皇室会議で何が?
内幕に迫る

12月8日、天皇陛下が再来年・2019年4月30日に退位されることが閣議決定され、「平成」の時代は30年余りで幕を閉じることになりました。退位の日程を決めるうえで大きな役割を果たしたのが皇室会議です。しかし、皇室会議の内容は議事概要の公表にとどまり、詳細な内容は明らかにされていません。実際には、どのように議事は進行したのか、具体的なやり取りは? 総力を挙げて取材した結果、政府が全く想定していなかった日程が提案されたことや、表決=多数決によって日程が決まる可能性もあったことなどが明らかになりました。現行憲法のもとで初めてとなる退位の日程を固めた、皇室会議の内幕に迫ります。
(政治部記者 官邸担当 内田幸作)

皇室会議

12月1日、安倍総理大臣ら三権の長や皇族の代表らが出席して、宮内庁の特別会議室で皇室会議が開かれました。そして天皇陛下が再来年4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に即位されることが固まり、政府は8日の閣議で、陛下の退位の日程を正式に決定しました。
これにより現行憲法下では初めて、今から200年前、江戸時代後期の1817年以来となる退位が実現することになりました。

宮内庁 議事概要公表

宮内庁は閣議決定と同じ8日午前9時半、ホームページで皇室会議の議事概要を公表しました( NHKサイトを離れ、宮内庁HPへ)。しかし、内容は代表的な意見と結論などにとどまり、具体的な発言などは明記されていませんでした。

また議事概要のみの公表にとどめることが皇室会議で決定されたことも盛り込まれていました。そして菅官房長官は同じ日の記者会見で、皇室会議の決定に従い詳細な議事録は作成しない考えを示しました。

皇室会議では何が?

議事概要はA4用紙にするとわずか4枚。会議の時間が1時間14分に及んだことを考えると、まさに結論部分だけに絞られています。そこで私たちは、会議の深層を探るため取材を進めました。その結果、議事概要には書かれていない事実が徐々に見えてきました。

皇室会議の内幕

皇室会議は、どのような進行で行われ、どのようなやり取りがあったのか? ここからは関係者の証言を総合して再現します。

平成29年12月1日金曜日、午前9時半すぎ、皇室会議の議員たちが宮内庁の正面玄関から3階の特別会議室に次々と集まりました。

皇族の代表の常陸宮ご夫妻は、正面玄関からは入らず、別ルートで宮内庁に入られました。

関係者の1人は、この時のことをふり返り、「一生に1度めぐり合うかどうかの機会なので、とても緊張した」と話していました。

議長を務める安倍総理大臣は午前9時32分、宮内庁に到着し、午前9時46分、皇室会議は始まりました。

議員以外にも同席者

ただ今回の取材から、これらの議員以外にも会議には同席者がいたことがわかりました。

前の内閣総務官で総務省の山サキ※重孝自治行政局長、現在の内閣総務官で内閣官房皇室典範改正準備室の土生栄二室長と平川薫副室長、宮内庁の西村泰彦次長と野村善史審議官、大石吉彦総理大臣秘書官、楠芳伸官房長官秘書官です。

いずれも陛下の退位に向けた法整備などで大きな役割を果たした官僚です。これらの官僚は、皇室会議が行われた特別会議室で議員の後ろに控える形で同席していたということです。

※「サキ」は「たつさき」

皇室会議 冒頭、そして意見表明へ

皇室会議では冒頭、安倍総理大臣が開会の挨拶を行い、続いて説明役として陪席した菅官房長官が、今回の会議の議案、つまり陛下の退位の日である特例法の施行日の決定に向けて会議が開催されたことを説明し、各議員に発言を促しました。

これを受けて議員は1人ずつ順番に意見を表明しました。意見表明は最初に皇族代表、次に国会の代表、そして最後に最高裁判所の代表の順に行われました。準備してきた文章を慎重に読み上げる議員もいれば、ごく短くみずからの考えを表明する議員もいたということです。

