朝鮮の情報
何が本当なのか

「『瀬取り』は公表の5倍以上」「北朝鮮への肥料・種の流入が増大中」
政府内や各国の大使館などの間で飛び交う情報です。史上初の米朝首脳会談に向けた調整が続く中、日本政府はもちろん、各国が核心情報を入手しようとしのぎを削っています。取材が困難な「インテリジェンス=諜報活動」の世界ですが、米朝首脳会談を前に、未確認情報を含め、北朝鮮をめぐってどのような情報や見方があるのか、現状を報告します。
(政治部官邸クラブ 古垣弘人)

北朝鮮国内、まだ余裕?

北朝鮮の実情は、現地で取材することが基本的にできず、北朝鮮が発表する情報もさまざまな意図が込められていることから、裏がほとんど取れません。実態を把握するのは困難です。

こうしたなか、日本政府は、北朝鮮が対話に積極的になったのは、国際社会が圧力を強めてきたことが理由だという立場を取っています。
政府関係者の多くからは、「アメリカが軍事オプションを排除していないことに北朝鮮は最も脅威を感じている」「制裁によってかなり追い詰められているのは間違いない」などという説明が聞かれます。「食糧事情は厳しく、ことしも日本海での北朝鮮漁船による違法操業が相次ぐ恐れがある」という指摘も出ています。

一方で、外国にある日本大使館の関係者や、日本にある各国の大使館の関係者からは、「北朝鮮に流入する石油の量がここ数か月で増加し、ガソリン価格も落ち着いている」「国内が立ちゆかなくなるのは、次の冬以降だとの分析がある」という情報もあります。

北朝鮮国内の経済や国民生活は、国際社会からの圧力で厳しい状況になっているものの、限界を迎えるまでにはまだ余裕がある可能性もあるというわけです。

瀬取り「公表の5倍以上」情報も

では国連安全保障理事会の制裁決議などもある中で、北朝鮮はどのように物資を得ているのか。主な密輸ルートの1つが、北朝鮮船籍の船舶による洋上での物資の積み替え、いわゆる「瀬取り」と見られます。

国連安全保障理事会の制裁決議で禁止されているため、日本政府は、これまでに自衛隊が発見した「瀬取り」の現場とみられる6例の画像を公表しています。
ただ「未遂のケースも含めれば、公表している5倍以上の数の『瀬取り』疑い事案を把握している」、「この1か月だけで4件以上の『瀬取り』疑い事案があった」などと複数の政府関係者は話しており、「瀬取り」が横行している恐れがあります。

中国は軟化したのか

最大の貿易相手国・中国の対応の変化も注目されます。
「中朝国境から肥料や種子などの流入が増えている」「中国は北朝鮮の口座凍結を解除し始めている」「かつて北朝鮮が漁業権を売っていた海域に向かう中国漁船が相次いでいる」という情報が政府内や外国の政府関係者などからは聞かれるようになりました。

こうした情報が増え始めたきっかけは、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長と中国の習近平国家主席が3月に初めて行った首脳会談でした。アメリカのトランプ大統領は5月21日、ツイッターで、「中国と北朝鮮の国境がだいぶ緩くなり、北朝鮮に流れ込む物が増えているという話がある」と発信しました。

続いて5月22日の米韓首脳会談の際に、トランプ大統領は記者団に対し、「(中国に)少し失望している。キム委員長が、習主席と2回目の会談をしてから態度が少し変わったからだ」と指摘しました。取材で得た情報と、トランプ大統領の発言が符合しており、北朝鮮に対する中国の対応に変化が出ていることがうかがえます。

韓国が“瀬取り関与”の情報は

日韓の足並みの乱れが疑われる情報もあります。
ことし5月3日、東シナ海の公海上で北朝鮮籍のタンカーに韓国船籍のタンカーが横付けしているのを自衛隊が発見。日本政府は、韓国船籍のタンカーが「瀬取り」に関与していた疑いもあるとして、韓国側に現場の画像を示し調査を求めました。
韓国政府は、迅速な対応を約束する一方、5月9日に日中韓3か国の首脳会議が控えていたことから日本政府に対し対外公表をしないよう要請し、日本政府もこれを受け入れました。
しかし、その後、日本のメディアの報道でこの事案が明らかになり、小野寺防衛大臣は韓国側に調査を求めていたことを明らかにしました。

一方、韓国政府の関係者からは、「日本政府は対外公表をしないと約束していたのに、メディアにリークされた」などという不満も出ていました。
この事案をめぐっては、韓国側が、「当該の船舶に確認したところ、違法な瀬取りの事実はなかった」と回答してきたため、日本側もこの説明を受け入れました。

北朝鮮への対応で、日米韓3か国の緊密な連携が重視される中で、「足並みが乱れるようなことはしたくない」という双方の外交当局間の判断があったものと見られます。ただ、複数の日本政府関係者からは、「タンカーの横付けは不自然で未遂事案の可能性が高い」という指摘も出ています。

選挙のある国、ない国で

北朝鮮は、日本、アメリカ、韓国、そして中国、ロシア各国の思惑の違いを突きながら、体制を維持し、秘密裏に核開発などを進めてきました。

日米韓3か国は緊密な連携を繰り返し強調していますが、北朝鮮への対応は国益にも直結するほか、それぞれの国の国政選挙にも影響を与える可能性があることから、自国の利益を優先すれば足並みに乱れが出ることも予想されます。対北朝鮮政策を検討する上で、韓国のムン大統領が米朝首脳会談直後の今月13日の統一地方選挙を、トランプ大統領は11月の中間選挙を強く意識しています。

しかし、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は選挙の洗礼がないほか、中国の習近平国家主席は少なくとも5年、ロシアのプーチン大統領は6年の任期が約束されていて、日米韓3か国のリーダーの時間的な猶予に比べれば、桁違いとも言えます。

外交力が問われている

今回の米朝首脳会談に向けた調整は、通常の外交当局間によるものではなく、情報機関であるアメリカのCIA=中央情報局、韓国の国家情報院が中心になり、日本でも国家安全保障局や内閣情報調査室の幹部が深く関わっていたと指摘されます。

通常の外交当局間の十分な交渉を経ないまま、トランプ大統領の決断で行われる史上初めての米朝首脳会談。
政治的なショーに終わるのではないかという懸念もある中で、拉致・核・ミサイル問題の解決に向けた契機とすることができるのか、日本政府の外交力が問われています。

政治部記者
古垣 弘人
平成22年入局。京都局から政治部へ。現在、官邸担当。