公認めぐる熱い夏
~令和の上州戦争~

衆議院議員の任期満了が10月に迫っている。
与野党が激突する政治決戦を前に、自民党内では「党の公認」をかけた激しい争いが続いている。
真夏の暑さのように激しさを増す公認をめぐる争いの現場。
後編となる今回は、前総理・安倍晋三の出身派閥である細田派と、党の幹事長・二階俊博が率いる二階派が激突する「令和の上州戦争」を追う。
(関口裕也、古垣弘人)

【前編はこちら】山口3区 公認めぐる熱い夏~自民の大物同士ガチンコ~

“保守王国”に異変あり

福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫と、戦後4人の総理大臣を輩出し「保守王国」とも称される群馬。

その県都・前橋市を含む群馬1区では、現職で自民党細田派の尾身朝子が立候補に向けて活動している。

尾身は当選2回。ITコンサルタントなどを経て、平成26年の衆議院選挙で北関東ブロックの比例単独で立候補し、初当選。前回選挙は、群馬1区から立候補して2回目の当選を果たした。父親は、財務大臣などを歴任した尾身幸次だ。

この群馬1区にもう1人、立候補に意欲を示している自民党の現職議員がいる。二階派に所属し、前回の選挙で1区からの立候補がかなわず、比例代表に回った当選1回の中曽根康隆。“大勲位”と呼ばれた昭和の宰相・中曽根康弘を祖父に持つ。父は外務大臣を務めた参議院議員の弘文で、政治家一家に育った。

前橋市内では、尾身と中曽根のポスターが並んではられている様子が散見される。

先手を打った安倍

まず動いたのは、前総理大臣の安倍晋三だ。
尾身が所属する細田派は、かつて福田赳夫が旗揚げし、安倍の父・晋太郎も会長を務めていたことでも知られる。そして、総理大臣を退任した安倍は、派閥復帰こそしていないものの、所属議員の支援に精力的に取り組む姿を見せている。

6月25日。
東京都議会議員選挙が告示されたこの日、安倍は、荒川区での応援演説を終えるや否や、新幹線に飛び乗り、群馬に向かった。尾身が開いた集会に出席するためだ。

安倍は、1000人近い支援者を前に、尾身が地元のために着実に活動していると賛辞を送った。そして「この群馬1区は尾身朝子で決まりだ。どうかみなさん、ご安心下さい」と断言した。

このあと安倍は記者団の取材に応じ、尾身が引き続き、自民党公認として群馬1区から立候補する正統性を強調した。

「前回の選挙で、尾身さんは完勝した。活動にも、もちろん全くかしはなく、一生懸命、地元で活動している。尾身さんが公認候補で無くなることはあり得ない」

そして、尾身の公認を前提に、中曽根の処遇についても党本部と県連とで十分に協議し配慮するよう求めた。

「(中曽根)康隆さんも、もちろん優れた人材なので、前回の選挙の時も比例の名簿に我々は登載した。どのような形で議席を守るかについては、本人や県連、党本部でよく協議してもらいたい」

父の地盤を継いで

小選挙区制度が導入された平成8年の選挙以降、自民党は、群馬1区で2人の現職が選挙のたびに小選挙区と比例代表を交互に立候補する、いわゆる「コスタリカ方式」をとってきた。平成8年に最初に立候補したのが尾身の父親の尾身幸次、次の平成12年に立候補したのが行政改革担当大臣などを務めた佐田玄一郎。
必ずもう1人が比例代表に回り、当選を重ねていった。尾身幸次は、民主党政権が誕生した平成21年の選挙で落選し、政界を引退した。

父の落選から8年後の前回の選挙で群馬1区から念願の当選を果たした尾身。「尾身家の地盤」として、小選挙区を簡単に明け渡す訳にはいかないのだ。
安倍に続いて記者団の取材に応じた尾身は改めて決意を示した。

「安倍前総理から、自民党公認というお墨付きをいただいた。公認候補として群馬1区で勝ち抜いていくため、全力で頑張りたい」

祖父の遺志

対する中曽根。

小選挙区での立候補、そこにはある特別な思いがある。平成8年の衆議院選挙での小選挙区制度の導入に伴い、祖父・康弘は、党執行部から比例代表の終身1位で処遇することを確約され、小選挙区での立候補を見送った。

ところが7年後の平成15年。
当時の総理大臣・小泉純一郎は、比例代表の候補者は73歳未満とする党のルールの導入にあたり、総理大臣経験者であっても例外を認めない考えを表明。当時85歳だった康弘は「政治的テロだ」と反発したものの、最終的には立候補を断念。

56年に及ぶ国会議員としての活動に幕を閉じざるを得なかった。この時、幹事長として康弘に党の決定を伝えたのが安倍晋三だった。

孫の康隆は、おととし101歳で死去した「祖父の遺志」を胸に「しっかりと自分の名前を書いてもらって勝ち上がりたい」と繰り返し、小選挙区での立候補に強い思い入れをみせているのだ。

尾身が安倍を招いて開いた会合から、およそ3週間後。
今度は、中曽根の後援会の会合が前橋市内で開催された。
当初は、二階の側近で幹事長代理の林幹雄のみが出席する予定だった。
しかし最終的には、派閥を率いる二階自身が前橋入りすることを決めた。