意見表明の具体的な内容は

皇室会議で最初に意見を述べられた皇族側からは、「再来年1月7日の30年の儀を今上陛下の手で執り行われること」を望まれるという意向が示されました。陛下に、ご在位30年、昭和天皇の崩御30年の節目である、再来年1月7日を「天皇」としてお迎えいただきたい。つまり退位の日程は再来年1月7日よりも後にすることが望ましいという趣旨です。

その後、発言した議員からは、退位を1月7日より後にすることを望む皇族側の意見も踏まえて、「静かな環境の中で国民が天皇陛下のご退位と皇太子殿下のご即位をこぞってことほぐにふさわしい日とすること」が望ましいなどとして、政府側が軸として検討していた、再来年4月30日退位、5月1日即位の日程が提案されました。

ほかの議員からも、この意見に賛同する考えが相次いだということです。

今回の取材で、皇室会議が行われる数日前、皇室会議に同席した政府関係者などが皇室会議の議員に対し、会議の運び方などを説明していたこともわかりました。この説明が各議員の発言に何らかの影響を与えた可能性もあります。

実は政府案とは別の意見も

ただ会議では、これとは別の日程を提案した議員が1人いたことが、今回の取材で明らかになりました。

この議員は、陛下のできるだけ早い退位を実現すべきだとして、「来年12月31日の退位、再来年1月1日の即位」が望ましいという考えを表明したのです。

来年年末の退位は、再来年1月7日より後の退位を望まれる皇族側の意向とは相いれず、政府内でも早くから排除されていた選択肢でした。関係者の1人は、「なぜその日程なのか理解に苦しんだ」と当時を振り返っていました。

一方、皇室会議の議員から提案があった退位の日程は、再来年4月30日と来年年末の2つだけで、それ以外の日程を口にする議員はいなかったことも判明しました。

皇室会議 休憩

午前10時10分ごろ、議員全員が意見表明を終え、20分間の休憩に入りました。

会議の開始からここまでの所要時間は24分。議員1人当たり意見表明にかかった時間は平均するとおおよそ2分から3分程度だったと推測されます。

休憩中、各議員は、重大な議論からくる緊張感から解き放たれ、再開を待ったということです。一方、安倍総理大臣は休憩時間の間、各議員の意見を踏まえた意見案を示すため、菅官房長官と別室で調整に当たりました。

皇室会議とは

そもそも皇室会議とは、どのような会議なのでしょうか。

皇室会議は、憲法と皇室典範の規定に基づいて、皇位継承順位の変更や皇族の身分の離脱など、皇室に関する重要事項を審議するために設置されることになっています。

皇族の代表2人、衆参両院の正副議長、総理大臣、宮内庁長官、最高裁判所の長官と判事の10人で構成され、議長は総理大臣が務めます。

会議が開かれたのは、現行憲法のもとでは8回目。皇太子さまと皇太子妃雅子さまのご婚約など、男性皇族の結婚以外の議題を扱うのは、旧宮家の皇籍離脱を決めた昭和22年の会議以来70年ぶり2回目となります。

野党の主張で皇室会議開催

政府内では当初、陛下の退位の日程の決定にあたって、皇室会議の意見を聴くことは想定されていませんでした。皇室典範は天皇の退位を想定しておらず、当然のことながら皇室会議で扱う議事の中にも例示されていないからです。

しかし、天皇陛下の退位に向けた特例法の整備に先立って、衆参両院の議長のもとで行われた国会の議論で、野党側は、退位の日程を決定する前に皇室会議の意見を聴くよう求めました。

これを受けて、特例法の付則に、退位の日を決めるにあたって総理大臣があらかじめ皇室会議の意見を聴かなければならないという規定が盛り込まれたのです。この規定に従って今回、皇室会議が開かれることになりました。

議員である秋篠宮さまが参加しなかったのは、なぜ?

