「子どもたちも投票に参加してもいいと思います」
2023年11月、山口県宇部市にある山あいの地域で子どもたちがまちの将来を真剣に考え、本物の投票箱に票を投じた。選挙管理委員会、教育委員会、地元の人たちが協力し合って実現したこの「こども選挙」。
実は、ある児童の市長への直訴がきっかけだった。
(去年12月26日に公開した記事をその後の子どもの動きを加えて再構成しました)
(藤井俊成)
まるで本物の選挙
11月21日、宇部市小野地区の公民館で、市内の小野小学校の子どもたちが次々と1票を投じた。
この日は全校児童21人を対象にした「こども選挙」の投票日だ。
こども選挙とはいうものの実際の選挙と同じ公民館に投票所が設けられ、投票箱や記入台はすべて本物。地域の住民が立会人を務め、正しく投票が行われているかを見守った。
なぜ、ここまで本格的なこども選挙が行われたのか。
子どもだって投票したい
小野小学校の5年生、才木心春(さいき・こはる)さん。
5月、宇部市役所を訪れ、篠崎圭二市長に次のように切り出した。
「こんにちは、宇部市長様。いきなりですが、私は子どもたちも投票に参加してもいいと思います」
そして、市長に宛てた手紙を読み上げ、「18歳になったときの投票の練習になると思います。なのでぜひ宇部市から始めてみてはどうですか」と「こども選挙」の実現を要望した。
今の法律では投票できるのは18歳以上だが、子どもの立場からすると自分の考えを社会に反映できるとうれしい、そんな思いを込めたという。
篠崎市長は、専門家と相談して前向きに検討することを約束した。
大好きなふるさとのために
心春さんの家は小野地区でネギやミニトマトを栽培する農家だ。
両親は勤務していた東京の出版社で出会い、結婚。
地方でのびのびとした子どもを育てたいと、就農を目指して15年前に移住した。
小野地区で生まれ育った心春さんは、自然の恵みにあふれた地元が大好きな子どもに育った。
人口が減り高齢化が進む地域だが、行事があるたびに学校に駆けつけてくれるお年寄りたちのことを思うと、心春さんはふるさとを元気にしなければならないと日頃から感じていた。
しかし、4月に行われた宇部市議会議員選挙の投票率は37点51%と過去最低となった。
昭和50年代に80%を超えていた投票率は右肩下がりとなっていて、前回・平成31年は半分の41%に。そして今回ついに40%を切った。
話はそれるが、心春さんの家にはテレビがない。
情報源はラジオだ。
ニュースになると、心春さんは母親の祥子さんに問いかける。
「どうしてロシアはウクライナに侵攻したの?」「インボイスって何?」
祥子さんは分かりやすく心春さんに説明し、分からないことはインターネットで調べる。
母親との日常のやり取りで社会への関心を育んだ心春さんは市議会議員選挙の投票率が過去最低だったことを知ってショックを受けたという。
祥子さんからは、ふるさとをよくするための選挙だと聞いていたからだ。
(才木心春さん)
「私が住んでいる宇部市は100人中37人しか投票しないことにびっくりした。もし私だったら絶対行かなきゃと思うけど、投票率を知ってほかの人はどうなんだろう」
投票所にも行ってみたかったが、連れて行ってもらえず、もやもやした気持ちを感じていた。
地域の将来のためには、子どもも選挙に参加して、まちづくりについて意見を言いたい。
心春さんは、祥子さんと話し合って市長宛てに手紙を書くことにした。
(母親の祥子さん)
「市長に、宇部市のトップである政治家の人に届けてみるといいんじゃないという話から 、気づいたら横で手紙を書いていた」
ポスターの前で考え、悩み、迷う
心春さんの要望を受けて宇部市は「こども選挙」の実施を決めた。
背景として、宇部市も選挙の投票率の低下に危機感を感じていたことがある。
特に市議会議員選挙の10代と20代の投票率は10%台にとどまり、若いうちから政治や選挙への関心を高めてもらうことが大切だと考えた。
8月には、子どもの権利に詳しい日本大学の末冨芳(すえとみ・かおり)教授を小野小学校に招き、選挙の進め方などについて子どもたちと話し合ってもらった。
今回のこども選挙では市議会の各会派から参加した4人の現職議員が候補者となった。会派は違うものの若者たちにもっと政治に関心を持ってもらいたいと感じていた議員たちだ。
