昭和最後の日へ
タイムスリップ

天皇陛下が2019年4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に即位される日程が閣議決定されました。元号を改める「改元」について、政府は今のところ、即位と同じ2019年5月1日に行う方針で、「平成」が30年余りで幕を閉じることになります。平成の次はどのような元号になるのか、「平成」が決まった当時のお茶の間に“タイムスリップ”してみましょう。
(政治部記者 官邸担当 田村健吾)

「平成」はいつ決まった?

「新しい元号は『平成』であります」

今の元号「平成」は、当時の小渕官房長官が発表しました。私は当時小学3年生で、「ヘイセイ」という響きに慣れるまで、少し時間がかかった記憶があります。小渕官房長官は、「平成おじさん」と呼ばれたりもしました。年齢が30台半ば以上の読者の皆さまも、それぞれ、何らかの記憶があるのではないでしょうか。「平成」の始まりを象徴するこのシーンは、「昭和最後の日」となった昭和64年(1989年)1月7日の出来事なのです。

テレビが初めて伝えた皇位継承

昭和64年1月7日土曜日。NHKは、早朝から特設ニュースを放送しました。昭和天皇が危篤となったからです。

「皇太子殿下(今の天皇陛下)が皇居にかけつけた」、「宮内庁が『ご危篤』と発表した」、「竹下総理大臣が皇居にお見舞いに行ったあと、総理大臣官邸に入った」

総理大臣官邸や宮内庁からの中継も交え、最新の情報を次々伝えました。

そして午前7時55分、宮内庁の藤森長官は、昭和天皇が午前6時33分に崩御したことを発表。NHKも、昭和天皇の崩御と今の天皇陛下の即位を伝えました。

大正から昭和になった頃、日本ではテレビ放送が始まっていなかったため、昭和天皇の崩御と天皇陛下の即位は、テレビが初めて伝えた皇位継承でした。インターネットも発達していなかったこの時代、多くの人がテレビの前で情報を得ていたのだろうと思います。

元号報道 午前8時台

昭和天皇の崩御を伝えたあとNHKは、「元号」についての放送も始めました。総理大臣官邸で午前8時台に開かれた臨時閣議について伝えた際、「元号法に基づいて、新しい元号の選定手続きに入る」と報道しました。

伝えられた元号の選定手続きは、以下のような内容です。

(1)竹下総理大臣が、高い識見を有する若干名に、元号の候補名の考案を委嘱する
(2)候補名の提出を受け、竹下総理大臣の指示により、小渕官房長官が味村内閣法制局長官と協議して、数個の原案を選ぶ
(3)有識者による「元号に関する懇談会」の意見を聞く
(4)衆参両院の正副議長の意見を聞く
(5)全閣僚会議で協議する
(6)最終的に閣議で決定する

さらに、「すでに元号の考案者に候補名の提出を委嘱しているものと見られる」、「きょう中に新しい元号が決まる」、「新しい元号はあす(1月8日)から使われる」とも伝えました。

元号報道 午前9時台

午前9時台になり、元号報道は内容がより詳しくなります。

元号法については、「今の憲法のもとでは、元号を決める手順が決まっていなかったが、昭和54年に元号法ができた」、「元号法では、元号は『政令で定める』ことと『皇位の継承があった場合に改める』と規定している」と説明しました。

元号の候補名については、「内々に、高い識見を有する漢学者や国文学者と思われるが、数人に既に委嘱している」と、政府内で、昭和天皇の崩御前から水面下での検討が進められていたことを明らかにしました。

元号決定までのスケジュールについても、「元号に関する懇談会」や全閣僚会議などの開始予定時刻を伝えたうえで、「臨時閣議を午後2時をめどに開き、新しい元号を決める」と伝えました。