皇室典範に従い、皇室会議の議員は事前に決められています。一方、議員に事故のあるときや議員が欠けたときに職務を代行するものとして予備議員も置かれています。さらに皇族の代表は、みずからの利益に関する議題には「参与」できないと定められています。

皇族を代表する皇室会議の議員として、秋篠宮さまと常陸宮妃の華子さまが議員となっていましたが、陛下の退位に向けた特例法で、秋篠宮さまの生活のための予算を現在の3倍の金額にすることなどが盛り込まれました。この結果、今回の会議には秋篠宮さまは参加されないことになったのです。

そして今回は、秋篠宮さまに代わる、皇族の代表として予備議員の常陸宮さまが出席されました。このほかは議員に就いていた、常陸宮妃の華子さま、そして安倍総理大臣、大島衆議院議長、伊達参議院議長、寺田最高裁判所長官の三権の長のほか、赤松衆議院副議長、郡司参議院副議長、最高裁判所の岡部判事、山本宮内庁長官が列席しました。

また菅官房長官が説明員として陪席しました。議員でない官房長官が会議に出席するのは史上、初めてのことでした。

皇室会議 後半

午前10時30分、会議が再開しました。

ここで菅官房長官が、陛下が退位される日程を決めるうえでの留意事項として、天皇陛下に、再来年1月7日の御在位満30年の節目をお迎えいただきたいことや、再来年は4年に1度の統一地方選挙が実施される見込みであることなどを説明しました。

そして、退位を再来年4月30日とする皇室会議の意見案が示されました。

これに対して、ほとんどの議員からは賛意が示されましたが、「来年年末の退位」を提案した議員は、退位を再来年4月30日とする理由を尋ねたうえで、退位は早い方がよいとして大みそかの退位を重ねて提案し、皇室会議としての意見案に対する賛否を「保留する」と発言しました。

表決の可能性も?

政府側は、事前に皇室会議の議員に対して意見が分かれた場合には、表決=多数決もあり得ると説明していました。つまり意見集約ができなければ表決という選択肢が浮上する可能性があったのです。

しかし、各議員の発言がひととおり終わった段階で、安倍総理大臣が意見集約に入りたいという考えを示し、一人一人に対して、意見案を会議として議決することに異論がないかを確認しました。
その結果、「来年年末の退位」を唱えた議員も含めて、全員が異論を示さず、意見案の議決書に署名を行い、陛下の退位の日程が最終的に固まりました。

これについて異論を唱えた議員は周辺に対し、「反対すれば表決になってしまうので、そうした対応は避けるため保留で引き取った」と話していたということです。

このあと政府側から、今回の会議の議論について詳細に明らかにするのは好ましくないとして、内容の公表は議事概要にとどめる方針が提案され、各議員はこれに賛同しました。

およそ25年ぶりに開かれた皇室会議は、こうした経緯をたどり午前11時に幕を閉じました。
後半の議論にかかった所要時間は、およそ30分。このあと安倍総理大臣は、天皇陛下に国事行為に関するご報告をする「内奏」を行って皇室会議の内容を報告するため、皇居内の宮殿に向かい、ほかの議員は宮内庁をあとにしたのです。

議員はどう受け止めたのか。大島衆議院議長は

皇室会議の議員を務めた大島衆議院議長は、「政府は、皇室会議のご意見をしっかりと受け止めたうえで、退位の日を決めるというふうにお考えになった。そうだとすれば、皇室会議は重い会議ではあるが、退位日を決めるという意味で非常に重い会議になるという認識があって緊張していた」と述べました。

そのうえで大島議長は、「したがって国民が今上天皇の今日までのご活動に対する敬意・敬愛を表せる静かな環境が必要だろう。また国民が新天皇が即位された場合に祝意を示せるタイミングがよいのではないかということを自分なりにまとめて会議に臨んだ」と述べました。

また大島議長は、会議に先立ってほかの議員と協議などはしていないとしたうえで、「衆議院の副議長、参議院の議長、副議長には、『おおよそこういう趣旨で発言しようと思っています』ということをお伝えしたのは事実だ。ただ(自分の意見に)賛同を求めたものではなかった」と明らかにしました。