「こども選挙」は児童を有権者に見立てた模擬投票だが、実施にあたって市の教育委員会と選挙管理委員会で決めたことがある。
まず、狙いとして、児童たちに選挙の仕組みなどを学んでもらい選挙が地域づくりにどんな役割を果たしているのか自分自身で考えてもらうこと。
また、誰が市長や議員にふさわしい人かを選ぶわけではなく、どの候補の主張がまちづくりにふさわしいかを選ぶものであること。
こうしたこともあり「こども選挙」の候補者として協力した市議会議員の得票数は公表しなかった。
「こども選挙」の1週間の選挙戦が始まった。
争点は「よりよい小野地区のための取り組み」。
全校児童21人は休憩時間など時間を見つけては、校内に設置された候補者のポスター掲示板の前で、さかんに議論を交わした。
片手にはこども選挙用に選挙管理委員会が作成したふりがな付きの選挙公報。
子どもたちのこんな声が聞こえてきた。
小野って病院がすごく遠いじゃん。だから健康と向き合えるって、病気予防とかそういうのもいろいろ考えてくれてるじゃん
自分たちの家族のことを考えたらこれはいいよね
税金からお金を払うから大丈夫なんよ
そうしたら税金が増える
リスクとリターンが大切なんよ
「迷うー」
「1週間悩む」
「1週間で間に合うかな」
小野小学校の子どもたちは、なぜこれほどまで真剣に選挙に臨んだのか。
背景には、地元で急速に進む少子高齢化の厳しい実情がある。
小野地区の人口はおよそ1000人、高齢化率はおよそ60%。
隣にあった中学校は8年前(H28)に閉校した。
子どもが減ったためこの学校では、2つの学年が同じ教室で学ぶ複式授業という形式をとっている。
地域の児童が減り、過疎化が進む危機感を子ども心に日頃から感じているからこそ、政治に参加してふるさとをなんとかしたいという気持ちが強かったのだろう。
候補者の考えを聞き、見極める
投票前日には、候補者4人と子どもたちの討論会が開かれた。
4人の候補者は、手作りのパネルなどを使ってそれぞれの政策をアピールした。
「病気予防のために検診を充実させます」
「小野に移り住む人を応援します」
「山や湖を生かしてまちの人に遊びに来てもらおう」
これに対して、子どもたちは政策から身の回りの疑問まで率直に質問を投げかけては、各候補の訴えに耳を傾けた。
「もし小野とか宇部市に建物を建てるという行動をするならどんな建物を建てますか」
「小野でイベントをするのならやはり自然を生かしたものをやるべきだと思いますか」
投票率は100%!
そして迎えた、投票日当日。
自分の名前が印刷された入場整理券を握りしめて公民館を訪れた21人のこどもたち。
それぞれが、考え抜いた候補者へ1票を投じた。
選挙は即日開票され、宇部市選挙管理委員会の福永浅乃委員長が結果を報告した。
「開票の結果を申し上げます。有効投票20票、無効投票1票」
投票率は100%。
選挙を終えた児童は、投票所の張り詰めた空気に驚くとともに、「こども選挙」に大きな手応えを感じたようだった。
(児童代表)
「きょう、投票を体験してとても空気が暗いというか、こんなに緊張するんだと思いました、何か改善できないかなということを帰って考えてみたいと思います。皆さん、本当にありがとうございました」
選挙というものがすごく身近に感じられました。こういう体験をすることで大人になって選挙を楽しみにできるかも
選挙というのがどういうものか分かるからきょう、選挙の体験をしてみて本当によかったと思います。18歳になっていちばん最初にあった選挙はまず必ず行って、大人になってからの見方というのを早く感じてみたいです
「こども選挙」が残したもの
候補者役を務めた議員をはじめ、市の職員や地域の人たちが真剣に子どもたちと取り組んだ「こども選挙」。
進め方をアドバイスしてきた末冨教授によると、公立学校で教育委員会と選挙管理委員会が協力し、さらに現役の議員が候補者役となって、ここまで本格的に行われたのは全国でもあまり例が無いのではないかという。
児童からは各候補へ感謝のメッセージが贈られた。協力した市議会議員の1人は「幅広い年齢層の人に自分の思いを伝えることの難しさや大切さが改めて身にしみた」と話した。
心春さんが選挙権を持つのは7年後。
