
多部未華子さん「がんは日々のとなりにある」|ドラマ「幸運なひと」当事者との対話が生んだ気づき
俳優・多部未華子さん(34歳)。
ドラマ「幸運なひと」で演じたのは、夫ががんと診断された女性「松本咲良」の役柄です。
生田斗真さん演じる夫・松本拓哉のがんとどう向き合うのか。どこまで患者家族の思いに近づくことができるのか。多部さんは、撮影中、模索の連続だったと言います。
(2023年4月4日・11日放送の特集ドラマ「幸運なひと」をもとに記事を作成しています)

がんの患者家族をどう演じるか 葛藤する日々

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多部未華子さん
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「今回の役柄と年齢が近いこともあって、咲良の気持ちが痛いほど分かる場面はいくつもありました。結婚した後、子どもを授かって、家族として次のステップに進むかどうか。
その時、時間や年齢を気にしてしまうという部分も含めて、とても共感しました。
一方で、夫ががんになって、その時妻としてどう向き合うかという部分はすごく難しかったです。ポジティブに話すことが逆に夫にとっては傷つくことになるのか。はっきり、まっすぐ目を見て伝えたほうがいいのか。目をそらす言い方のほうが、やさしさが出るのか、など。本当に一つ一つのシーン、一つ一つの言い回しに悩みました。
お芝居には答えがないというのはどの作品でも思いますが、今回は特に悩みましたし、常に何が拓哉にとっていいことなのか、これでよかっただろうかと思いながら演じていました」
夫ががんになった女性との対話

2年前にがんで夫・鄭(チョン)信義(シニ)さんを亡くした西川まりえさん(32歳)。
多部さんは撮影前、夫の病気に向き合った西川さんの思いに触れていました。

これからの日々を、どう一緒に生きていくか。夫婦で話し合う中で、西川さんの中にわきあがってきたのは、「子どもを授かって育てたい」という思いでした。

「治療を進める中で、毎日楽しいことはあるけれど、生きる希望につながるような嬉しいことがなくて。腫瘍マーカーとかに左右されるような日々を送っていたので、子どもを持つことで、そこから解放されるんじゃないか。シニさんがもっと生きたいっていう希望になったらいいなっていうことを、シニさんと話し合ったりしました」

「そのときのシニさんの反応はどんな感じだったんですか?」

「自分がもし亡くなってしまったら、その後のことが心配だと言っていたかもしれないですが、最終的には『まりえさんなら大丈夫』と言ってくれて、子どもを授かりたいという決断を2人でしました」

ドラマ「幸運なひと」の中で、妻・咲良もまた、「子どもがほしい」という自身の気持ちと向き合い続けます。
夫婦にとっては、喜びのある日常を見据えた、大きな一歩。
しかし、この決断は「別れのその先」についても考えさせるものになりました。西川さんは、一人でも子どもを育てていけるようにと、職場で正規職員になる試験を受けました。


「生きてほしいという希望を持ちながらも、亡くなった後のことを考えて準備しないといけない。心の葛藤がすごくあったと思いますが、それを自分なりにどうやって消化していたんですか?」

「本当におっしゃるとおりで、亡くなった後のことを考えている自分が嫌になる。『それは死を受け入れていることになるんかな』という思いになるときもありました。余命というのは診断結果とかにもとづいて言われているので、信じないといけないという思いと、信じたくないという気持ちもあったんですけど、とにかく、今を楽しんで生きようという思いで、毎日過ごしていました」
そうした葛藤の中で、二人の元にやってきてくれたのが、息子の陽向(ひなた)くん(1歳)でした。

3人で過ごすことができた7か月は、シニさんと西川さんにとって、かけがえのない日々になったといいます。


「亡くなる直前も陽向が病室をハイハイしまくっていました。変な線とかいっぱい引っ張っていて、みんなで『だめだめだめ』と言っているときに亡くなってしまって、もうなんか笑い声が響いている中で、息を引き取ったので、なんかシニさんらしいなと思いました。
シニさんは愛される人柄で、治療に入ってからもお医者さんや看護師さんとわいわい楽しそうにしていましたし、陽向がいたから、こんな雰囲気の中で安心して亡くなっていったんだなと思います」
家族として「がん」とどう向き合うか
時に別れのその先も考えねばならないつらさも打ち明けてくれた西川さんとの出会いは、多部さんに大きな影響を与えたといいます。

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多部未華子さん
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「西川さんのお話を伺って、病気になった方にかける言葉や思いを後悔したり、これでいいんだと納得したり、本当にずっと葛藤しながら過ごしてきたんだろうなというのを想像しました。
自分が演じる上で、『おかえり』のひと言でも、 笑顔で言ったほうがいいのか、心に葛藤がありながら言ったほうがいいのか、迷う気持ちはずっと抱えていましたね。
でも恐らく、がんを患った方と一緒に過ごしてる人は、きっと何かしら葛藤しながらずっと毎日を過ごしてるのかなと思うので、これでいいんだろうかと思いながら演じていた自分は、ご家族と通じる部分もあるのではないかと思うことができました」

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多部未華子さん
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「西川さんとお話しさせていただいたことは、今回の咲良を演じるにあたってもそうですが、自分自身にとってもとても大きかったです。私とほとんど変わらない年齢の方があれほどの経験をされてきたなかで、 あんなに素敵な笑顔でお子さんに接している姿が印象的でした。
驚いた一方で、でもそれはそうだよねとも思ったんです。ずっと悲しんでもいられないし、ずっとシクシクもしていられない。日常はあるし、明日やらなきゃいけないことも生活の中でたくさん待っていて。今のところ、私にとってがんは身近にはないものですが、隣り合わせ、いつかはそういうことが自分にもあるかもしれないという思いを持ちました」

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多部未華子さん
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「あの笑顔に行きつくまでに本当にたくさん泣いてきただろうし、たくさん苦しんできただろうし、でもそれを乗り越えて今の西川さんなので。悲しい苦しいだけのものじゃない、その先にあるものが確かに存在するのだろうなというのを、西川さんにお会いして感じました」

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30代で夫が「がん」に 家族で見つけた「幸せのかたち」
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