消えたウサギ 働き方改革と
命を学ぶ意義とのはざまで

小学校で飼育されているウサギやニワトリ。かつて当たり前にあった光景だ。
いわゆる「学校飼育動物」は、時に学校の「アイドル」として、また時に子どもたちに命の大切さを教える「先生」として大切に扱われてきた。
しかし、いま教育現場から動物たちが消えつつある。
(今村亜由美)

動物は大事な仲間

東京・西東京市立保谷第二小学校。
校舎と体育館の間の飼育舍で、ウサギ2匹とチャボ4羽が飼育されている。

昼休みになると、飼育当番の4年生の児童がやってきて、手際よく掃除し、専用のフードや自宅から持ってきた野菜を与える。

世話をしている児童たちは「動物全般が嫌いだったけど、ウサギやチャボとふれあううちにほかの動物も好きになった」とか「動物は自分で掃除ができない。私たちがやらないと長く生きられないので、頑張ろうと思う」と話すなど、やりがいを感じているようだ。

飼育していたウサギが死んでしまったときには、涙を流して悲しむ児童もいたという。
担任の教員は「避難訓練のときに『先生、動物たちは一緒に避難しなくていいの?』と声が上がった。自分のことで精いっぱいだった児童が、動物の飼育を通して、まわりを思いやれるようになった。うちの学校に動物がいてよかった」と目を細める。

小学校からウサギがいなくなる!?

しかし、いま全国の小学校から動物がいなくなっている。

公的機関による全国的な統計はないが、例えば大阪府教育委員会の調査によると、ウサギやニワトリなどを飼育する小学校はおよそ80%だった15年前から大きく減少し、今年度で20%あまりとなった。

有識者の調査などによると「学校飼育動物」が減った理由として、◇鳥インフルエンザの発生で鳥類の飼育が避けられるようになったことや◇動物愛護の観点から学校での飼育は適していないという意見が出てきたこと◇動物アレルギーがあって飼育活動に関われない子どもに配慮する例が増えたことなどがあげられるという。

そして、最も大きい理由が「教員の働き方改革」だ。

平成28年度に文部科学省が実施した教員の勤務実態調査で、いわゆる「過労死ライン」に達する週60時間以上の勤務を強いられる小学校教員が33%に達するなど深刻な実態が明らかになった。いわゆる「ゆとり教育」の見直しで授業時間が増えたほか、いじめや発達障害、ヤングケアラーなど事情を抱えた子どもへのきめ細かな対応が求められ、教育現場は疲弊しているのだ。

教員の業務量を少しでも減らそうと、神戸市教育委員会は3年前に「小中学校における教育活動等について」という方針をまとめた。学校行事の簡素化や家庭訪問の実施方法の見直しとともに、小学校での動物飼育を段階的に縮小することにした。その結果、動物を飼う小学校は4割ほど減ったという。

神戸市教育委員会の初等教育担当課長 薮木忠司さんは、当たり前を見直さなければ教員の働き方改革は進まないと話す。

動物飼育の段階的縮小は、教員が子どもたちと向き合う時間や教材研究の時間を確保することが狙いです。日々のお世話は教員が対応することが多く、私が小学校で飼育の担当をしているときは、長期休暇中、自宅に動物を連れて帰ってお世話をしていました。教員のサービス精神におんぶにだっこになっていたと思います

何のために学校で動物を飼うのか

文部科学省は、学校での動物飼育についてどう考えているのだろうか。
学習指導要領では、小学校の生活科で動物飼育に関する規定がある。

一方で、何をどのように飼育するかは学校の裁量に任されている。このため、ウサギやニワトリの飼育をやめた学校でも、カメやメダカ、ダンゴムシなどは飼育していることが多い。

永岡文部科学大臣は去年12月20日の記者会見で「デジタル化が進展する時代であるからこそ実体験からの学びも重要だ。児童が生き物への親しみを持ち、命の貴さを実感するために、学校における継続的な動物飼育を行うことは、やはり意義がある」と強調した。

学校飼育動物の地域移行

学習指導要領には解説があり、動物飼育では、地域の獣医師などの支援者と連携を図るべきとされている。
日本獣医師会では、動物が適正に飼育されなければ本来の教育効果を発揮できないとして支援活動に取り組んでいる。

その1人で、日本獣医師会で動物飼育に関する委員会の委員を務めている中川清志さん。学生時代から20年以上、学校での飼育指導や後身の育成などに関わっている。

小学校で『おうちで動物を飼っていますか』と聞くと、手をあげるのが1割とか2割ぐらいです。多くの子どもたちは、人間以外の動物に接するとか愛着を持った相手が死んでしまうというような経験をしないまま成長してしまう。命に関わる直接体験を与えてあげることが子どもたちの成長にとって大事だと思います