関係者によりますと、会議に出席したほかの議員も、大島議長と同様に、みずからの考えをほかの議員に伝えるなどしていたということです。

皇室会議の意見の評価は

大島議長は、「各議員が意見を開陳された後、議長たる総理大臣が取りまとめ、ご提案をされた案に私は賛意を示した。議長たる総理大臣として、この皇室会議の総体的な意見は『こうだな』ということで提案をし、そのことを各議員の皆様方に確認をされて、その際、否定的な意思表示をされた方はおられなかったと私は認識している」と述べ、安倍総理大臣の示した意見案に反対意見はなかったと証言しました。

そして表決によらずに意見が取りまとめられたことについて、「政令や特例法を作る経過の中で、各党各会派のご意見を真摯(しんし)に受け止めながら、『国民の総意をわれわれは探りだそう』ということではじめた経過からすると、皇室会議もその精神にのっとった形で行われたものと思う」と述べました。

そのうえで大島議長は、「会議の性格上、『AかBかCか』と初めから議長たる総理大臣が提案をして、『どれに賛成しますか。挙手をしてください』というわけではなかったので、よかったと思う。私は『大変丁寧におやりになったなぁ』という思いがある」と述べ、会議の運営を評価する考えを示しました。
そして「菅官房長官が国会審議で『特例法は先例になりうる』と答弁され、各党各会派も、おおよそ、その共通認識になったとすれば、皇室会議の進め方も先例となりうるという意味で1つの姿を見せられたのかなと思う」と述べました。

さらに大島議長は、「恐れ多くもまた同じようなことが起こったとした時に、いちばんあってはならないことは、政治的・恣意的(しいてき)になされてはいかんという思いが非常にある。皇室会議の役割は、そういうことを判断しなければならない場所でもあるのだろうと思うが、今回の場合は、『立法府が国民の総意を探る役割をする』と言ってきたので、その点はもう全く問題はない」と強調しました。

一方、大島議長は、皇室会議の内容の公表が議事概要にとどめられたことについて、「皇室代表の方もご出席しておられる。そのことをどう考えて、公表のしかたを考えるかというのは国民の皆さんにもご理解を少し頂きたい。われわれのように国民から選ばれし者は、どういうご批判を頂いても、これはあまんじて全部受けなければならないが、皇室会議のメンバーのあり方から考えると、一言一句、議事録として公表をすぐにするということはどうかなという思いがある。今後、公文書の公開のあり方としてご議論いただいたらいいのではないか」と述べました。

内幕から見えてきたのは

陛下の退位に向けた特例法では、退位の日程の決定に先立って皇室会議の意見を聴くと規定しているだけで、皇室会議の意見を取りまとめることまでは求めていません。

にもかかわらず政府が、皇室会議の意見を取りまとめた背景には、皇族、そして与野党の代表でもある衆参両院の正副議長、さらに最高裁判所の長官も参加する皇室会議で日程を固めることで、国民がこぞって陛下の退位と皇太子さまの即位を祝福する環境を醸成したいという考えもあったものと見られます。

一方、およそ200年ぶりとなる、今回の陛下の退位は、去年8月の陛下のお気持ち表明をきっかけに動きだし、日程の決定も、皇族側から示された「再来年1月7日のご在位30年の儀式を陛下に行って頂くこと」を前提に絞り込みが進められたことが見えてきました。

政府は、法整備にあたっては、「陛下のお気持ちに寄り添う国民の総意に基づいて」と説明し、退位の日程も、「国民全体が陛下の退位を祝福するにふさわしい日」として選定したことを強調しています。

そこからは今回の退位が、「天皇が政治的な権能を有しない」とする現行憲法に抵触しないよう、政府が苦心を重ねてきた様子が読み取れます。

政治部記者
内田 幸作
平成14年入局。北九州局を経て政治部へ。現在、官邸担当。