのうえで私は今回の自身の経験から「投票日の4日前まで」となっている投票用紙の請求期限が、ネックの1つになっているように感じた。

なぜ投票日の4日前までなのか。
総務省の担当者によると、有権者のもとに投票用紙が送られてきて、それに候補者名を記入して選挙管理委員会に送り返す、という一連の往復を考えると、手続き上、4日前がギリギリの期限なのだという。
これまでも行われていた、体が不自由な人などを対象にした郵便投票も、投票日の4日前が請求期限だ。

郵便局のホームページを確認すると、通常、同じ自治体内であっても、遅くとも1日前には投かんする必要がある。請求の手続きを進めるためには、期限よりもさらに時間的な余裕が必要と言える。

私のケースでは、感染が確認されたその日のうちには、投票用紙の請求の手続きを行わないといけなかったことになる。この日を振り返ると、38度を超える熱が続き、体力的な余裕はなかった。請求期限のことは知らなかったし、知っていたとしても、対応は極めて難しかったと思う。

実務的にやむを得ないこととは言え、感染が判明する時期によっては、投票の道は閉ざされることとなる。

どうやってポストに行く?

もう1つ私が疑問に感じたのは、1人暮らしなどの人は、ポストにどう投かんすればいいのか。

私が療養していたホテルの1階ロビーには、無料のミネラルウォーターや食料のそばに「東京都議会議員選挙投票箱」と書かれた箱が置かれていた。

入所の際に対応してくれた受付の担当者に聞いてみると、ホテルで療養する人の郵便投票の投かん箱だと言う。入所者がこの箱に、取り寄せた投票用紙を入れれば、担当者が各選挙管理委員会に送ってくれるとのことだった。

一方、自宅で療養している人は、請求も投票も郵送で行わなくてはならない。

想定されていた課題

実はこうした事態は、法律を定める際に、すでに想定されていた。

今回の法整備は、与野党の議論を経て、自民、公明、維新の3党が法案を国会に提出する「議員立法」で行われた。

一連の協議や審議の過程で「投票日直前に感染した場合に間に合わない」とか「突如患者になっても、この制度を知らなければ利用できない」などといった指摘が出されていた。これに対し、法案を提出した自民党などは、対象となる人に、自治体と保健所が連携して周知を図るなどと説明し理解を求めた。

そして法案の採決にあわせて、政府に対し、▼今後も外出自粛時の投票権の確保について長期的視点に立って検討することや、▼実施された郵便投票について検証することなどを求める付帯決議も採択していた。

法律が成立したのは、都議会議員選挙が告示される10日前のことだった。
課題を認識しながらも、コロナ感染者の投票機会を確保するため、都議選に間に合わせることを優先した形だ。

制度周知に難しさ 自分に関係ない?

郵便投票の対象拡大に、各地の選挙管理委員会からは、「コロナの患者の投票機会が拡大されたことは大きな一歩だ」という評価もあがっている。

一方で、制度を周知することの難しさを指摘する声も多い。

都議会議員選挙の対応にあたった、都選挙管理委員会の担当者は振り返る。
「保健所が、感染が判明した人に連絡する中で、選挙のこともあわせて案内してもらうようにしていた。ただ、感染したことによるショックで、選挙のことまで意識が向かわなかったり、体調が悪化している中で複雑な手続きを行ったりしようとする人が多くはなかったのだろう」

ある選挙管理委員会の担当者も、こう語る。
「コロナに感染する予定がわかっている人はいない。あらかじめ誰がこの制度の対象者になるのか、予想できないことが難しい。事前にどれだけ広報しても、『自分には関係ない』と素通りされるおそれがある」

まさに、私も感染前までは、郵便投票の制度を自分事としては捉えられておらず、素通りしてきた1人だった。

手続きのオンライン化も

何か改善できる点はないのか。

選挙制度を所管している総務省は、どう考えているのだろうか。
「投票の機会を確保するため、各選挙管理委員会に留意事項を示すなど情報提供を行うなどしているが、今後、衆議院選挙も控える中で、郵便投票が公正・円滑に行われるよう現場の声も聞きながら有権者に対する啓発など、適切に対応していきたい」

周知、啓発以外に手立てはないのか。
選挙制度に詳しい、日本選挙学会理事長で早稲田大学の池谷知明教授に尋ねてみた。

「コロナ療養者も投票の権利が行使できるようになったことはよかったが、手続きがやや煩雑で、普通の投票に比べるとハードルが高い。最初に行う投票用紙の請求手続きをオンラインでできるようにしたり、ポストへの投かんが難しい1人暮らしの人には宅配業者に取りに来てもらえるようにしたりするなど、簡略化できるところは改善を検討することが必要だ」

衆院選に向けて

感染力の強い「デルタ株」によって、感染は全国的に急速に広まり、8月に入って1日の感染確認が2万人を超える日も出ている。
自宅やホテルで療養している人は、8月18日現在、全国で10万人を超えている。
新型コロナのワクチン接種は進んでいるが、収束は、なお見通せない状況だ。

一方で衆議院議員の任期満了は10月21日で、秋には衆議院選挙が必ず行われる。さらに来年夏には参議院選挙も控えている。

新型コロナウイルスは、いつ誰が感染するか、わからない。
投票の公正さを維持しながら、感染者にも投票の機会をいかに確保していくのか。
“ウィズコロナ”時代の選挙制度へ、不断の改善が求められるのではないだろうか。

政治部記者
坂井 一照
2010年入局。新潟・名古屋・沖縄局を経て去年9月より政治部で厚生労働省担当。デルタ株の感染力の強さにはいっそう注意。