公認めぐる熱い夏
~自民の大物同士ガチンコ~

東京オリンピックが開幕し、メダルをかけた熱戦が繰り広げられる中、衆議院選挙に向けた戦いも真夏の暑さのように熱を帯びてきた。
複数の閣僚ポストを経験した自民党の“大物”2人が「党の公認」をかけて激しい争いを続けているのが山口3区だ。
そこには選挙後を見据えた派閥の「代理戦争」の様相も。
衆議院議員の任期満了は10月、公認をめぐる争いの現場を追った。
(高橋謙吾、清水大志)

【後編はこちら】群馬1区 公認めぐる熱い夏~令和の上州戦争~

林、ついに立つ

「伝統を守りながら国の今と未来に責任を持ちたい。全身全霊、身を粉にして戦い抜く覚悟だ」

7月15日。2日前に梅雨明けが発表され、夏本番を迎えていた。山口県宇部市のホテルで、元文部科学大臣で自民党岸田派の参議院議員、林芳正が次の衆議院選挙に山口3区から立候補することを表明した。これまで衆院選のたびに立候補を模索し続けてきた林は、晴れやかな表情で不退転の決意を示した。

このホテルは、去年10月、林の「くら替え」を警戒した自民党幹事長の二階俊博が二階派に所属するおよそ20人の国会議員を引き連れて、山口3区の現職・河村建夫の応援に訪れた場所だった。河村は二階派の会長代行を務める幹部。この場で、林を強くけん制したのが二階だった。

「品の悪いことだが、売られたケンカという言葉がある。河村先生に何かがあるということであれば、我々も意を決して政治行動の全てをなげうって挑戦を受けて立つ」

二階の発言は、現職の幹事長による異例の言動として注目を集めたが、
かえって林の支援者の反発を呼び、結束を固めたとも指摘されている。

それから9か月。ついに正式な決意表明に至った。
自民党の現職がいる小選挙区に、なぜ同じ党の参議院議員が「くら替え」を宣言したのか。それは、林にとって決して避けて通れない道だという。

“総理を目指さねば政治家にあらず”

「戦後の歴史をたどっても、衆議院から総理大臣が選ばれている。この国のかじ取りをしていくため、衆議院へのくら替えというハードルを越えなければならない」

記者会見で林はこう強調した。
初代総理大臣・伊藤博文以降、8人の総理大臣を輩出した長州・山口。
山口は、衆参両院ともに自民党が議席を独占し、強い保守地盤で知られる。
26年前、参議院議員に初めて立候補した時、林はあいさつ回りをする中で「総理大臣を目指すつもりがあるなら応援します」と複数の人から言われ驚いた。単に国会議員になるだけでは応援してもらえない山口特有の気質がそこにはあったという。

民主党政権下の9年前。
林は、自民党総裁選挙に参議院議員として初めて立候補したが最下位で落選。このときに痛感したのが衆議院への「くら替え」の必要性だった。そのために今回、林は着々と環境整備を進めてきた。

去年の秋に行われた、山口3区の中で有権者が最も多い宇部市の市長選挙では、みずからの秘書だった元県議会議員を擁立し、一緒に街頭で汗を流して当選につなげた。
ことし6月以降は、選挙区内の後援会事務所を有権者の目に付きやすい場所に移動するなどして、態勢を整えてきた。

また、県議会議員の間でも支持を広げてきた。
林の能力をかねてから高く評価し「くら替え」を後押ししてきた山口県政界の有力者、県議会議長の柳居俊学は、今回、自民党会派に所属する全議員から林を支援する旨の署名を集めた。
7月15日、表明の直前に林が開いた支援者向けの会合で、柳居は、署名入りの推薦状を手渡すパフォーマンスで支持の広がりを誇示。記者団に対し「自民党山口県連」として、林を全面的に支援し党の「公認」の獲得を目指す考えを強調した。

