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ひたちなか海浜鉄道 阿字ヶ浦から延伸 那珂湊駅で応援ソング

「季節の風」 みなと源太さん
  • 2024年02月20日

2023年12月、国営ひたち海浜公園南口付近に新駅をつくり、2段階に分けて開業する方針を決めた第三セクターのローカル鉄道、ひたちなか海浜鉄道・湊線。
着工してから5年後をめどに海浜公園南口付近までの開業を目指して、厳しい経営状況が続く地方鉄道では極めて珍しい、鉄道延伸の実現に向けた動きが進んでいます。

そんななか、17年前から毎週土日・祝日に、駅の利用者に喜んでもらおうと歌い続けるのがフォークシンガーのみなと源太さん。どんな思いで歌い続けているのか、取材しました。

(水戸放送局 記者 住野博史)

NHKプラスで見逃し配信 2/27(火) 午後7:00 まで

懐かしの沿線の情景 歌に込める

フォークシンガーのみなと源太さんは、ひたちなか海浜鉄道・湊線の応援団「おらが湊鐵道応援団」のメンバーとして活動しています。
17年間、土日や祝日に海浜鉄道の本社がある那珂湊駅で歌い続けてきました。

みなと源太さん(青い服の男性)

代表曲は『季節の風』。(動画はこちら↓)

那珂湊駅で歌うみなと源太さんたち

いつも歩いたこの道を
いま立ち止まり ふり返る

幼いころの 思い出は 今も心に 映ってる

父に連れられて 出掛けた海は
潮騒詩う 阿字ヶ浦

思い出列車の みなと線 波風うけて 今走る

(『季節の風』より)

子どものころから湊線に乗って感じてきた、春夏秋冬のイメージを歌にした曲です。

歌声は、地元の利用客のほか、近くにあるひたち海浜公園や那珂湊おさかな市場の観光客から人気を集めています。

阿字ヶ浦駅の近くで生まれ育った

現在の終点、阿字ヶ浦駅の近くで生まれ育った源太さんのそばには、いつも湊線がありました。

当時の阿字ヶ浦海水浴場 (画像提供:ひたちなか市)

近くにある「阿字ヶ浦海水浴場」はかつては年間200万人の海水浴客が訪れる国内有数の海水浴場でした。

その懐かしい情景も歌に込めたと言います。

阿字ヶ浦海水浴場

みなと源太さん
上野から急行列車「あじがうら号」が到着すると、海の家の従業員が旗を持って「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」と、お客さんを誘導していくというわけですね。『季節の風』の1番はこうした夏の光景を表現しました。

19歳のみなと源太さん(左)

若いころ、にぎわう海水浴場近くのレストランでギターの弾き語りをするなど、フォークソングに慣れ親しんできたみなと源太さん、サラリーマンをしていた40代後半のころ、転機が訪れます。

延伸危機 歌い続け乗り越える

2005年12月、湊線を運営していた茨城交通が、線路を廃線にしたいとひたちなか市に申し入れたのです。

茨城交通時代の湊線

当時、廃線危機から湊線を救おうと、応援団がNHK水戸放送局の番組に出演。

「マイカー通勤の代わりに鉄道を使う日を作ろう!」など活発な活動を続けていました。

2006年12月18日 当時の夕方6時台番組「いばらきわいわいスタジオ」

慣れ親しんだ湊線が、なんとか残ってほしい。廃線の危機に、自分にできることは何なのか。
そう思い、2007年から那珂湊駅で歌い始めたのです。

2009年 NHKの取材に応じたみなと源太さん

2009年、みなと源太さんはNHK水戸放送局の取材に、次のように危機感を語っていました。

みなと源太さん (2009年当時)
車などがある便利な世の中で、湊線が育ててきた人と人とのつながりという本当に大切なものが忘れ去られるのではないか。湊線があと30年、50年走っていく中で、廃線の危機になったときにこうして危機を乗り切らないと、おそらくまた列車が走ることはできないのかなと思います。

2009年当時 駅で歌うみなと源太さん

いつしか、歌は湊線の名物として利用客や観光客に愛されるようになり、『季節の風』でCDデビューも果たしました。

みなと源太さん
駅は公共の空間なので、最初はクレームが入ったら辞めようかと思っていました。しかしある日、観光客から「海浜公園よりおさかな市場より、源太さんの歌を聴いて涙が出た。歌を聴きに、また湊線に乗りに来ます」と話されたんです。
その時、これが私がやるべきことだったんだと、確信しました。