その上で、教員だけに任せずに保護者や地域ボランティア、それに獣医師が飼育に関わることが大事だと言う。いわば「学校飼育動物の地域移行」だ。

教員のやることが増える中で、どのように学校の動物たちをお世話していくか。保護者の方たちが子どもと一緒にお世話をするというのが基本です。それだけで対応できないときに地域の大人たちに関わっていただく。動物についての専門知識を持つ獣医師による支援も必要だ

モルモットが“ホームステイ”

各地の学校では、教員の負担を減らし、動物の飼育を続けていくためのさまざまな取り組みが始まっている。

例えば、モルモット4匹を飼育する東京・大田区立赤松小学校。長期休暇中にモルモットの“ホームステイ”を行っている。

2学期の終業式のあと、2年生の児童が母親と一緒にモルモットを小さなカゴに移し、台車にケージやエサなどを乗せて下校した。夏休みに続いて2回目の預かりで、徒歩で自宅に到着すると、ふだん使っていない部屋に新聞紙を敷き詰め、モルモット専用の部屋を作る歓待ぶりだ。

母親
預かるにあたって万全の体制で迎えたいと思って、食べていい野菜や適切な室温などを調べました。先生方はすごく忙しいと思うので、手伝えることは何でもしたい

飼育担当の教員
ホームステイがなければ、休み中は私たち教員がお世話をすることになる。1匹でも大変なのに4匹いるので、その負担を考えるととてもありがたいです

期間限定で貸し出す“ホスティング”

学校で動物を所有することそのものが教員の精神的な負担になるという指摘もある。

それに応えて、愛知県獣医師会では3年前からモルモットの“ホスティング”を始めた。動物病院で飼育するモルモットを期間限定で貸し出すというものだ。貸し出し期間は1か月から1年。

エサやケージ、それに万が一病気やケガをしたときの診療費用はすべて獣医師会が負担する。学校側が、飼育を続けたいと申し出たときは、そのまま譲渡する。これまで約30校が利用し、2匹が譲渡された。

1月16日には春日井市の動物病院からみよし市立三好丘小学校に1匹が貸し出された。モルモットが学校に到着すると、飼育を担当する2年生の児童が集まり、獣医師がモルモットの生態や触り方などを説明した。この学校では約1か月間過ごすことになっている。

児童はモルモットに興味津々。
「なぜ目が赤いのか」「どんな人に懐くのか」と次々に質問していた。

担任教員
教員の負担が少なく、子どもたちがお世話をする体験を通して命の大切さを知ることができていい。これを機に継続して飼いたいという気になれば、学校で検討していきたいです


愛知県獣医師会の副会長、杉本寿彦さんは“ホスティング”の広がりに期待する。
学校で動物を飼う敷居をどこまで下げれば飼ってくれるのか。下げられる敷居は下げました。学校がこの事業を必要として広がっていくようであれば、予算をつけるなど自治体にも協力してもらいたいです

省庁縦割りをこえて

教員の働き方改革やアレルギーや鳥インフルエンザへの対応など、時代の変化とともに大幅に減少している学校飼育動物。

日本獣医師会は、学校飼育動物の健康と衛生管理や飼育者の健康被害防止に関して助言や支援などをする「学校獣医師」の制度化を目指しているが、そもそも獣医師の業務を定める獣医師法を所管するのは農林水産省だ。それとは別に、動物の愛護と適切な管理を目的とする動物愛護管理法を所管するのは環境省。一方、ことし春には子ども政策の司令塔となるこども家庭庁も発足する。

学校飼育動物は、学校の問題でありながら、複数の省庁にまたがるテーマだ。こうした事情もあってか、各省庁で主体的に解決を目指す動きはみられない。

学校の問題に詳しい名古屋大学大学院教授の内田良さんは、学校飼育動物を存続するなら、教員の働き方も含めた抜本的な対策を考えるべきだと指摘する。

日本の教育は、あれもこれも子どもに大事だという論理で全部足し算してきた。みんな子どものためによかれと思ってやっているが、それが飽和状態になり、教員に丸投げされている。何を優先させるか議論した上で、学校飼育動物を続けるなら、地域の人の手を借りるしかない。先生は授業のときにそこに行けば子どもに何かが伝えられると。そういうことが可能なら、持続可能性はあると思う

教員に過度な負担をかけずに、子どもたちが他者を思いやり、命の大切さを学ぶ教育をどう実現するか。文部科学省は、教育現場や専門家の声を踏まえて、対応に乗り出す時期に来ているのではないか。

政治部記者
今村 亜由美
2009年入局。文部科学省を担当。