
「がん ステージ4は治る?」 患者と医師にある“溝” |ドラマ「幸運なひと」の中村医師・山中崇さん
「完治しますか?」「余命は?」
診察室で患者や家族から投げかけられる質問にどう答えるべきか・・・。
日々、後悔と試行錯誤を繰り返す医師たちは数多くいます。
特集ドラマ「幸運なひと」で、生田斗真さん演じる松本拓哉(38)にがんと告知する医師、中村昭彦(40)もいわばその一人です。
全国の医師たちが抱える“難問”に“医師役”として挑んだ俳優・山中崇さんは、役を演じる中で「患者と医師の溝を埋める共通点がある」と感じたといいます。
中村医師を通して、山中さんが感じた大切なこととは。
(この記事は、2023年3月31日放送 ニュースウオッチ9を元に作成しています)

どんな医療が患者のため?“科学者寄り”の医者からの変化

特集ドラマ「幸運なひと」は、38歳で「がん」と診断される松本拓哉と妻・咲良が日常をどう生きるかという夫婦の物語であるとともに、もう一つ大きなテーマが描かれます。
それは、患者やその家族と医師の対話です。
山中さんが演じる医師、中村昭彦は医学的に“正しい”と考えることを、淡々と感情を見せない形で伝える“ちょっと冷たい印象”を感じさせる中堅の医師役。松本夫婦と診察室で向き合ったときも、いつもと同じように淡々と、科学的な根拠に基づいた説明を行います。
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中村昭彦医師(ドラマ「幸運なひと」より)
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「残念ですが、完治は難しいです。仮に治療をしなければ半年ほど。治療をすれば中央値19.2か月です」
中村が伝える「がん ステージ4」 医学的にどんな意味?
中村医師が38歳の拓哉に伝える病名は、「肺腺(せん)がん ステージ4」。
「肺腺(せん)がん」とは、肺から発生したがん、いわゆる「肺がん」の一種。
「ステージ」は、がんの進行状態をあらわすもので、主に4つに分けられます。
「腫瘍(細胞のかたまり)の状態」「リンパ節への広がり」「他の臓器への転移」の状況をもとに判断されていて、最も進行した状態が「ステージ4」です。

肺がんのステージ4と診断され、他の臓器にも転移していると、通常、手術を行うことは難しく、治療の主体は抗がん剤などの「薬物治療」となります。
他の臓器に転移するなどして、体全体にがんが広がった場合、どんな治療を行っても、がんを完全に治すことは難しくなるといいます。
医師は患者に厳しい現実をどう伝える?

この厳しい現実の伝え方を、医師たちは日頃どのように行っているのか。
「診察室」の撮影前日、山中さんはある医師に話を聞いていました。
がん研有明病院の腫瘍内科医、高野利実さんです。
ドラマ「幸運なひと」の医療監修の一人でもある高野さんが専門とするのは、抗がん剤治療や分子標的薬などによる「薬物療法」。がんの“完治”を目指す薬物療法を行う場面もある一方、ステージ4の患者を診ることも多く、“完治”が難しい患者やその家族にどんな言葉をかけるか、日々考え続けていると言います。


「厳しい現実について言われる方はもちろんなのですが、伝える医師の側の心情も気になっています。いつもどんな気持ちで伝えられていますか?」

「伝えなきゃいけないというつらさはあります。でもつらいだけで終わらせないというのが我々の仕事。治るというのは『がんがゼロになる』ということだと患者さんは思っているわけですけれども『それは難しい。体の中にがんはある状態は続く。でも、がんがあってもできることはあるんだよ、目指せることはあるんだよ』という話をしていく。『でも』という、そのあとのことばを紡ぐのがわれわれ腫瘍内科医の仕事という気はします」
がんのイメージが、医師と患者・家族で違う?

髙野医師が診察室でよく感じるのは、患者や家族とのギャップだといいます。
特に、『がん』について持っているイメージが医師と患者、医師と家族との間で大きくずれることがよくあると感じていると言います。

「『がん』という言葉はすごく強いじゃないですか。やっぱり重いと思うんですよ。普通に生きててがんですと言われたら『えっ』となると思うんです」

「がんというのは『過剰』なんですよね。 がんという言葉もそうだし、病気の持ってるイメージも過剰なので本物のがんという病気以上に、そのイメージのせいで苦しんでる人が多いので、がんがあっても自分らしく生きられるんだというところに気付いてほしい」

医師と患者・家族とのがんに対する認識のずれは、ある調査でも浮き彫りになっています。
去年、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所がまとめた調査では、がんと診断された後、「患者本人が受けたアドバイス」が家族と担当医との間で大きなずれがあることが分かりました。
たとえば、がんと診断された後、いまは抗がん剤治療も多くの場合、長期入院するのではなく仕事を続けながら通院し、治療を受けるのが主流です。

そのため、担当医から「できる限り、仕事はこれまで通り続けるように」とアドバイスを受けた患者は35.5%いました。しかし、家族から同様のアドバイスを受けたのは、20%以上少ない14.4%。逆に担当医からのアドバイスとしては少なく、家族から多かったアドバイスは「仕事をセーブするように」「長期休職するように」「仕事をやめるように」というものでした。
一人ひとりの病状や治療成績によってもアドバイスは異なってくるものではありますが、医師と家族との間でがん治療への認識やがんそのものに対するイメージに大きなずれがあるものだということを念頭に置いておく必要がありそうです。
「正しいけど、やさしくない」 妻・咲良の言葉が中村を変える?

