茨城・つくば ウクライナ侵攻2年 チェロ音楽家の葛藤と願い
- 2024年02月22日
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から、2月24日で2年。出入国在留管理庁によりますと2月14日現在、茨城県内には50人のウクライナ人が避難しています。
このうち、ウクライナ東部のハルキウから茨城県つくば市に避難しているチェロの音楽家の男性は、ウクライナの現状を知ってもらい、支援してもらおうと活動を続けています。
軍事侵攻が長期化する中、演奏を続ける葛藤、そして「音楽は人を救う」と語る男性の音楽に込める願いを取材しました。
(水戸放送局 記者 住野博史)
NHKプラスで見逃し配信 2/29(木) 午後7:00 まで
プロのチェロ奏者 順調なキャリアが…
ウクライナ東部の都市、ハルキウ出身のトルマチョヴ・グリェブさん(29)は、ウクライナでオーケストラに所属し、プロのチェロ奏者として海外でのコンサートにも出演するなど活躍していました。
日本でも音楽仲間と演奏を続けているグリェブさん。
クラシックをはじめ、日本のアニメソングから伝統的な楽曲まで、気持ちを込めて奏でていきます。
その光景は、まるで楽器が感情を持っているかのように見えました。
ウクライナ侵攻 祖母の部屋にも攻撃が
グリェブさんのキャリアが一変したのが2年前の2022年2月24日。ロシアによる軍事侵攻です。
このとき、出身地のハルキウ北部に家族と住んでいたグリェブさん。
侵攻が始まったときは混乱状態にあったと、グリェブさんは言います。
トルマチョヴ・グリェブさん
戦争が始まった初期のころは攻撃は本当によくありました。戦争が始まることは誰も信じていなかったので、一般市民はパニック状態でした。
ロシアとの国境からわずか25kmほどしか離れておらず、激しい攻撃にさらされ、地下シェルターに妻や家族と何日も身を寄せました。
いつ攻撃されるかわからない恐怖の中、なんとか平常心を保とうと、あえて笑顔で写真を撮りました。
祖母の住むマンションも攻撃され、祖母の部屋には2回攻撃が命中。
祖母は「窓のない部屋で過ごすように」というルールに従っていたため、無事でしたが、家族は心に大きな傷を負いました。
トルマチョヴ・グリェブさん
着弾したところがちょうど私のおばあさんの部屋でした。
おばあさんはその時に中にいて、窓がなくなってしまい、部屋にあった食器も全部割れてしまいました。
妻 トルマチョヴァ・ハリナさん
誰でもこの写真見たら同じことを感じるでしょう。心の痛み、悲しみ、不公平に対する怒り。何でこんなことを…。私たちは何もしていないのに。
日本に避難も両親はハルキウに…
侵攻から3か月後、グリェブさんはまずポーランドに避難するため、列車に乗り込みました。
列車は避難する地元住民や、ハルキウにいた留学生などで大混雑していて、乗客は長時間、交互に譲り合って座りました。
グリェブさんも、見知らぬ子どもを腕に乗せるなどして、助け合って避難しました。
その後、妻の姉がつくば市にいることや、妻が東京の大学に留学することになったことから、2023年1月につくば市に避難しました。
しかし、両親や妹、祖父母や親戚は、いまもハルキウで攻撃におびえる日々を過ごしています。
グリェブさんの両親
きのうの朝6時にミサイル攻撃が5回あった。
攻撃はとてもうるさく、怖いけど、大丈夫。
また会えるよ。あなたを愛している。
心配しないで、すべてうまくいく。
私たちは1つの家族です。
家族とビデオ通話をするグリェブさんの目には、涙が浮かんでいました。
トルマチョヴ・グリェブさん
あなたたち家族に会いたい。
でも、こうやっていま日本で過ごせているのは両親のおかげです。
日本で頑張ります。
節約して生活、練習場所… 暮らしに課題
県から家賃の支援を受け、支援団体から生活費や日本語学習の援助を受けているグリェブさん。