高校生になり社会に対して様々な意見をもった時に選挙とどう向き合うのだろうか。
「こども選挙」はまさにそのための、有効な主権者教育なのだと感じた。
今回、市などにアドバイスを行った末冨教授は、子どもの頃から政治や民主主義について肌感覚で学ぶことは重要だと指摘する。
(日本大学 末冨芳教授)
「子どもたちの発達段階の中では、思春期に至る前から政治家というのが信頼できる人なんだなと実感を持って過ごすことが非常に重要なのです。例えば、北欧の学校教育などで政治家とふれ合うような行事が設けられているのはそのためでもあるのです。( 今回の「こども選挙」で)自分であればこういう政治家に投票したい、そのほうが地域、自治体や国がよくなるんだという手応えを持ちながら投票に行くことができると考えています」
宇部市に限らず多くの自治体で、選挙の投票率は右肩下がりの傾向が続いている。
こうした中で、子どもたちが、政治への関心を高めるきっかけが必要だ。
実際に子どもたちが選挙を主体的に体験すること、さらにそこに向き合う大人たちの真剣さが大切だと実感した。
有権者は変われるか
「こども選挙」は波紋のように地域の大人たちにも意識に影響を与えた。
心春さんの母親、祥子さんは模擬選挙に向き合う娘の姿から投票に対する考え方が変わったという。
(母親の祥子さん)
「私の中であの箱の中に(紙を)入れるだけが投票だと思ってたのですけど、自分たちの未来を託す1票、思いを込めて入れる1票の重さが私の今までの考えと違っていたので、そこが私としても勉強になりました」
立会人として投票を見守った村谷啓介さんも1票の重さを再認識したと話している。
(村谷さん)
「候補者の意見をよく聞くといいますか、そういうチャンスがあったらとにかく積極的に耳を傾けるということが大人の責務と思いました。自分たちが有権者として何をしなければいけないかということを再度考える機会を与えてくれたのではないかと思います」
「選挙」から2か月。子どもの意見で埋め尽くされた!
「こども選挙」の実施から2か月余りたった、ことし1月末。
模擬選挙を体験した子どもたちが、この日は選挙の課題について話し合った。
(担任の先生)
「ちょっと難しいのだけどさ、今の投票率の低さを、大人の人はどうすればいいか。皆さんではなく、大人の人はどうすれば投票率がどんどん上がっていくと思う?」
実は心春さん。去年の夏休みの自由研究で「こども選挙」に向けて、世界のさまざまな国が投票率を上げるためにどのような工夫をしているのか調べ、クラスメートにも話していた。
投票が国民の義務となっている国もあれば、投票所にソーセージの屋台が並ぶ楽しそうな選挙もあったという。
(心春さん)
「シンガポールみたいに罰金制度にしたら」
(児童)
「食べ物につられるからやっぱり(投票所に)食べ物は重要」
(児童)
「はがき(入場券)をもっと投票に行きたくなる感じに」
そして児童が提案した改善策をまとめた教室の大型モニターは、子どもたちのアイデアや大人への意見で埋め尽くされた。
「投票所をコンビニなど身近な場所にしたら」
「インターネットで簡単に演説を聞けるように」
「自分のまちのことをよく知っておくことが大切」
「もっと明るい雰囲気の投票所にできないか」
6年生の清水海兎(かいと)さんが、みんなの意見をまとめるように話し始めた。
(清水さん)
「今の大人がちゃんと投票してくれないと、自分たちが今度大人になったときに社会がどうなっているのか。大変なことになっているのか、それともいい方向に向かっているのか分からなくなるような気がする」
私もカメラを回しながら思わず声を上げてしまった。
私たちは、選挙では何も変えられないと諦めて投票に行かないことはないだろうか。
これは子どもたちの未来に対して無責任な態度ではないのか。
21人の児童が笑顔で取り組んだ
「こども選挙」は、大人たちにも大切なことを問いかけている。
(2024年2月2日 おはよう日本で放送)
- 山口局記者(宇部支局)
- 藤井 俊成
- 2008年からNHKで地域のニュースを取材。カメラを担いで何度も現場に行き、じっくり話を聞き分かりやすく記事を書く。子どもたちの真剣さに触れ記者の原点を感じました。「幸せな取材」は確かにあります。