元号報道 午前10時台

午前10時ごろ、天皇陛下が、歴代天皇に伝わる三種の神器のうちの剣と曲玉などを受け継ぐ儀式が行われました。

午前10時台の元号報道では、過去に候補名の考案を依頼された学識経験者の名前、有識者による「元号に関する懇談会」の想定メンバーの名前にも触れました。

また、元号の歴史として、「日本の元号制度は、『大化の改新』で有名な『大化』以来、1300年余り」、「『昭和』は246番目の元号」などと紹介しました。

さらに、247番目となる新たな元号を選ぶ際の留意事項を、以下のように伝えました。

(1)国民の理想にふさわしい意味を持つこと
(2)漢字2文字であること
(3)書きやすいこと
(4)読みやすいこと
(5)過去に元号として使われていないこと
(6)俗用されていないこと(一般的に使われていないこと)

そして、政府の検討状況について、「過去の元号や中国など海外で使われた元号も調べるため、慎重を期しながら内々作業を進めてきた」、「原案の絞り込みに近いところまでは準備が進んでいたと見られる」と、さらに詳しく報道しました。

このように元号をめぐっては、午前中から、選定する手続きや歴史、政府の検討状況などが繰り返し伝えられました。

今回の改元は祝賀ムード

ここで1度、話を2017年12月に戻します。

昭和64年1月7日の元号をめぐるNHKの放送を振り返って感じるのは、重苦しい空気です。昭和天皇が崩御したので当たり前なのですが、天皇陛下が即位され、新しい元号が決まり、翌日から新しい時代が始まることへの高揚感はありません。この点は、現在の私が取材している天皇陛下の退位、皇太子さまの即位、そして改元とは大きく違います。

「天皇陛下のご退位、皇太子殿下のご即位が国民の皆さまの祝福のなかで、つつがなく行われるよう全力を尽くしていく」

退位や即位の日程を固めた「皇室会議」の終了後、安倍総理大臣は記者団に、「祝福」という言葉を使って決意を示しました。

また政府は、4月30日退位、5月1日即位という日程とした理由の1つとして、「4月29日の『昭和の日』に続いて退位と即位を実現することで、改めてわが国の営みを振り返り、決意を新たにすることができる」と、記念日が3日続くことのメリットを強調しています。

さらに政府は、皇太子さまが即位される5月1日を休日とすることも検討しています。実際に休日とするためには法整備が必要で、平成2年11月に行われた今の天皇陛下の「即位の礼」の当日などと同じように、再来年5月1日が1年限定の休日となる可能性があります。

さらに、仮に、国民の祝日を定めた「祝日法」で、5月1日を恒久的な「祝日」として定めた場合には、法律の規定により、再来年は4月27日(土)から5月6日(月)までの10連休になります。

1年限定の「休日」なのか、毎年の「祝日」なのかで大きな違いがありますが、いずれにしても大型連休中の退位、即位となり、今回は祝賀ムードでの改元が予想されます。

選定手続きはどう変わる?

それでは、「祝賀ムード」のもと、元号の選定手続きはどうなるのでしょうか。今回の改元も前回と同じく、昭和54年に制定された元号法に基づいて行われるため、昭和64年の放送で報道してきた手続きがベースになるのは間違いないと思います。
しかし、今回の改元が、前回と大きく違うのは、「退位による改元」という点です。

前回の「崩御による改元」では、天皇の崩御が前提となるため、元号の選定を表立って堂々と進めることはできませんでした。候補名の考案、中国など海外で使われた元号の研究などは、秘密裏に進められました。崩御の準備を進めるのは、ある種のタブーと言えるからです。

一方、今回は「退位による改元」になるため、準備や検討を進めることを隠す必要はありません。菅官房長官も記者会見で「国民生活への影響にも配慮して検討する」と繰り返し述べています。

ただ、政府は今のところ、改元の検討を全面的にオープンにする考えはないようです。天皇陛下の退位に向けた特例法でも、元号を改める政令について、国民から意見を求めるいわゆるパブリックコメントの対象としないことが定められています。