ただ、ウクライナにいたころのようにプロの楽団には在籍できていません。
ふだんはオンラインで日本語学校の授業を受けたり、チェロの練習や個人向けの音楽講師をしたりして過ごしています。
定職がないため、暖房をつけないなど、節約して生活しています。
さらに、家では騒音対策のため、小さな音でしか練習はできず、練習場所に困っています。
トルマチョヴ・グリェブさん
音をきちんと感じられるように、本来の大きさの音で練習しないといけないので、きちんと練習できる場所をいつも探しています。
音楽の関係の仕事は見つけにくいですが、いま仕事を探しているので、どこかの楽団に入ってプロとして演奏していきたいです。
侵攻長期化に無力感や葛藤も
軍事侵攻からまもなく2年。
グリェブさんは、ウクライナの現状をより理解してもらおうと、国内各地の演奏会に行き募金を集めているほか、茨城県内各地の学校を訪問してウクライナのことを知ってもらう活動もしていますが、戦闘終結は見通せません。
無力感や葛藤も感じていると言います。
トルマチョヴ・グリェブさん
2年間、満足感を得られていません。ウクライナに対し、十分にサポートできていないように思えます。ウクライナの将来を展望するのは難しいです。
それでも、グリェブさんは諦めずに事態が好転すると信じること、そして、自分ができる支援を続けることが何よりも大事だと話します。
トルマチョヴ・グリェブさん
重要なことは支援し、助け続けること。そして、私たちの力を合わせれば、必ず強くなる。
グリェブさん支えるのは 地元・つくばの日本人
地元の人たちもグリェブさんの活動をサポートしています。
つくば市で音楽イベントを行うボランティア団体「世界音楽の旅つくば発」の石井由美子代表は、公共のホールや図書館などで、グリェブさんがほかの演奏家とともに、一般の人に向けて演奏する機会を提供しています。
石井由美子さん
ウクライナの家族のことや、終わりの見えない戦況を聞くと、抱える不安や心配は計り知れないものがあります。演奏の機会を作ったり、日本で活動する音楽家とつなげることなら私もできるので、できることから少しでも支援をしていきたいと思っています。
また、つくば市内でイベントスペースを運営する村瀬哲治さんは、ウクライナから避難してきたグリェブさんを支援しようと、演奏の練習や発表場所を無償で提供しています。
村瀬さんは、音楽関係者や市内に住む多くの外国人と人脈があり、こうした場所で活動してもらうことでグリェブさんの活動の幅を広げてほしいと考えています。
村瀬哲治さん
戦争という悲惨な目にあい、現地では毎日ミサイルが飛んでくる現実に対し、できる限りのサポートをしないといけないと思っています。
彼の演奏はあまりにすばらしく、聴いていて心が豊かになります。
僕の全財産をつぎ込んででも、最後までサポートしたいと思っています。
グリェブさんの強い信念 チェロのケースに…
最後にグリェブさんの信念をあらわすものをご紹介します。
チェロのケースには地元・ハルキウで活動する知り合いのアーティストに描いてもらった銃の絵が。
そしてそこには、あることばが添えられています。
「芸術 ― それは 私の武器」
グリェブさんは、演奏をし続けることが、ウクライナの平和への大きなうねりとなり、戦闘の終結につながると信じています。
トルマチョヴ・グリェブさん
武器は、人を傷つけることもできるし、守ることもできる。
そして、音楽は人を救うこともできる。
音楽には言葉と同じ、大きな力がある。
私は音楽を通して、支援を求めたり、感謝を伝えたりすることができる。
音楽で、ウクライナの人たちの思いを伝えていきたい。
音楽でふるさとや家族を守りたい。
ロシアによる軍事侵攻が終わり、ウクライナに平和が訪れる日まで。
グリェブさんは演奏を続けます。
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