子どもの体力低下 プロの力で体作りを

子どもの体力や運動能力が低下している。コロナ禍で生活習慣が変化したことが大きな要因だ。危機感を感じた「プロフェッショナル」たちが子どもの体作りに乗り出した。
(今村亜由美)

子どもの体力・運動能力“危機的状況”

12月22日、スポーツ庁が全国の小学5年生と中学2年生を対象に毎年度行っている体力や運動能力などの調査結果が公表された。


50メートル走やボール投げなど、8項目の成績を数値化した「体力合計点」は、男子が新型コロナの感染拡大以降初めて前の年度を上回り、女子の低下傾向もこれまでより緩やかになった。
ただ、新型コロナの影響で3年前から急激に低下した「体力合計点」は、今回の調査ではコロナ禍以前の水準には戻らなかった。

調査結果の分析に関わった子どものスポーツ学が専門の中京大学・中野貴博教授によると、子どもの体力や運動能力は、昭和60年(1985年)をピークに低下傾向となり、平成12年(2000年)を過ぎたころから問題視されるようになったという。

中京大学・中野貴博教授

その後、国やスポーツ団体が幼児に運動の習慣づけを促す指針をまとめたり、休み時間や自宅でできる運動の事例集を作成したりするなど運動に関心を持ってもらう働きかけが行われ「体力合計点」はおおむね横ばいが続いた。
しかし、コロナ直前の令和元年には再び低下に転じ、コロナで生活習慣が一変したことで拍車がかかったという。

中野教授は、今は危機的な状況にあると話す。
「平成の後半に持ち直した分もコロナの影響で全部落ちてしまった。かなりまずい状況だ。スポーツの『競技力』はいつの時代も上がっているが、運動しない層の割合が増えれば当然平均値は下がるので、そこを回復させるのはなかなか大変。特効薬はない」

注目を集めるトレーニング

子どもの体力向上に向けて、いま教育現場で注目されているトレーニングがある。

東京・新宿区の小学校で行われた5年生の体育授業。
床にあおむけに寝た状態から骨盤を使って寝返りをうって起き上がる、ステップを踏んで正面にいる人にボールを手渡しする。

これは「コオーディネーショントレーニング」と呼ばれるトレーニングだ。
脳科学や運動生理学などの知見に基づいて考案された。

考案者である徳島大学・荒木秀夫名誉教授によると、コオーディネーションとは「組み合わせる」という意味で、人間の運動の発達の順番を意識した動きをすることで、脳と体幹をつなげていき、パフォーマンスの改善を図る。

例えば、左右に体幹を動かして、体全体をひらがなの「く」のように曲げたり、アルファベットの「S」のように曲げたりする動きは、体幹の動きをつかむ運動。
リズムに合わせてひざとひじをつきあわせる「ラディアン」は、体幹の動きを手足に伝える運動だ。
動きの正確さや速さを追求するのではなく、頭でイメージした動きをスムーズに体の動きに反映させられるようになることを目的としている。

(徳島大学名誉教授・荒木秀夫さん)
「運動能力は1つの能力ではなくて組み合わせる能力。人間は1つ1つの能力では動物にはかなわない。タカは人間よりはるかに視力がいいし、ジャンプ力はカモシカに勝てない。でも、人間はいろんなものを組み合わせられる。誰もが持っている組み合わせる能力を刺激するトレーニングだ」

東京都教育委員会は、平成25年度からこのトレーニングをモデル事業として「地域拠点校」に導入し、最終年度の昨年度は30の小中学校などで実施した。今では千代田区のすべての公立小中学校などで実施されている。全国的にも広がりを見せており、この日の授業には全国から教育関係者が視察に訪れていた。

この日、授業が行われた新宿区の小学校では、おととしからコオーディネーショントレーニングを体育の授業に取り入れている。
校長は「運動能力が高まり、前向きに取り組むことができている。校庭でぶつかることが減り、休み時間中のけがが少なくなっている」と手応えを感じている。

3年生のころから取り組む子どもたちも「ボールを投げるのが得意になった。投げるスピードと強さが変わった」とか「野球で投げる時や打つ時に、イメージしたとおりに手が出たり腰が回ったりするようになった」と話す。