政府関係者は、「元号などの皇室に関わる事項は、大衆討議で決めるようなものではない」としていて、新たな元号の発表までの間に、政府がどこまで途中経過の情報を公開するのかは現時点では見通せません。基本は、前回の選定手続きを踏襲しつつ、一部を修正するかどうか、という感じではないかと、私は想像しています。

元号報道 午後0時台

それでは再び、話を昭和64年(1989年)に戻しましょう。1月7日の午後に入り、元号報道は大詰めを迎えます。

「先ほどから、小渕官房長官と味村内閣法制局長官の協議が進められている。候補名の中から、政府としての原案を選ぶことになっている」

元号報道 午後1時台

「有識者による『元号に関する懇談会』や衆参両院の正副議長から意見を聞く作業などが順調に進められてきた」
「新しい元号の選定作業は、いよいよ最終段階に入った」
「先ほどから開かれている全閣僚会議で、元号案の最終的な絞り込みを行っている」
「全閣僚会議は、このあと閣議に切り替わり、新しい元号を決定する」
「新しい元号の発表は、今のところ、午後2時半ごろになる見通し」

元号報道 午後2時すぎ

午後2時すぎ、新たな元号がいよいよ決まるという緊張感が高まります。

「全閣僚会議が、閣議に切り替わったという情報が入った」
「昭和に代わる1つの元号案が決まり、正式な決定手続きをとっている」

この時間帯、NHKの番組には元号に詳しい専門家も出演し、政府が改元に向けて、会社名や商標登録などと照合する綿密な作業を進めてきたこと、過去の元号の出典は漢籍(中国の書籍)だったこと、昭和までの246の元号ではどのような文字が使われてきたか、などを詳しく伝えました。

そして…。

元号報道 午後2時35分ごろ

「新しい元号は『平成』であります」
「この新しい元号は1月8日以降に用いられる」
「史記(しき)と書経(しょきょう)にある文言から引用した」
「平成には、国の内外にも天地にも平和が達成されるという意味が込められている」

ご存じの方も少なくないと思いますが、史記とは司馬遷による中国の歴史書、書経は(尚書とも称される)、政治史などが記された中国最古の経典です。247番目の元号「平成」も、従来の元号と同じように、漢籍の文言から引用されたのです。

さらに小渕官房長官は、記者団からの質問に対し、「平成」の考案者や有識者の懇談会で出された意見については、「差し控えさせていただく」と述べた一方、みずからが掲げた「平成」の文字は、「書の名人」である政府職員が書いたなどと説明しました。

こうして、元号「平成」は、昭和天皇の崩御からおよそ8時間、朝の臨時閣議を受けて元号の選定手続きに入ってからはおよそ6時間で発表されました。

元号報道 午後3時台

「陛下は、内閣から届けられた、新しい元号の制定に関する書類などに署名された」

最初から「平成」ありき?

NHKはその後、元号の選定手続きでは、政府原案として「平成」のほかに、「修文(しゅうぶん)」と「正化(せいか)」という2つの案もあったと伝えています。

さらに、コンピューターなどで、明治は「M」、大正は「T」、昭和は「S」とアルファベットの頭文字で処理もされているため、全閣僚会議では、「『修文』や『正化』では、頭文字が、昭和と同じ『S』となり、不都合なのではないか」という意見が出されたと紹介しています。

なるほど、だから、3つの原案の中から、アルファベットの頭文字が「H」で重ならない平成が選ばれたのか…。

ここで少し疑問も生じます。抜け目のない官僚が、入念に準備してきた新元号をめぐり、そんな「うっかりミス」をするでしょうか? 政府は最初から、「平成」以外の選択肢を考えていなかったのではないか…。そう感じずにはいられないエピソードです。

午後11時59分

そして、「昭和最後の日」となった昭和64年(1989年)1月7日のNHKの放送は、以下のように終了し、翌日から「平成」が始まったのです。

「まもなく1月8日午前0時になります。昭和が終わります。平成元年が始まります」

次の改元まで500日

「平成」改元の主な舞台となった総理大臣官邸は、平成に入って、新しい建物になりました。

時間を、平成29年(2017年)12月に戻します。天皇陛下の退位、皇太子さまの即位の日程が決まったことを受け、政府は、新たな元号の検討を進めることになります。ここでは、前回の改元と今回の改元との違いに、再び焦点を絞ります。まず、改元までの時間です。

