日本がれるシナリオとは
米朝首脳会談のポイント

6月12日に控える米朝首脳会談。北朝鮮の拉致、核、ミサイルの問題に対し、どのような結果がもたらされるのか、関係各国が有利な状況を作り出そうと、外交にしのぎを削っています。日本政府の立場は。そして、恐れるシナリオは何か、整理します。
(政治部外務省担当 辻浩平)

目指すは“包括的な”解決

「拉致・核・ミサイル問題を包括的に解決する」
北朝鮮対応をめぐる日本政府の大きな方針です。2002年に、当時の小泉総理大臣が北朝鮮を訪問し、キム・ジョンイル総書記と結んだ日朝ピョンヤン宣言に基づいています。

文字どおり、拉致・核・ミサイルの問題すべてを解決し、国交正常化の早期実現に向けて、あらゆる努力をすると宣言していて、日本の姿勢は一貫しています。

CVIDってなに?

このうち、核開発問題の解決、つまり非核化を目指す上でキーワードとなっているのは、「CVID」です。Complete Verifiable Irreversible Dismantlementの頭文字を取ったもので、「完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄」と訳されます。少し難しく聞こえるかもしれませんが、本当に核兵器や核開発を廃棄するのか、将来、開発を再開することのない非核化を、国際機関などによる検証のもと、確実に実現させることを目指しています。これは、国連安全保障理事会の決議にも盛り込まれている考え方で、日本政府は、米朝首脳会談をCVIDを実現するための大きな1歩としたいとしています。

また、ミサイルについても同様のCVIDが「あらゆる射程の弾道ミサイル」に対して必要だという立場です。ここで重要なのは「あらゆる射程」という部分。アメリカに届くとされるICBM・大陸間弾道ミサイルだけでなく、日本や韓国を射程に収める中短距離ミサイルも廃棄の対象にすることを求めています。

今度こそ、約束を守って

「なぜ、CVIDなのか」
答えは「過去の過ち」にあります。北朝鮮は、これまで何度となく非核化を約束してきましたが、そのつど、ほごにしてきました。
1994年にアメリカと北朝鮮との間で結ばれた「米朝枠組み合意」。北朝鮮が核開発を凍結する見返りに、アメリカなどが軽水炉型の原子力発電所を建設することで合意しました。しかし、北朝鮮が核開発を再開させ破綻します。その後も、米朝両国に加え、日本や中国などが参加して6か国協議が始まり、北朝鮮がすべての核兵器と既存の核開発計画を放棄するとした共同声明が採択されましたが、約束は守られていません。日本は、合意に基づいて、これまでに軽水炉建設などにかかる費用として4億ドル、日本円にして500億円近くを拠出。

これとは別に、IAEA・国際原子力機関が北朝鮮に派遣した査察官らによる監視活動のためとして、50万ドル、日本円でおよそ5700万円を拠出しています。日本政府は、見返りだけ与えて、非核化は進まなかった「過去の過ち」を繰り返してはならないと考えているのです。

非核化“段階的”望む北朝鮮

一方の北朝鮮は、非核化の意思を示しているものの、その進め方に日本とは違いがあります。
キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は、朝鮮半島の非核化について、「段階的に解決していくことを希望する」と述べています。段階的に進めることで、そのつど、制裁緩和などの見返りを求めていて、非核化が達成されるまでは制裁は緩和すべきでないという日本の立場とは相いれない状況です。
加えて、北朝鮮が重視しているのは、体制の保証と非核化の時期です。

時期について、河野外務大臣は、「アメリカのいまの体制でゴールにたどりつく必要がある」と述べ、トランプ大統領の今の任期が終わるまでを目安として、2020年までに実現すべきだとしていますが、非核化のプロセスや時期は体制保証の問題とも密接に関係していて見通しは不透明です。

日本は蚊帳の外なのか

そして、日本が最重要課題としている拉致問題。

政府は、安倍総理大臣とトランプ大統領との首脳会談などで、繰り返し、拉致問題解決の重要性を伝え、米朝首脳会談でアメリカからも働きかけてもらいたいとしています。

ただ、米朝首脳会談に加え、韓国や中国といった関係国が相次いでキム委員長と首脳会談を行う中、「日本は蚊帳の外に置かれている」という指摘もあります。拉致問題解決のためにも、日本がより前面に出て北朝鮮との直接交渉すべきだというのです。これに対し政府は、「アメリカは国際社会を代表して北朝鮮と交渉している」と位置づけ、批判はあたらないとしています。

一方、日本政府は、「拉致問題の解決には日朝間で首脳会談も含めた直接交渉が必要」としていて、米朝首脳会談の結果を見極めて、具体的な進展につなげたいとしています。

恐れるシナリオとは

日本政府が恐れるシナリオがあります。

それは北朝鮮が非核化への具体的な行動を取らないまま、対話ムードの中、圧力や制裁が緩んでいくことです。トランプ大統領は、6月1日、制裁は解除しないとしながらも、「われわれは仲よくなりつつあるので、もう最大限の圧力ということばは使いたくない」と述べています。「最大限の圧力」という表現は日本とアメリカが北朝鮮に圧力をかける上で繰り返し使ってきた象徴的なフレーズです。アメリカが融和ムードに傾けば、日本だけが「強硬派」として孤立するおそれもあります。

また、核・ミサイル問題が先行し、拉致問題だけが置き去りにされることも警戒するシナリオの1つです。非核化に向けた合意がなされても、拉致問題が解決しないままでは国交正常化や北朝鮮への経済支援は出来ないというのが日本の立場です。
日本が望まない形で非核化に関する合意がなされ、北朝鮮への経済支援だけは求められるのは避けたいというのが本音です。そうした事態にならないよう、安倍総理大臣が、トランプ大統領との会談を短期間に重ねるなどして、日本側の意図をあらゆるレベルでアメリカ側に繰り返し伝えています。
米朝首脳会談をきっかけに拉致・核・ミサイルという北朝鮮の問題が解決に向かうのか、日本政府の働きかけが続きます。

政治部記者
辻 浩平
平成14年入局。鳥取局、エルサレム特派員、盛岡局などを経て政治部。現在、外務省担当。