毎週約5時間練習 乗客への思い

現在は妻と友人の3人で、応援団の音楽部として活動を続けています。毎週水曜日、カラオケ店の部屋を借りて約5時間、練習します。

みなと源太さんは現在、66歳。
体力に余裕があるわけではないはずですが、どうしてこれだけ練習をするのか。
私は最初、疑問に思っていました。

しかし、話を聞くうちに、納得しました。

みなと源太さん
歌を聴く相手は、駅で初めて会い、その後一生会わない「一期一会」の人がほとんどです。そうした人たちが列車を待つ空いた時間、乗り遅れてしまった時間、どのように歌を聴いてもらえるのか。聴いてくれるお客さんの大切な時間をハイジャックするわけですから、いい加減にはしちゃいけないと思っています。だから、練習しているんです。

そんな姿を見て、妻や友人も歌に参加するようになったといいます。

妻・大内裕子さん

妻・大内裕子さん
最初は夫を手伝っていましたが、お客さんから涙ぐまれながら「あなたがたの歌が一番よかった、すばらしかったです」と言われたんです。
生きる力をもらいました。「頑張らないと」と思い、6年前から夫と一緒に歌い続けています。

友人・まだかさん

友人・まだかさん
一番最初に源太さんに出会った時に、その歌声に号泣したんです。何でだろうと思ったんですが、声に心がこもっているんですよね。すごく救われたような気持ちになり、一緒に弾きたい、歌いたいと思うようになりました。

海浜公園への延伸計画 期待を込めて…

2023年12月に方針が示された新たな延伸計画

そんなみなと源太さんはいま、茨城を代表する観光地、ひたち海浜公園方面への海浜鉄道の延伸に期待を膨らませています。

新たな活動として延伸の応援ソングも作りました。

2月のある日曜日。
ふだんは乗客をもてなす海浜鉄道の社長や応援団長たちも耳を傾ける中、延伸応援ソングを駅で披露しました。

海浜鉄道・吉田社長(ベンチの男性)も聴く

その名も『未来の街まで』。(動画はこちら↓)
延伸して新たな街まで列車が走る姿を想像して、歌っていきます。

僕の住む “あじがうら” から
未来にむけて

あなたの住む 未来の街まで
ゆっくり ゆっくりと走り出す

(『未来の街まで』より)

歌い終えた後、待合室からは大きな拍手が寄せられました。

おらが湊鐵道応援団 佐藤彦三郎団長

おらが湊鐵道応援団 佐藤彦三郎団長
17年間、駅で歌い続けるというのは、誰かに言われてできることでは到底ありません。
いまも、聴きに来るお客さんが増えてきています。本当にこの応援団の中でいなくちゃいけない人です。

常連客

常連客
雰囲気がよく、すばらしい歌だと思います。私も歌が好きなので、ついつい歌いたくなっちゃう感じがしてしまいます。みなと源太さんが歌い始めてからずっと聴いていますが、聴くと心が安定し、とてもぜいたくな時間です。これからもずっと歌い続けてほしいです。

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋社長

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋社長
湊線の支える人たちの奥の深さを感じます。延伸して、その後もさらに伸びて、どんどん発展して行くと思いますので、未来永劫こうやって歌っていただきたいです。

取材の最後に、みなと源太さんは私に、地元・阿字ヶ浦駅からさらに線路が延伸する期待を語ってくれました。

みなと源太さん
また新しい線路が通ったら、新しい景色・風景が出てくると思うんです。「その時に、人の心ってどうなっているのかな」と考えて描写して、みなさんに聴いてもらえるような、口ずさんでもらえるような曲を書いていきたいと思います。

阿字ヶ浦駅からその先の路線と海浜鉄道の未来を見据えてー。

きょうも源太さんは、湊線を愛する人たちの夢を歌に乗せ続けます。

 

阿字ヶ浦駅・延伸予定の線路にて
  • 住野博史

    水戸放送局 記者

    住野博史

    福岡市出身・2019年入局。 
    茨城県警で事件取材を経て、2022年8月から県政担当。
    祖父は博多駅長を務め、鉄道の発展を夢見てきました。
    趣味は旅行・鉄道・牧場めぐり。 

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