「平成」改元の時は、事前に水面下で入念な準備が行われていたとは言え、表向きは、昭和天皇の崩御後に選定手続きを始めて、その日のうちに元号を発表し、翌日午前0時に改元となりました。当日開かれた有識者による懇談会も、短時間の形式的な議論となった感は否めません。

一方、今回は、改元が予定される2019年5月1日までは、およそ500日も残っています。政府内では、「改元にあたっては国民から意見を聞く場を設ける必要がある」という意見も出ていますが、残された時間がたっぷりあるだけに、選定手続きを一部見直して、前回の改元の時よりも、より時間をかけて有識者による突っ込んだ議論を行うことも可能です。

さらに政府内では、「国民生活への影響を考慮し、新たな元号を半年ほど前には決定して公表するのが望ましい」という意見が有力ですが、早く公表することで、国民が陛下の退位前から新しい時代の到来を感じるのが好ましいのか、発表から改元までの間に新たな元号への批判が出たりしないか、といった懸念もあります。

新元号の出典は? 発表者は?

新たな元号の出典も注目です。昭和64年1月7日の放送でも報道しましたが、「平成」までの247の元号は、伝統的に、漢籍(中国の書籍)の文言から引用しているとされています。

しかし、今回の改元をめぐっては、保守系の専門家などの間で、「21世紀という新しい時代にふさわしい元号とするために、漢籍ではなく、『日本書紀』などの日本の書物から引用してもよいのではないか」という指摘も出ています。

仮に、新たな元号の出典が日本の書物となれば、「大化の改新」で有名な「大化」以来、1300年余りの元号の歴史に、新たな1ページを刻むことになります。

また新たな元号は誰が発表するのでしょうか? 平成は、昭和天皇の崩御直後の発表となったため、当時の小渕官房長官が厳かに発表しました。それ以降、何度も小渕さんの映像が繰り返し使われたことから、当時の竹下総理大臣が「決めたのは私なのだが…」と漏らしたというエピソードもあるそうです。

しかし、すでに記述したように、今回の改元は祝賀ムードのもとで行われる見通しです。前回より華々しい形で、総理大臣などが発表する方法も検討されるかも知れません。

さらに、新たな元号の考案者が発表されるのかも注目されます。前回は崩御に伴う改元だったため、新たな元号の考案の委嘱自体が秘密裏に行われ、考案者は発表されず、今なお政府としては、誰が考案者なのか明らかにしていません。このように新たな元号をめぐる論点は尽きません。

2019年に“タイムスリップ”!?

元号はいつ公表されるのか? そして、どのような元号になるのか? 天皇陛下の退位をめぐる一連の報道では、日記・手帳を扱う出版社やカレンダーの製造会社など、今後の対応に気をもんでいる人の姿も伝えられました。

「できるなら、2019年5月に“タイムスリップ”して、新たな元号を確認して来て、『新しい元号、実は○○なんだよ』と伝えたい」

しかし当たり前ですが、今のところ、過去の出来事をテレビや新聞などで確認できても、未来のことを確認する手だてはありません。まずは、NHKの先輩たちがテレビで伝えた「平成」改元を手がかりに、地道に、新たな元号をめぐる取材を進めていこうと思います。

読者の皆さんも、私たちの生活に深く関わる元号を改める「改元」という節目を、それぞれの立場でじっくりと見届けてみませんか? 前回は「昭和最後の『日』」にバタバタと慌ただしく行われた「改元」ですが、今回、「平成最後の『日々』」は、まだ、およそ500日も残っているのですから。

政治部記者
田村 健吾
平成14年入局。高知局、名古屋局を経て政治部へ。現在、官邸担当。