“体の専門家”を学校に派遣

さらに、体づくりのプロフェッショナルも教育現場に乗り出している。
港区の小学校に現れたのはリハビリテーション科の医師と理学療法士だ。

5年生の児童に向けて、まず医師が運動の重要性を説明。

そのあと、理学療法士が、この授業のために作ったストレッチのメニューを実演を交えて指導した。


ストレッチは、ひざを伸ばして床に座り、ひざの裏を床につける、うつ伏せで寝て両足のかかとをお尻につけるなど10項目。
医学的な観点から子どもたちの柔軟性を伸ばす内容で、自宅でも簡単にできるように工夫されている。

子どもたちからは「ストレッチはやったことがなかったので、おもしろいと思った」とか「お手本を見せてくれたので、わかりやすかった。おうちに帰ってやりたい」など上々の反応。

理学療法士などでつくる団体「運動器の健康・日本協会」は、学校へ理学療法士を派遣する「スクールトレーナー」の制度化を目指している。

今年度、全国10の小中学校でモデル事業を始めたという。
来年8月には研修会を予定し、子ども特有の体の悩みや学校の制度などを学んだ理学療法士を「スクールトレーナー」として認定することにしている。

将来的には、心の専門家である「スクールカウンセラー」と同様に、国の事業化を模索しているが、普及には課題も多い。
ふだん病院や介護施設などで勤務する理学療法士の時間をいかに確保するかや、現場のニーズをいかにくみとってどう調整するかなど、教育現場と理学療法士の勤務先の双方の理解が必要だ。

協会の業務執行理事を務める東京大学・武藤芳照名誉教授は、「スクールトレーナー」の仕事は教員の後方支援だと話す。

「運動器の健康・日本協会」業務執行理事の東京大学・武藤芳照名誉教授

「運動やスポーツと、成長や発達との関係性は、学校の先生ももちろん知っているが、それをサポートするスクールトレーナーがいれば、より効果的で合理的に子どもたちに指導することができる。そして、おうちで『きょうこんなことを教えてくれたよ』とお父さんお母さんに伝えることで、徐々に網の目のように広がっていけばいいと思う」

学校が主導する

文部科学省の学習指導要領の「体育」には「体つくり運動」という項目がある。
かつては「体操」という名称だったが、運動嫌いな子どもへのアプローチとして、平成10年の学習指導要領改訂から段階的に「体つくり運動」に変更された。

「体つくり運動」では、体を動かす楽しさを知り、生涯を通して運動を継続するための指導を行うことになっている。「コオーディネーショントレーニング」や「スクールトレーナー」による指導はこの授業で実施することができる。

スポーツ庁の担当者は、あくまでも学校や教育委員会が主体となり、子どもに何が必要かを把握した上で、外部の専門家と連携していくことが大事だとしている。

大事なのは“体を動かす楽しさ”を知ること

政府が12月22日に策定した「こども大綱」では「遊びや体験活動は、こども・若者の健やかな成長の原点である」と位置づけ、「生涯にわたる幸せにつながる」としている。

子どもの体力や運動能力に詳しい中野教授は、社会全体で子どもの運動を後押ししていくことが必要だと指摘する。

「昭和の初めの子どもと令和の子どもで、生まれつきの“運動好きの質”が変わるとはとても思えない。体を動かすこと自体の欲求が子どもにはあると言われている。運動自体は楽しいし、みんなと動くのは好きだよっていう子は増えていると思うので、それをいかに体力やいろいろな育みにつなげるかということが、これからの課題だ」

かつて子どもは時間さえあれば外で遊ぶというのが定番だったが、利用が制限されている公園が増え、テレビゲームやスマートフォンの普及で遊びは多様化し、塾や習い事で忙しく過ごす子どもも少なくない。

プロの手も借りながら学校で効率的に体作りをするとともに、子どもを育てる家庭やそれを支える地域でも、子どもが遊べる場所や機会を提供できるよう、知恵を出していくことが必要だ。
(12月23日 おはよう日本で放送)

政治部記者
今村 亜由美
2009年入局。文部科学省を担当。