挨拶に立った二階は、群馬1区での公認の取り扱いについて直接の言及を避けながらも、中曽根が党勢拡大に貢献していると強調し、賛辞を送った。

「党内で競い合っている党員獲得で、中曽根さんは国会議員の中で8番目。中曽根という銘柄にだけ頼っているんじゃなくて、自ら切り開こうという決意の表れだ。若手の中で本当に群を抜いて将来が嘱望される存在だ」

尾身の “チラシ”

そして、このあと挨拶した幹事長代理の林は、ある動きに言及した。

「けさ(公認が)決まったようなチラシが入っていたっていう話を聞きましたが、全然決まっていません。全くのでたらめだ」


実は中曽根が会合を開いたこの日、地元で配られた新聞の朝刊に、尾身側が後援会の広報紙を入れていた。安倍が参加した先の会合の様子を特集し、群馬1区の公認は尾身で決まっていると強調したものだった。

林は、この内容を真っ向から否定した上で、こう続けた。

「次はやはり強い方が選挙区で戦ってもらうというのが道理なんです。そうでしょ。どこかの政党に『2番じゃダメですか』と言った人がいますけど、2番じゃダメなんです。自民党にはランクがあります。調査はきっちりします」

林は、党が実施する情勢調査で、中曽根がほかの立候補予定者と15ポイント以上の差をつければ、公認を決める上で有利になるという認識を示した。

かつての中選挙区時代、福田赳夫と中曽根康弘の総理大臣まで務めた2人の派閥領袖によるトップ争いは、あまりの激しさから「上州戦争」とも称された。
いまの群馬1区は、それになぞらえて、尾身と中曽根による「令和の上州戦争」というわけだ。

野党も”混戦”

一方の野党。自民党どうしの公認争いが続いている群馬1区では、野党側も3人が立候補への準備を進めていて、混戦の状況となっている。

野党第1党の立憲民主党からは2人が立候補に意欲を示しているほか、共産党が公認を決定。今のところ、立憲民主党と共産党との間で候補者調整は具体化していない。

新人の斉藤敦子は、2年前の参議院選挙で群馬選挙区に立憲民主党公認で立候補したが落選。党の群馬県連は去年秋に斉藤を公募で選び、党本部に公認申請している。斉藤は、これまで看護師や保健師として病院で勤務してきた経験を踏まえ、新型コロナウイルス対策の強化などを訴える予定だ。

元議員の宮崎岳志も立憲民主党からの立候補を模索している。宮崎は地元の新聞記者を経て、平成21年の衆議院選挙で群馬1区に民主党の公認候補として初当選。今回、公募で選ばれず、党側に働きかけを続けている。コロナ禍で国民生活は厳しいとして消費税率の引き下げや大胆な現金給付などを主張している。

共産党は新人の店橋世津子を公認候補として擁立する方針だ。店橋は前橋市議会議員を務めたあと、衆参の国政選挙や前橋市長選挙に立候補。いずれも及ばなかったが、この地での政治活動は長い。保育士の経験をもとに子育て支援の充実に力を入れ、コロナ対策では中小企業への支援強化などを訴えることにしている。

細田派VS二階派は ほかにも

細田派と二階派が争う小選挙区は、群馬1区だけではない。

新潟2区では、細田派の細田健一と、旧民主党出身で自民党入りし、二階派に所属する鷲尾英一郎の2人の現職が立候補する構えだ。
ほかに、共産党の新人・平あや子、国民民主党の新人・高倉栄が立候補を予定している。

臆測呼ぶ”安倍・二階会談”

派閥間抗争の様相も呈する中、ある会合が注目を集めた。
6月30日の夜。
東京・赤坂の日本料理店には、側近議員を従えた安倍と二階の姿があった。
関係者によれば、会合は二階が立ち上げた議員連盟の最高顧問に就任した安倍への礼の意味を込めて開かれたものだという。

コロナ禍で酒類の提供自粛が要請されていた折、ウーロン茶を片手に食事が進む中で、話題は、安倍政権時代の思い出話から、自然と次の衆議院選挙へと移っていった。
細田派と二階派が争う群馬1区や新潟2区についても意見が交わされたという。
それぞれの公認についての結論は出なかったとされているが、安倍と二階との直接の会談で、どのような意見が交わされたのか、さまざまな臆測を呼んでいる。

熱い夏はどう結実するか

2回にわたって自民党内の公認争いの現場を見てきたが、同様に調整が必要な選挙区は、依然として10程度に上っている。
そこには選挙のあと、党内での発言力やポストを確保するためには、1人でも多くの議員を取り込みたいという各派閥の思惑が透けて見える。

しかし、新型コロナの感染拡大に歯止めがかからず、内閣支持率が低下する中で、党内では「コップの中の争いに興じている場合ではない」と危機感を募らせる声も出始めた。

衆議院の解散・総選挙は9月以降と目される中、自民党内の「熱い夏」は「実りの秋」に結実するのか。
派閥の思惑はどうあれ、それを最終的に決めるのは、有権者にほかならない。
(文中敬称略・各選挙区の立候補予定者は公開日現在です)

政治部記者
関口 裕也
2010年入局。福島局、横浜局を経て政治部。自民党二階派を担当。
政治部記者
古垣 弘人
2010年入局。京都局を経て政治部。自民党細田派担当。