なぜ3区を選んだか

今回、林が選んだ選挙区も注目の的となっている。

記者会見で林は、山口3区内にある宇部市が母親の郷里であることや、支援者からの要請を受けたものだと説明した。ただ、それを額面通り受け止める向きは少ない。

林の出身地は下関市。本来なら下関市を中心とする山口4区が一番の選択肢になるが、4区の現職は前総理大臣の安倍晋三だ。
安倍と林は中選挙区時代の旧山口1区で父親どうしがしのぎを削りつつともに当選を重ねてきた。

中選挙区最後の平成5年の選挙では、故・安倍晋太郎のあとを継いだ晋三と、林の父・義郎が河村も交えて競った経緯もある。
小選挙区が導入された平成8年の選挙以降は、山口3区と4区に分けられ、義郎が比例代表に回り、3区を河村が、4区を安倍が確保していた。しかし、その後も下関市長選挙などを通じて「安倍家」と「林家」は激しく争ってきた。

県連の関係者は「安倍と林が再び全面的に争えば、県連にとって不利益になる。避けなければならない」と地元の事情を明かした。
安倍との直接対決を回避するため、林は、母親の縁がある山口3区を選ぶ結果になったという見方だ。

父の義郎が比例代表に回って以来、20年余りを経て「林家」による小選挙区への挑戦。
「総理大臣になる」という悲願に向けて、林は一歩踏み出した。

迎え撃つベテラン 河村

「誰が出ようと自民党の議席を守らなければならない使命があり、議席を死守するという強い思いで、きたる衆議院選挙に臨みたい」

現職の河村は、林の立候補表明を受け、記者団にたんたんと語った。
河村は中選挙区時代の平成2年に初当選。山口県知事から中央政界に進出し、自民党の総務会長まで務めた田中龍夫の地盤を受け継いだ。田中龍夫は第26代総理大臣・田中義一の長男だ。

平成8年の小選挙区制度導入以降は、山口3区の議席を8回連続で守ってきた。官房長官をはじめ政府や党の要職を歴任し、温厚な人柄で与野党問わず幅広い人脈を築いてきたことでも知られる。地域のためにこれまで汗をかいてきた自負とともに、林の行動に対し、一歩も引かないという強い決意が、静かな口調から感じられた。

河村も、林の「くら替え」の動きを見据え地盤固めに取り組んできた。
ことし3月に行われた、みずからの出身地・萩市の市長選挙では元県議会議員の実弟を擁立し、全面的にバックアップ。林の支援を受けた現職を500票差で破り当選させた。

7月に入ってからは、毎週月曜の朝、宇部市最大の企業である大手化学メーカー、宇部興産の本社前に足を運んだ。宇部興産は、多くのグループ会社を抱え、これまでも自民党の国会議員の選挙を積極的に支援してきたことで知られている。

河村は「自由民主党」と記されたたすきを身につけ、およそ1時間、行き交う社員たちに向けてひたすら手を振り続けていた。
自身こそが地元選出の自民党衆議院議員だと誇示するかのようだった。
河村のようなベテラン議員が選挙前に街頭に立つのは異例とも言え、初心に返って選挙を戦い抜こうとする姿には危機感がにじんでいた。

こうした河村にエールを送る動きも出ている。
林の立候補表明から3日後に宇部市で開かれた、河村主催の政経セミナー。総理大臣の菅義偉や、副総理兼財務大臣の麻生太郎ら自民党の重鎮たちがビデオメッセージを寄せ、河村を激励した。河村は、かつて官房長官として麻生政権を支えた経歴を持つ。

セミナー後、取材に応じた河村は「すべて党に体を預けている。公認されなかったら辞退しますよ」と述べ、公認の獲得に大きな自信を見せた。

今後を占う二階発言

林と河村で争う山口3区をめぐって、ある発言が耳目を集めた。

河村が所属する二階派を率いる幹事長の二階は、林の立候補表明を前にした6月29日の記者会見で、山口3区の取り扱いについて記者団に問われ「現職優先であることは間違いない」と強調した。
そして記者団が「林氏が立候補した場合には処分も辞さない考えか」と重ねて質問すると「当たり前のことだ」と即答した。