「残念ながら完治することはありません」。
ドラマで、厳しい現実を淡々と伝える中村。
しかし、妻・咲良が発したある言葉が中村医師に変化をもたらすことになります。
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多部未華子さんが演じる松本咲良(ドラマ「幸運なひと」より)
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「先生は、正しいのかもしれないけど、優しくないです」

この言葉は、演じた山中さんにとっても、脚本の段階から携わった高野医師にとっても大きな意味を持っていました。普段、医師として診察室では表に出すことが少ない「迷い」について突きつけてくるセリフでもあるからです。

「僕がやる役は40歳なんですね。先生は、20代とか30代のときに告知をするので悩まれたことってあります?」

「告知をするかしないかで迷ったことはないですが、した後でこの伝え方でよかったんだろうか、もっといい伝え方はなかったのかなというのはありますね。 そういうのを積み重ねて今のやり方に至ってる」

「そうですよね。 僕の役もたぶんまだ途中段階だと思ってるんです。きっと中村自身も全くパーフェクトでもないし、完成もされてないし、悩みながらの告知をしている状態だと思うんですね。なので、主人公の松本さん夫妻には誤解をされることもあると思うんですよね」

「これは中村医師の成長のドラマでもあると思うんです。主人公は患者夫妻ではあるんですけど、中村医師が最初はどちらかというと、ちょっと突き放すような感じで誤解も生んだりする。だけどドライに正しいことを伝えているという中で、後半になると共感を見せるようになります。僕自身の今の理想とする腫瘍内科医のあり方は後半に表れているんです。僕が若いころもそうだった部分もあるかもしれないですけど悩みながらやって来たっていうのが前半の部分。一人の患者さんに接する中でその過程を凝縮してるというような面もあると思います」

「事実を伝えるというのは、心を鬼にしているわけなんですかね?ドライであることがそれはいいことでもあるかと思って」

「共感とかがないと、逆に僕はつらいと思うんですよね。ドライに事実を伝えて、抗がん剤だけやっているような医者には僕自身はなれないなと思います。時に患者さんからこうやって問い詰められたりするというのは結構つらいと思います。でも、若い頃は僕もそうだったけど、逆に共感しすぎちゃったりするような若い医者も多かった。その中でだんだん慣れてきて自分なりのやり方を構築して、これがもう自分のやり方だというのができちゃう。逆にもう型にはめたやり方だけをやるような医者になっていくという、それが40歳くらいが分かれ目かもしれません」
医師の正確さとやさしさは両立できる?
ただ正しいことを伝えるだけでも、ただ共感するだけでもない医師の伝え方。
これは患者やその家族が、すべての治療方針について納得した形で選択していくために、とても重要な要素になると高野さんはいいます。
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腫瘍内科医 高野利実さん
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「今、自己決定権という、患者さんが治療方針を決めるのが正しいことだというのもよく言われています。だから、患者さんに決めさせることになるんですけど、共感のないまま『あなたにすべてを任せます』『患者さん、自分で決めてください』と言うのは簡単だけど、結局患者や家族からも共感を得られてないので、冷たく感じちゃうんですよね。この患者さんに判断してもらうというのは、正しい行いではあるけれども成功していないのが現状だと思います。実際中村医師と松本夫妻も最初は決していい関係はなかったかもしれないけれども後からやっぱりいい関係になっていく。その過程が大事かもしれない」
「中村医師」を通して知った患者と医師にとって大切なこととは

対談を終えた山中さん。
松本夫妻との診察室のシーンを演じる上で、脚本にはない「ある工夫」を入れていました。
目を見て話すだけでなく、あえて目をそらすしぐさです。
撮影を終えた後、監修に入った医師にはこの「目をそらすしぐさ」に込められた大切な意図が伝わっていました。

「目線を落としたり戻したりしながら話していた。すごい思いやり感がある」

「あれ目線を落として話して大丈夫でした?」

「ずっと見られていると患者さんが迷っているときは患者さんが緊張されるので、時々目を落としてあげることで、患者さんがちょっとほっとできる。あれはすごい。患者さんに強制しなくて、ゆっくりちょっとだけ目を落としてあげると、患者さんにたぶん、自分で考える時間を与えてあげられるので、すごいいい。見ないことの思いやりが伝わりました。僕はこんな医者になりたいと思いますよ。本物以上に本物」

「めちゃくちゃ励みになります。本当にありがとうございます」
撮影を終えて2か月。山中さんに改めて中村医師を演じてみて感じたことを伺いました。
患者と医師にとって大切なことに気づかされたといいます。

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山中崇さん
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「わからないっていうことを、ちゃんとわからないっていうのを伝えるっていうことも大事なんじゃないかなって思う。つらいんだよっていうのも伝えるっていう。強がりたい気持ちってあると思うんですけど、正直つらいし、怖いし、わかんないしっていうのをちゃんと共有するのはすごく必要かもしれないですよね。
先生は治療するっていう与えることはするけど、ただ与えるだけじゃないと思うんですよね。与えられることもきっとあって、それはお互いフェアなんだと思うんですよね。お医者さんと患者さんって。っていう関係が自分もやっぱり患者だったらそういう先生とそういう関係を築けたらいいなっていうふうには思いますよね」
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