自民党では、通常、小選挙区の支部長が衆議院選挙で公認される。山口3区の支部長は現職の河村であり、これに林が対抗することは反党行為にあたるとの考えを示したものだ。
党の選挙対策本部の要綱には「現職の参議院議員が任期中に衆議院議員に公認候補として立候補することは、原則として認められない」という内容も定められている。かつて党の山口県連が林を山口3区の公認候補とするよう要請した際には、このルールに基づいて退けられたこともある。

岸田も参戦

党の重鎮に加え、二階派の全面バックアップを受けて正統性を主張する河村に対し、林が所属する岸田派も支援態勢を構築する。

林が立候補を表明したおよそ3時間後。岸田派会長で前政務調査会長の岸田文雄は「大切な同志で、大切な人材だ。志を同じくする皆と一緒に応援していきたい」と記者団に語り、派閥を挙げて全面支援する考えを示した。

岸田は周囲に「選挙が近づいたら、二階さんと真正面からケンカしないといけない」と常々話してきた。
岸田派と二階派には並々ならぬ因縁がある。

山梨2区では、岸田派に所属する堀内詔子と、二階派に所属し、その後、山梨県知事に転身した長崎幸太郎が長年、議席を激しく争ってきた。

そして、両派の対立を決定的にしたのが2年前の参議院選挙だ。

岸田の地元でもある広島選挙区では、定員2に対し、岸田派の重鎮・溝手顕正に、後に二階派に加わる河井案里も自民党公認で立候補した。その結果、河井が当選した一方、溝手は落選。
河井はその後、選挙違反で有罪が確定し当選無効になった。

普段は穏やかな岸田も、二階派との関係を問われると口調を強めることが少なくない。“ケンカに弱い”と揶揄されることもある岸田にとっては、総理・総裁を目指す上でも、派閥幹部の林を後押しする意味は大きい。それだけに岸田自身が山口3区に入ることも検討しているが、岸田派幹部はその時期の判断の難しさを指摘する。

「タイミングを間違えて入ると、逆に河村さんがかわいそうという空気になりかねない。派閥をあげて林を支援する以上、必ず勝てる戦いをしないといけない。今は林を全力で支える姿勢を見せつつ、二階派の出方を見る段階だ」

立民も公認候補擁立へ

山口3区には、このほか、立憲民主党の坂本史子も党の公認候補として立候補する予定だ。坂本は、東京・目黒区で区議会議員を20年余り務めたあと、生まれ育った山口に帰郷した。前回の衆議院選挙では、現職の河村に挑んで落選したものの、この1年半、街頭演説を繰り返し、有権者への浸透を図ってきた。

林と河村の争いについて、坂本は「自民党が分裂しても、厳しい選挙になることに変わりはない。相手が誰であろうと自分の活動を着実に進めていく」と冷静に話し、最低賃金の引き上げや、農業など1次産業の所得補償を掲げ、国民の暮らしの底上げを目指す方針だ。

広がる岸田派と二階派の争い

岸田派と二階派による争いは山口3区だけではない。
静岡5区では、岸田派に所属する現職の吉川赳と、民主党政権で閣僚などを務めその後、無所属のまま二階派に特別会員として所属している細野豪志が争うことが予想されている。

岸田派の自民党現職に、二階派は対立候補を擁立する構図となる。

岸田派幹部はこう語る。
「二階幹事長が『現職優先』と言っているのは明らかに二枚舌だ。ほかの選挙区では自分たちが何をしているか、何をしてきたか振り返るべきだ」

前回・4年前の選挙で圧勝した自民党は、現職議員の多さの故に、公認をめぐる調整が必要な小選挙区が少なくない。その争いは、派閥間抗争に発展しつつある。
そして、二階が「現職優先」とした発言が、二階派にとって足かせになっている小選挙区も少なくない。

次回は、二階派と前総理大臣・安倍晋三の出身派閥である細田派が争い、令和の「上州戦争」が勃発している群馬1区を伝える。
(文中敬称略・各選挙区の立候補予定者は公開日現在です)

山口局記者
高橋 謙吾
2010年入局。山口局から青森局を経て再び山口局。山口県政を担当。夏の楽しみはかき氷。
政治部記者
清水 大志
2011年入局。徳島局を経て政治部。現在は自民党・岸田派を担当。夏の楽しみは水族館めぐり。